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100話「そして道はどこまでも」

 俺が帰るべき場所に向かって、黄金カブトは飛ぶ。

 飛び続ける。

 俺たちの進行方向、その上方にはアナザー東京の街並み。

 俺はそれを上に見下ろしてる。


「……」


 っていうかこれ、逆さまじゃない?

 上に見えてるのに見下ろしてるって、俺たちが逆さまに墜落してるとしか思えない。

 なのに、重力的には頭が上で足がした。

 つまり、俺と黄金カブトが逆さまになってる感覚は無い。

 そもそも世界樹の根元に居た時、開けた空にアナザー東京の街が見えたこと自体おかしかった。

 あの時は世界樹が空を飛んでるからだと思ったけど、よくよく考えたら空を飛んでるとしても街は下に見えなきゃいけない。

 そうなると、変な話、世界樹自体が逆さまの状態で空に浮いてる。

 しかも地球とは別の、自分独自の重力方向を持ってて、あの浮遊台地ではちゃんと人間が立てるって感じだ。

 そういうわけで、今の俺たちは世界樹の近くに居るからそっちの重力方向に引っ張られてるんだと思う。

 たぶん。


「なぁ。このまま世界樹から離れて、急に街に向かって落ちるとか無しだからな?」


 なんて話しかけてみるけど、当然黄金カブトから返事は無い。

 仕方なく俺が後ろを振り返ると、世界樹の変化が回転を始めてた。

 最初は気のせいかと思ったけどそんなことはなく、世界樹はたしかに上下を入れ替えるように角度を変えていく。

 つまりアナザー東京の街に対してさかさまだったのが、上下の向きを同じにそろえるように、だ。

 必然、俺と金カブトだけが取り残されるかたちになるんだけど、なんの影響もなくとはいかない。

 いや、むしろ影響は甚大だった。

 なぜなら俺の体が次第に空に浮き上がっていってるからだ。


「あ。ちょっとこれヤバいかも」


 俺の体は、重力方向の変化にしたがってどんどんと金カブトからずれ落ちそうになっていく。

 と言うか、地味に、金カブトもこの状況に合わせて体の向きを変え始めたみたいだ。

 それにも乗り遅れた俺は今や落っこちる寸前。

 必死に角にしがみついてギリギリのところで耐えてる状態だ。

 でもカブトの角はさかさまの体勢でぶら下がるには形が悪い。

 つるっとしててグリップ感ゼロ。

 でもそこをなんとか耐えるのが男だ。

 あとちょっと。

 あとちょっとで地上にたどり着けそうだからがんばれ、俺。


「とか言ってあっさりリタイアしちゃう自分がほんと情けない」


 そして俺は落ちた。

 つかみどころの少ない角についにつかまりきれなくなった俺は、アナザー東京の街に向かって真っ逆さまだ。

 下に落ちれば落ちるほど、どんどんと風圧も強くなる。

 空気がまとわりつくというか、身じろぎ1つで体を押される感じがある。

 つまり、それだけ速度が増してるってことで、ひじょーにマズい。

 このまま地面に叩きつけれると間違いなく俺はぺったんこだ。


「止まれぇー!」


 俺は増幅ウィンドを地面に向かって全力で放つ。

 逆噴射的な効果でスピードが相殺されるけどびみょー。

 速度が乗りすぎてて地面との激突までに減速しきれそうにない。


「おーまいがー。すーぱーおーまいがー!」


 必死で抵抗するけど距離が無さ過ぎた。

 あとはマイオーシスでどれだけ衝撃を減衰出来るか。

 それでもぶつかることに変わりないから、どっちにしろダメージは覚悟しないといけない。

 俺はその瞬間に備えて体を固くした。

 地面は容赦なく近づいて来る。

 だめか!

