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99話「世界樹」

「ほんと、ピンチなんだかなんなんだか……」


 一見して農民たちに包囲されるっていうヴィジュアルに、俺はつい言葉を漏らした。

 人数的にはそれなりの戦力差なんだけど、なんかこう、違うよね。


「外見で危険度を計るなよ。どんな姿をしていようと、対峙しているのはディアレクティケーの一部だ」

「そう言われても、見た目すら『(仮)』だとどう対処したらいいのかなって、うわ、さっそく来たし!」


 突然、村人の一人が農作業用の鎌を投げつけて来た。

 回転しながら迫って来るそれを、俺は素早く体を捻って回避する。

 当たったら痛そうだけど、別に見切れないものでもない。


「まだだ。一度避けたからといって油断するな!」


 マジで!?

 まさかホーミングか?

 俺は慌てて後ろを確認する。


「ちょ、なにこいつ!?」


 後ろを振り返った俺は予想外の事態にマジでビビった。

 躱したはずの飛び道具が戻って来るとかだったら別に慣れっこ。

 でも今回はそんなレヴェルじゃなくて、さっきの鎌の代わりに巨大なカマキリが背後から迫って来てた。

 その大きさは見上げることキリンのごとし。

 なんだよこれ。

 さっきの鎌が変身したのか?

 鎌つながりにしてもさっきと違い過ぎじゃない?