 そう思った瞬間、柔らかいものが背後から俺を包み込んだ。

 次の瞬間、落下の方向が急カーブを描いた。

 すごいGが俺を襲ってもうなにがなんだか。

 わけがわからないまま、気が付いたら俺は仰向けの状態で完全に停止してた。

 しかもすぐ上には見慣れた家族の顔がある。


「クシャナさんだ」

「はい。あんまり遅いので迎えに来ました」


 どうやら俺は、空間移動して来たクシャナさんに空中でキャッチされてお姫様抱っこで捕まえられたらしい。

 そしてそのまま慣性を上手く殺したランディングで着地。

 結果、俺は無事、地上に帰ってこれたってことだ。


「アイリはあなたが上手くやったと言っていましたが、大丈夫でしたか。ケガはありませんか?」

「うん。クシャナさんのおかげでへーき」

「そうですか。それを聞いて安心しました」


 それでもまだ実感が足りないのか、クシャナさんは俺を抱きかかえる力を少し強くして顔を寄せてくる。

 なんだかずいぶんひさしぶりにそうしてもらったような気がして、俺も思わずいつも以上にその感触をたのしんだ。


「あー! 修司がクシャナちゃんとまたいちゃついてるー!」


 げ。

 いいところでさっそくうるさいのが出てきた。


「ほんと、けっきょくはクシャーナが一番なんだからどうしようもないわね」

「やっぱりあれくらい胸が大きくないとお兄さんにはだめなんでしょうか?」


 愛理のほか、黄金宮殿まで行ったメンバーと十蔵のおっさんたち対天蝉班、それに獅子雄中佐を合わせた全員が俺の方に近づいてくる。

 周りをよくみればここは最初の神社の境内だ。

 合流したみんなが俺のところに集まって来てくれてる。

 でもそのなかでも、白夜とうららの視線がちょっと痛い。

 いや。

 いいとか悪いとか以前に家族だからね。

 まぁ、クシャナさんがめちゃいいのは事実だけど。


「よかった。みんな無事だったんだな」


 仕方なく、俺はクシャナさんの抱っこから降りて地面に足をつける。

 つづきは帰ってからだ。


「まーね。修司もちゃんとおつかい出来たみたいで安心したよ」

「おつかいなんて易しいものじゃなかったけどな。でも一応、上手くいったと思うぞ。黄金宮殿で絵の中に入ったあと、ゲオルギウスの残留意志だかってのに会ったんだよ。それでそいつと協力してディアレクティケーをあの世界樹に作り替えたんだよ」

「ああ。なるほどねー」


 それだけで察したのか、愛理は訳知り顔で視線を上げた。

 つられて俺も空をを仰ぐと、そこにはぼんやりと光る世界樹の姿がちゃんと見えた。

 最小限の浮遊大地にそびえ立つ大木は、すでに地上と上下の角度をそろえてる。

 だから俺たちは世界樹をはるか下から見上げるようなかっこうだ。


「その世界樹、って言うのはなんなんだ?」


 俺たちの会話に、獅子雄中佐が不思議そうにそう問いかけてきた。

 まぁ、普通はわけわかんないよな。


「俺もなんとなくしかわかってないんだけど、とにかくあの木が世界の崩壊を防いで、しかもいい方向に導いてくれるらしいんだけど……」

「世界の崩壊を防ぐ? 諸神君、それはたしかか?」

「俺が会ったゲオルギウスがそう言ってたから間違いないと思うよ。……だよな、愛理?」

「だろうね。もちろんあとでくわしく世界樹を調べてみなきゃなんだけど、ゲオルギウスがそう言ったなら大丈夫だよ」


 だな。

 そのへんのことは一応、愛理にちゃんと確認してもらった方がいいだろうな。


「ってこたぁ、これで一件落着ってことでいいのかよ?」

「部隊の作戦としてはタスクは完了したと思われる。しかし、これで終わりだとするとあまりにも被害が……」


 そうだよな。

 今回の事件はかなりの人数の一般市民が巻き込まれた。

 どうもあの人たちはなんか魂抜かれた感じっぽかった。

 だとするとこのあと自然に回復するとかあんまり期待出来ない気がする。

 このまま終わりだとすると、かなりの人数が犠牲になったことになる。


「あ、あの、世界樹からなにか降ってきてるみたいですけど、なんでしょうか?」

「ほんとだ。なんだあれ?」


 上空の世界樹のどこからなのか、蛍みたいなぼんやりとした光の玉がゆらゆらと地面に向かって降ってくる。

 その数はどんどんと増えて、いったいいくつなのか数えられない。

 しばらくして、その光は俺たちの居る周辺の地面に次々に落ちた。

 まじで正体気になるんだけど。


「ちょっと待ってくれ。僕だ。状況は? ――そうか。わかった」


 すかさず獅子雄中佐がどこかに通信を入れた。

 さすが軍人。

 反応が速い。


「どうやら報告によれば、どうやらあの光に触れた被害者たちの意識が戻ってるらしい」

「ほんとうか? でもあの光はなんなのだ?」

「それに関しては今のところ情報は無いが、みんなが回復してるのは事実だ」

「そうか。ならばよい。そこは一番大事なことだから私たちもがんばった甲斐があったというものだ」


 アルトレイアにしてみれば市民の無事が一番大切だろう。

 それは安堵とやりきった感が混ざったような表情からも十分見て取れる。


「ところで、今回の首謀者たちはどうなっているのかな。僕としてはそちらも確認しておきたいのだけれど?」


 そう言えば何気にブラックアイズとジュリエッタも普通にみんなに混ざってるな。

 たぶん愛理あたりが事情を説明したんだろ。

 じゃなきゃ獅子雄中佐とかからすれば普通に敵だと思われてるはずだし。


「クラルヴァインならすでに身柄を拘束してある。クシャーナとの戦いのあと、どういうわけか変身が解けてしまったらしい。彼には今後厳しい取り調べが待ってるはずだ。それからほかの協力者たちだが、それについてはあそこだ」


 獅子雄中佐の指さす先、境内の奥の方では一か所に集められた白ローブたちが連行されようとしてた。

 あいつらも黄金化が解除されて生身に戻ってる。

 手錠をかけられ武装した兵士に連れてかれてる。

 っていうかこっち来る。


「……」

「……」


 俺は話をするべく一歩前に進み出ると、こっちに気づいた白ローブたちも足を止めた。

 それを兵士たちが後ろから小突いて前に進めようとするけど、すかさず獅子雄中佐が手で制して時間を作ってくれる。

 相変わらずガタイに似合わず気が利く人だ。


「お主は我らが師の遺産をあのような有り様に貶めて、それですべてを解決したつもりか?」


 そう問いつつ、白ローブのリーダー格は世界樹を見ることもしない。

 状況自体はすでに察してるんだろう。

 黄金化されて意識がなかったはずなのに、そのあたりはさすがだ。


「さぁね。解決って言えばそうなんだろうけど、ようやくこれで始まったってことなんじゃん?」

「始まり?」

「あの世界樹はみんなに平等にチャンスを与えてくれるんだってさ。だから欲しいものがあるなら自分で行動して掴めばいい。望みがあるなら叶えればいい。みんながそうすることで、世界は一番バランスが取れた状態を保つんだと思うけど?」

「ばかな。誰も踏みにじられない世界、誰も敗者にならずに済む世界。ディアレクティケーはそれをもたらす唯一の可能性だった。そしてそれを実現することこそ、我らに課せられた使命であったのだ」

「いや、でもそれってあんたらが勝手に言ってることでしょ?」

「なにを――!?」


 否定のセリフを言いかけるものの、リーダー格の男は反論と言えるほど言葉を紡げなかった。

 ひるんだな。

 それは、その態度の奥底に戸惑いや恐れがあることの証拠だ。


「あんたたちはゲオルギウスの意志を継いだつもりで、結局は立ち止まったままだったんだよ。たしかにゲオルギウスは、一度は理想郷を造ることを目指したのかもしれないけど、それに失敗したあと、あいつは自分の方法論を変えることでもっと理想に近づこうとした。だって、ゲオルギウスが目指したのはみんなが平等であることで、自分の理想を押し付けることじゃなかったんだから」

「そのようなこと、なぜお主が断言出来る。師の下で学んだ我らがその教えを理解せぬなど、軽々しく言える立場ではなかろう?」

「ディアレクティケーの中で本人と話して来たからに決まってるじゃん。べつに俺はあんたらのことをぜんぶ理解した気になんてなってないけどさ、ゲオルギウスはなにもかもお見通しだったんだって。あんたらがどこを間違えて、なにをやらかすのか」

「師と話しただと。お主、そこまで深い領域に直接干渉したのか?」


 やっぱりそうか。

 白ローブたちは、ディアレクティケーをかたちにすることは出来ても、ゲオルギウスの意志が保存された原初領域までは踏み込めなかったんだ。

 技術的に無理だったのか、ゲオルギウスがあえて接触を避けるように仕組んだのか。

 どっちにしろ、白ローブたちは晩年のゲオルギウスの思想に触れることなくこの結末に至った。

 触れることがなかったから、至らざるを得なかった。


「ゲオルギウスは、ディアレクティケーを使っても理想世界を創るこは無理だって生きてるうちに悟ってた。それでも自分が残せる最大のものを、あんたらに託したんだ。それはあいつ自身が見た夢じゃなくて、誰もが夢を見れる世界を実現するってことなんだ。だからあいつは自分自身の意志さえ道具にして、あんたらがその実現に一役買ってくれるって信頼して、ディアレクティケーを残したんだ」