「ヤバい。めっちゃデカい。しかも早い!」


 カマキリの攻撃方法はもちろん自慢のカマキリチョップだ。

 と言っても相手からしたら俺は小さすぎるから、上から下に突き刺す串刺し攻撃みたくなってるけど。

 とにかく、両腕から繰り出される連続技は、その一撃一撃が目にも止まらない電光石火の即死攻撃だ。

 正直、正面から戦ったんじゃ分の悪い。

 俺は陣足を使った高速移動で側面に回り込む。

 ついでに行きがけの駄賃として、ハイパーバリーで強化した蹴りを相手の脚の一本に叩き込む。


「って、折れたし」


 一発だ。

 一発でカマキリの脚は折れ曲がった。

 蹴ったって言うより、踏み台代わりにしたって感じだったんだけどな。

 さすが昆虫界のヤ○チャ。

 Z戦士の中では最弱だ。

 いや、関係無いけど。


「でもこれだけヤワいなら――」


 いける。

 鎌の攻撃スピードにだけ気を付けてれば防御力は紙だ。

 俺は陣足でかく乱しつつ脚を一本づつつぶして回る。


「楽勝!」


 ちょろいちょろい。

 カマキリの華奢な脚はどこを蹴っても簡単に折れる。

 おまけに体全体の動きはそんなに速くないし、あっという間に全部の脚を処理する。

 これで動きも封じたし、あとはとどめをさすだけだ。

 カマキリもそれを悟ったのか、いまさら羽を広げて逃げ出そうとする。


「させるか!」


 どう考えても悪あがきだし、それを許すほど俺も甘くない。

 ほんとならこんなでっかい昆虫は生かしておきたいけど、結局はディアレクティケーが作り出したものだしね。

 天然じゃない偽物なら遠慮はしない。


「と思ったら、ええ!?」


 カマキリの飛行能力ならどうせ逃げれっこない。

 そう思ってた俺がバカだったのか。

 カマキリは、羽を広げたと思った次の瞬間、冗談みたいな不自然さで巨大な鳥に姿を変えた。

 種類はよくわからないけど、顔の形は鷹みたいでかなりつようそう。

 しかも、全長こそカマキリより短いけど、羽を広げれば20メートルくらいありそうだ。

 そんな唐突な変身に見とれちゃった俺をよそに、巨鳥はその大きな羽で羽ばたいて空に舞い上がる。


「そいつの持っている能力は『擬態』だな。使えそうだからディアレクティケーに残したい。殺さないように生け捕りにしろ」

「ひとごとだと思って簡単に言うよね……」


 愛理といいゲオルギウスといい、錬金術師ってどうしてこんなに人使いが荒いんだよ。

 とは言え、実際問題この場は俺がなんとかするしかない。

 俺は斬波を連続で撃って巨鳥の撃墜を狙う。

 でも巨鳥は斬波を完全に見切ってて、空中で体を捻って急旋回。

 ヒラリヒラリとなんなく全弾を躱した。


「ぜんぜん当たらんな」

「別にいちいち言わなくていいから」


 茶々入れてくるゲオルギウスに適当に返事しつつ、俺は斬波を撃つのをやめて巨鳥の動きを観察することに集中する。

 するとどうだろう。

 こっちが手出しするのをやめたことで巨鳥も余計な動きをしなくなった。

 頭上でグルグルと旋回してタイミングを見計らってるみたいだ。

 仕方ない。

 手っ取り早くケリをつけるには向こうに合わせたほうがよさそうだ。

 俺がそう決断するのと同時に、巨鳥も意を決したようにこっちに向かって急降下を開始した。


「おい。いいのか。突っ込んでくるぞ?」


 そう言われるも今度は返事しない。

 今はゲオルギウスの相手をしている余裕は無い。

 失敗すると大変だから今は巨鳥に集中だ。

 そして想像する。

 あの手の獰猛な鳥が獲物にどう襲いかかるのかを。

 それはわりと見慣れた光景だ。

 地面すれすれの低空飛行から、鋭い爪のついた足を使って掠め取るように獲物を上空へ連れ去る。

 それが常套手段。

 そう。

 今みたいに!


「レトリック。マイオーシス!」


 俺を鷲掴みしようと迫って来る巨鳥の足を受け止め、レトリックの減衰機能を最大限に発揮させる。

 それでも衝撃は大きく、俺の体はあっさりと弾き飛ばされる。

 そして背中から地面に打ち付けられた。

 うん。

 全然痛くない。

 マイオーシスの効果はバッチリ。

 後ろに飛ばされたのだって、受け流しといかにもやられた感じを演出するために自分から飛んだだけだ。

 その目的は、今の一撃でダメージを負って起き上がれなくなったかわいそうな獲物のふりをすること。

 あとはこの罠に相手がかかるかどうか……。

 いや、かかった。

 いったん上空へと戻った巨鳥は俺の様子を確認するなり再び降下を始めた。

 今度のそれは攻撃的な急降下じゃなくて、確実に俺をゲットしてテイクアウトしようっていう悠々とした緩降下だ。

 いいよ。

 いい油断。

 あとちょっと。

 ギリギリまで引き付けて――、


「必殺! 死んだふりからの不意打ち攻撃!」


 俺は両腕で跳ね起きるハンドスプリングをハイパーバリーで強化して跳躍。

 空中で体を捻りながら回し蹴りを巨鳥の頭に叩き込む。

 クリティカルヒット。

 作り物でも脳震盪を起こすのかそれとも単にダメージ量の問題か、巨大で俊敏な空の狩人は地に落ちた。


「強引なやつだな。だがよくやった」


 俺のファインプレーを見届けたゲオルギウスが無造作に墜落した巨鳥に近づいていく。

 そして片手を伸ばすとそこにリング状の魔法陣を3つくらい纏わせた。

 黄金化……、じゃないみたい。


「なぁ、そいつをどうするんだ?」


 一応言われた通り、殺さずと言うか壊さずと言うか、上手く無力化出来たと思う。

 でもそれでこのあとなにをするつもりなのか。

 ゲオルギウスはさっき『つかえそう』って言ったけどいったいなにに使うって言うんだ?


「まぁ、見ていろ」


 言うが早いか、ゲオルギウスは魔法陣を纏った腕を引き絞って、一気に巨鳥の体に突き立てた。

 そして抵抗もなく、それこそ幽霊がすり抜けるみたいに体内へと侵入するゲオルギウスの腕。

 さらに、その腕に纏った魔法陣が巨鳥の体内に入り込んでいく。

 そのあとわずかな空白を挟んでゲオルギウスが一気に腕を引き抜いた。

 それが引き金だった。

 巨鳥は一瞬体をこわばらせて鳴き声を上げると、そのからだを光の粒子に変えて消滅していった。


「よし。上手くいったぞ」


 なにがだよ?