 それは一見すると白ローブたちを利用したようにも思える。

 それでも自分の意志を継いでくれようとすることは疑わなかった。

 じゃなきゃあいつの壮大な計算は成り立たない。

 もし白ローブたちが私利私欲に走ってたら、今日っていう日は絶対に訪れなかったはず。

 だから、やっぱりゲオルギウスは白ローブたちにすべてを託したんだと、俺は思う。


「だが、師はなにも、一言も我らには――」


 あえて最初に言わなかったのはなにか理由があったんだろう。

 今となってはほんとのところはわからないけど、それでもあいつは俺に代弁を依頼した。


「その師匠から伝言だよ。『その足が進むかぎり意志は現象する。己というペンで理想を描け』、だってさ。ゲオルギウスはあんたらにはもっと先に進んでほしかったんじゃない?」

「――!?」


 俺がゲオルギウスから預かった言葉はそれだけだ。

 正直もう少しなにかあってもいいんじゃないかとも思う。

 でも、それだと俺が覚えて帰れないと考えたのか、もしかするとあいつは元々あんまりお喋りな方じゃないのかもしれない。

 どっちにしても、ゲオルギウスが最後の最後に残したのは、かつての弟子たちに向けたそんな言葉だった。


「……その言葉、これから時間をかけて噛み砕こう」


 なんて、すでに飲み込んじゃったようなスッキリした顔でリーダー格の男は言った。

 まぁ、俺なんかよりよっぽど長いあいだゲオルギウスといっしょに居たんだし、今のだけでもある程度通じ合っちゃうのかも。

 とにかく、それで納得したらしい白ローブたちは、兵士たちといっしょに再び歩き出した。

 俺たちは黙ってそれを見送る。

 敵ではあっても個人的な恨みは、まぁ無い。

 成り行き上戦っただけで、あいつら自体をどうにかしたかったわけじゃない。

 そのなかで、ブラックアイズだけは白ローブたちのことが気がかりな様子だ。


「彼らの今後の処遇は、いったいどうなるのだろうね?」


 ぽつりとそう言ったブラックアイズの顔には、どことなく憂いみたいな色があった。

 やっぱりゲオルギウスの弟子たちだけあって、放ってはおけないところもあるよな。


「もちろんただでは済まないだろうな。幸い死者は出てないみたいだが、人的被害の規模だけでもかなりの数だ。今後は厳しい取り調べと裁判が待ってるはずだ」


 当然と言えば当然か。

 未遂で終わったにしても、今回の事件はマジで世界をひっくり返をうとしてたわけだし。

 少なくとも、『しょるいそうけん』とか『しっこうゆうよ』とかじゃ許してくれないんじゃない?

 知らないけど。


「それなんだけどさ、あの人たちがボクを手伝えるように手を回してよ。中佐ならなんとかできるんでしょ、そういうの」

「手伝い?」


 突然の愛理の要求に、獅子雄中佐が眉をひそめた。


「だってさ、ボクたちって次からはあの世界樹を調査しないといけないだよね? そうなるとさすがにボクだけじゃ大変だからさ、元になったディアレクティケーの情報を持ってる人たちの協力があると助かるんだよ」

「なるほど。たしかに世界樹の調査は必須だから、その点、司法取引の価値は十分にあるのか」

「そゆこと。あの人たち、あれでゲオルギウスの直系らしいから、くれぐれもその系譜を途絶えさせるようなことだけは阻止してよね」

「了解した。ことがことだけに一筋縄とはいかないが、パイプラインを駆使して先手を打てばなんとかなるかもしれない」


 そう言うと、さっそくどこかに通信を入れる獅子雄中佐。

 このリアクションの早さ、やっぱり仕事の出来る感じなんだよな。


「ありがとう。系譜で言えば君は別系統だろうに、そんな風に手を差し伸べてくれたことには感謝するよ」

「べっつにぃー。ボクはただ今後のことを考えて言っただけだよ。単純に、貴重な情報源だから押さえておかない手は無いってだけだったりしてね」


 その口ぶりがどこまでホントだかはわからない。

 こいつのツンデレっぷりもなかなかのものだし、実益とゲオルギウスの義理立て、実質フィフティー・フィフティーくらいかも。

 俺にはだいたいそのくらいに見えるけど、ブラックアイズにはそのへんは量り辛いのか、ただ控えめな微笑みを返すだけだ。


「とにかく今日は疲れたわね。さすがにそろそろ休みたいわ」

「そうですね。今日の夜ご飯はお祭りで食べる予定だったからほとんど食べれてないですし、けっこうおなかすいてるかもです」

「そういうことなら私のところに来るがよい。爺やに食事の用意をさせよう」

「「おおー」」


 と、ちょっとした歓声があがる。

 なんたってアルトレイアは代官で伯爵で食いしん坊だ。

 その家にごちそうになれるとなると、やっぱりちょっと期待しちゃう。


「そいつぁ俺たちも呼ばれてかまわねぇのか?」

「もちろんだ。今回の一件、ここに居る全員が居てはじめて解決出来たのだ。遠慮などせずにぜひ参加してほしい」

「そいつぁありがてぇ。なぁ、もちろん大尉も行くんだろ?」

「自分はさほど役に立てたとは思わないが、戦勝記念ということならここで抜けて水を差すのも逆に申し訳ない」


 そんなに難しく考えなくていいのに。

 どうせただのパーティーなんだからもっと気楽にいこうよ。


「謙遜せずともよい。貴官らの活躍、まことに大儀であった。誰一人欠けることなく帰ってこられたのはそなたらの尽力あってのことだ。渋谷区代官としての謝意もある。辞退してもらっては私の立つ瀬が無いではないか」

「だとさ。そう言われちゃあ行かねぇわけにはいかねぇな。なぁ、大尉?」

「了解した。心遣い感謝します、伯爵」


 なぁーんかアルトレイアまで硬くなっちゃった。

 表彰状授与とか始まっちゃうパターンいやだからね?


「うむ。それでよい。我が家の食卓は人数に比例して豪華になるのだ」


 そっちが本音じゃんか。

 アルトレイアのやつ、真面目なこと言ってちゃっかり頭数を増やしたかっただけか。


「そうと決まれば善は急げだ。さっそく代官山の屋敷に戻るとしよう」

「戻るって言ってもどうするんだよ。この周りは大混乱でバスもタクシーも動けないんじゃないの?」

「ならば中佐のガンシップで送ってもらえばよいではないか。あれならば地上の混乱を避けてまっすぐ帰れるのだからな」

「それはそうだけど、ありなの、それ?」


 あの攻撃ヘリの進化版みたいな乗り物は、どう考えても空飛ぶタクシーって言うには強そう過ぎるけど?


「任せてくれ。それくらいお安い御用だ」


 通信を終えたらしい獅子雄中佐が、気前よく会話に再ログインしてきた。

 ほんと、どこまで話の分かる人なんだか。


「実はみんなには調書を取るのにもうしばらく付き合ってもらわないといけない。だからそれを兼ねて食事にしよう」

「あ。そういう理由なんだ」


 人がいい様で無駄が無い。

 大人はみんなちゃっかりしてるな。


「もちろん、僕も腹ペコなのも本当だけどな」


 余計にあざといって。

 三重の意味でちゃっかりしてるよ、この人は。

 とにかく、そんなこんなで撤収を開始。

 中佐のガンシップが置いてある武道館に歩いて移動だ。

 みんな『疲れた』とか『でもよくがんばった』とか、普通におしゃべりしてて映画のエンディングみたいな終わりました感ゼロ。

 でもまぁ、俺たちらしくてこれでいいのかもしれない。

 実際、これからが大変といえば大変なんだろうから。

 俺は1人、夜空を見上げてもう小さくなった世界樹に思いを巡らす。

 あの運命の道しるべが、これから世界をどう変えていくのかなんてわからない。

 それでも俺たちは歩いて行くべきなんだろう。

 だって、可能性っていう道だけはいくつにも枝分かれしてるんだから。

 そんなことを思ってると、ふと大事なことを思い出した。


「あ。そう言えば黄金カブト、逃げられちゃった……」


 空中で背中から落っこちてから見てないし、ぜったい世界樹に帰っちゃっただろうな。

 まぁ、いいや。

 また今度、クシャナさんと探しに行こう。

 ゲオルギウスだって捕まえるなとは言ったけど、触りに来るなとは言わなかったし。

 慰めるように頭の上に置かれたクシャナさんの手の温もりを感じながら、俺はそう心に決めた。



 END.

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