 反射的にそう言いかけて、ゲオルギウスの手に何か握られてることに気が付いた。


「それは?」


 見た感じは宝石の原石みたい。

 いろんな色がまだらに混じり合ってて不思議な感じがする。

 巨鳥の中から取り出したってことはドロップアイテム的ななにかか?


「これはさっきのやつから奪取した変身スキルを個物化したものだ。こうやって必要なスキルとそうでないものを選別して、最後にひとまとめに合成すれば俺たちの仕事は完了だ」


 奪取って、ゲオルギウスはそんなことまで出来るのかよ。

 こいつどれだけハイスペックなんだ。


「そういうわけでほかの連中も今の要領で処理していく。お前は基本的に敵を無力化してくれればいいが、奪取したいスキルを持ってない相手はその都度教えるから、戦術的に必要なら倒してしまってもかまわん」


 そっか。

 さっき言ってたディアレクティケーの再調整ってこういうことか。

 こうやって必要なスキルを集めて、最終的に俺のレトリケーで合成しちゃえばいいわけだ。

 そういうことなら話が早い。

 とにかく戦えばいいんだからいつも通りだ。


「そら。さっそく次が来るぞ。さっきのは様子見だったんだろうから、これからが本番だ」

「あ、ほんとだ。なんか急にみんなやる気だしてるし」


 今まで観戦モードっぽかった村人集団が今は総攻撃の構えっぽい。

 今の魔物が小手調べなら俺の戦闘力はある程度把握されたってことか。

 あの程度で見切られたつもりもないけど、どっちにしろ多勢に無勢だ。

 今日は色々忙し過ぎじゃない?


「怖い怖い! これは今までになくスーパー村人集団かも!」


 俺はあちこちから飛んでくる射撃魔法を避けつつ、さらに肉体強化で接近戦を挑んでくる爺さんから逃げつつ、あるいは目をピンクに光らせて魅了の魔法をかけようとしてくるマッチョおじさんにレジストしたり大忙しだ。

 あり得ないだろ、こんなの。

 村人の一人ひとりが空飛んだり瞬間移動したり火を噴いたり防壁張ったり支援魔法使ったり、魔法雑技団かここは。


「ごめん。さすがにこれは反撃無理!」


 ていうか、基本的に俺が集中砲火されてるんだよね。

 だから下手に誰か一人に応戦しようとすると他の攻撃を避けれなくなる。

 1対1なら負けないけど、1対1を繰り返して数を減らしていくのは現実的じゃない。


「どうする。なにか手はあるか!?」

「範囲攻撃で一気にひっくり返すことは出来るけど、お前を巻き込んじゃいそうなんだよね、ッと!」


 喋ってたら攻撃をもらいそうになって、俺は慌てて体を捻った。

 なんとか躱した魔力弾が空を裂く。

 いつまでもこんなことしてたら、そのうち詰将棋みたくなる。

 いっそゲオルギウスに離れてもらって範囲攻撃を使おうかとも思うけど、離れた場所で襲われたら助けられない。

 どうすればいいんだ。


「そういうことなら俺はかまうな。お前の戦いやすいようにやれ」

「え。でもそれじゃあ――」

「自分の身は自分で守れる。いいから早くしろ!」

「それじゃあ遠慮なく、ファイヤーストーム」


 使ったのは威力をほどほどに調整した範囲攻撃。

 これはゲオルギウスのためと言う以前に、敵に致命傷を与えないようにって意味合いも含んでる。

 そこがこのバトルの最低限の条件。

 敵は殺さず半殺し。

 それでもまともにくらえばただでは済まないはずだけど、ほんとにゲオルギウスは大丈夫だろうな?

 そんな心配が頭をよぎりつつも、本人の言葉を信じて炎で敵を攻め立て続ける。

 全方位を囲まれてるこの状況を打破するためにはファイアーストームの風向きを振り回す必要があった。

 つまり風向きを変えてどの方向の敵にもけん制をする必要が、だ。

 実際、俺はそうしたし、炎にまかれそうになった村人はみんな距離を取った。

 そしてその最中に、必然的に俺は見た。

 ゲオルギウスを保護するように出現した四面の土の壁。

 錬金術。

 そうか、高くそびえたつ耐熱壁で炎の嵐から自分を守ったのか。


「やるじゃん」


 技術的には難しくはないんだろけど、一瞬で壁を錬成する手腕はさすがだ。

 愛理なんかと比べてもかなり戦い慣れてるみたい。


「そういうことなら、ちょっと砂嵐的なの起こしたいから材料作ってくれない。ちょっと荒めのやつ?」


 俺が頼むと、言葉じゃなく頭上からの轟音が反応として反ってきた。

 ゲオルギウスを守ってる壁の最上部が爆ぜるように崩れて石つぶてが雨みたく降ってくる。

 ナイス。

 俺は発動中のオクシモロンを停止して、ファイヤーストームをただのウィンドに戻す。

 これで火属性の攻撃力は無くなったけど、オクシモロンの持つ『スキルレベルの半減』っていうデメリットも無くなった。

 そうなると単純にウィンドをハイパーバリーで強化した状態だから風速はもう爆速。

 その暴風に乗って石つぶてが飛んでいくんだから弾幕効果は抜群だ。

 ぶっちゃけ当たったら痛いじゃ済まないだろうけど、相手は人間じゃないから大丈夫だろ。

 たぶん。


「とは言え、弾にはかぎりがある、か」


 見ればゲオルギウスの壁は上の方からどんどんと崩れて低くなってる。

 あんまりやると無くなっちゃいそうだし、四面を囲まれてる以上、最後にはゲオルギウスまで石つぶての餌食だ。

 というわけで、俺は頃合いを見てウィンドウを停止した。

 そもそも、もう十分な頃合いだ。

 周りには小中合わせて大量の石が転がってて、その中に村人もどきズもみんな倒れてる。

 ちょっと悲惨な戦場っぽくなってるけど死人は出てないはず。


「もう出てきて大丈夫っぽいよ」


 そう声をかけると防壁の残り数メートルが砂と化して外側に向かって流れるように崩壊した。

 それは完璧にコントロールされた結果らしい。

 砂は外に向かって流れ広がるだけで、ゲオルギウスの居る壁の内側のスペースは砂で押しつぶされず守られたまま。

 しかも広がった砂山の一部が歩きやすいように低くなってて、ゲオルギウスはそこを通って中から出てくる。


「予想以上に手早く済んだか。どうやら改良型レトリケーの状況対処能力は期待以上らしいな」


 それ、いじった本人には絶対言わないでほしいやつだ。

 オリジナルの製作者から褒められたらどうなるか、あのネコ目錬金術師っ子のどや顔が目に浮かぶ。


「それだけ手練れなら援護もそれほど必要ないだろう。俺は準備をしておくから残りの敵は基本任せるぞ。ただし油断はするな。最後の障壁だけあってあれは厄介だからな」


 最後の敵。

 それはさっきの弾幕攻撃の外側に居たやつ。

 つまり、岩屋の前で俺を待ち構えてる初代ゲオルギウス(偽)だ。

 この疑似空間がゲオルギウスの過去を再現したものなら、あの最後の敵がゲオルギウスの師匠の姿をしてるのもなにか特別性の現れなのかもしれない。


「必要なものがあれば創ってやるが、なにか持っていくか?」


 それは、『錬金術で』って意味だろう。

 せっかくだから手土産くらい用意してもらおう。


「じゃあ剣をおねがい。あるのと無いのじゃやっぱ違うし」

「いいだろう。それくらい容易い注文だ」


 そう言いつつの片手間、ゲオルギウスが手のひらを下に向けて地面にかざす。

 すると地面の土が盛り上がって十字架じみた形を成した。

 その表面がぼろぼろと剥げ落ちていって次第に形が整っていく。

 そして最終的には中からちゃんとした鉄製のロングソードが姿を現した。

 どんな錬成の仕方だよ、これ。


「それじゃあ頼んだぞ。ほかにもなにか必要になれば用意してやるからいつでも声をかけろ」


 ゲオルギウスは地面に刺さったロングソードを残して離れていく。

 たぶん倒した村人たちからスキルを回収するためだろう。

 そのあいだに俺には初代を制圧しておけってことだ。


「おっけー。そういうことならサクッといこうかな、っと」


 俺はゲオルギウス謹製のロングソードを引っこ抜いて疾走を開始する。

 あの偽初代ゲオルギウスがどう出てくるか分からないけど、こっちに分があるとすればたぶん接近戦だ。

 魔法戦には付き合わずに出来るだけ距離を詰めた方が有利なはず。

 そう考えて突進する俺だったけど、当然偽初代も迎撃をしてくる。

 詠唱無しで3つの火球を生み出すと、それをよこに並べた状態で撃ち出してきた。

 やっぱり魔法戦か。

 でもそれには出来るだけ付き合わないのがこっちの方針。

 俺は突進しながら剣を腰だめに振りかぶり、横一閃に振りぬいた。


「ファイヤーブレード!」」


 反撃に使ったのは斬波に火属性を付加した『焼き切る炎剣』だ。

 炎に炎をぶつけるなんてナンセンス?

 でも実はこれが案外悪くない。

 敵の火球を3つとも両断したファイヤーブレードは、その火力を吸収しつつ偽初代へと殺到する。


「そのままいっけー」


 と言いつつも接近を続ける俺。

 たとえ偽でもゲオルギウスの師匠がこれで終わりにはならないはず。

 そう判断してのことだったけど正解。

 偽初代は地面から土の壁を出現させてファイヤーブレードを防ごうとしてる。

 師弟だけあってやっぱり似たような技を使うみたいだ。

 あるいは炎を防ぐには土属性が効果的だとわかっててのことかもしれない。

 でも、なんとなく予想出来てた展開なんだよね、これ。


「ゲオっち、鍬だして鍬!」


 ファイヤーブレードの着弾を確認しつつ、離れた位置に居るゲオルギウスに援護を求める。

 大声を出した甲斐があってか、跳ね返るように返事が反ってくる。


「人にものを頼むならもう少しマシな態度があるだろう」


 そんな小言はともかく、だ。

 俺の前方で地面が盛り上がって中から1本の鍬が現れる。

 斜めに地面に刺さった状態のそれをピックアップしながら製作者に感謝。

 剣と鍬の二刀流になった俺は、炎剣に耐えきった土壁に突貫する。


「もしもーし。だれか居ますかー。居留守使っても無駄だから勝手に入りますねー」


 礼儀正しくあいさつしながら、土壁に向かって何度も何度も鍬を振り下ろす俺。

 ハイパーバリーで強化した掘削力が大量の土砂をガシガシ削っていく。

 あっと言う間にトンネルを貫通させた俺は、穴の向こう側に偽初代の姿を捉えた。


「おじゃましますはじめまして。いきなりだけどスキルください!」


 返事は待たない。

 偽初代が土壁を崩壊させて穴を塞ごうとするのを、一気にダッシュしてトンネルを通過。

 ギリギリ圧殺を逃れたそのラッキーボーイな勢いのまま偽初代に飛びかる。


「とった! とか言っちゃうあたり俺もフラグ大好き!」


 言ってから『しまった』って思った。

 いや、言っても言わなくても結果は同じだったかもだけど、なんとなく墓穴感倍増。

 それを肯定するように、地震みたいな揺れが俺の足元を襲った。


「うわヤバ。なんかすっごい悪い予感――」


 こういう時にかぎって俺の予感は当たる。

 っていうか当たった。

 俺の立ってる場所を含めて周囲の地面がまるで土が湧き出るように盛り上がっていく。

 とてもじゃないけどその場に留まるなんてムリ。

 俺は思いっきり跳躍してその場を離脱する。

 その瞬間、真下の地面が爆発的に噴き上がって、地中から何かが姿を現した。

 それは巨大な顎だった。

 トゲトゲした牙を持った上下の顎が、さっきまで俺が居た場所を丸のみするように突き上げて出現してた。


「危なッ。これはちょっと予想外!」


 真下からのワニワ○パニック状態で現れたのはまさかのドラゴン。

 ものすごいパワーで土砂をかき分けて地上へと這い出て来た。

 その全長は優に50メートル。

 土色のクロコダイルっぽい体は、全体的にゴツゴツしててかなり強固に感じる。

 一方、背中の翼はほとんど名残。

 退化し過ぎて使い物にはならないだろう。

 それでも、たとえ飛竜じゃないにしても、その圧倒的な存在感はまさに地上の絶対王者。

 最後の最後でとんでもないの出てきたな、これ。


「でも普通のアースドラゴンにしてはちょっと違う気がする……」


 なんだろ。

 ドラゴンは亜種も居るし、俺も完璧に見分けられるわけじゃないけど、こいつはどことなく生き物っぽくない。

 野生生物と言うには体のパーツがカクカクし過ぎ。

 ロボっぽいって言うか、生物兵器的な?


「って、ちょっと待――」


 うかつに手を出せない俺に対し、ドラゴンは何の躊躇も無く攻撃態勢に入った。

 大きく口を開いたブレスの構え。

 瞬間、凶悪な咆哮に世界が歪む。


「マイオーシスッ!」


 陣足を使わなかったのは本能だった。

 あれはあくまでハイパーバリーを併用しないといけない。

 だけどそれは相手の攻撃を回避出来なかった場合、ダメージが増幅されることを意味する。

 回避しきる自信がなければ墓穴を掘ることになる。

 だからこその減衰機能だった。


「ぐ――」


 ブレスの種類は、見えなかった。

 ただ空間が捻れ、圧倒的ななにかが迫って来るのだけを感じた。

 そして衝撃は間髪入れずに俺に到達した。

 まるでトラックにでも撥ねられたような硬質な圧力が一切の抵抗を許すことなく俺を弾き飛ばす。 


「さ、さすが、ドラゴン……」


 吹き飛ばされ、転がり、無残にも地面に転がる俺。

 それでも対応の選択自体は間違ってなかったと思う。

 あのタイミングだと回避は間に合わなかった。

 かと言って、陣足で逃げようとしてハイパーバリーを使ったとしても、逃げきれないどころか倍加されたダメージで間違いなく即死だった。

 だから回避じゃなくて防御に回ったのは正解。

 でも残念ながらマイオーシスで減衰しきれる攻撃でもなかったのがつらいところ。

 ドラゴンの攻撃をもろに被弾したこと自体が大失敗。

 結果、一撃でボロボロにされた体。

 俺はそれでもなんとか身を起こす。

 あばら、2,3本逝ったかな、これ。


「しかも弱ったところをパクリって?」


 俺が起き上がったとき、ドラゴンはすでにこっちに向かって猛ダッシュの最中だった。

 おまけにそのスピードはかなりの速さだ。

 巨体に似合わずなのか巨体だからこそなのか、今の俺が逃げ切るのは難しいだろう。

 もちろんあんなのに噛みつかれたらさすがにマイオーシスでも意味は無い。


「となると、ここが勝負の分かれ道、ってことか」


 逃げれず、受けれず、それでも敵が来るなら真正面から応じるしかない。

 ほんとならドラゴン相手に勝負を焦るのは自殺行為だ。

 時間をかけて状況を有利な方にもっていかないと人間が一人で勝つのはかなり厳しい。

 ところが今みたいな状態ならほかに選択肢が無い。

 あとはどう合わせるか。

 小手先は通用しない。

 一撃で決めないと押し切られる。

 そう悩んで、1つの結論に達する。


「ゲオっち、ランス!」


 それが答えだ。

 突進には突進で対抗する。

 現状、逆転を狙うには賭けに出るしかない!


「お前、ドラゴン相手になにを――?」

「いいから早く! ここはリスクを背負わないで突破できる局面じゃない。怖気づいて立ち止まってる方が致命的だろ」

「――ッ」


 さすがに危険だと思ったのか、ゲオルギウスも一瞬錬成を躊躇した。

 でも積極的に動かなきゃ悪い結果は容赦無く襲って来る。

 たぶんそのことを誰よりも熟知してるだろう錬金術師は、きっと俺の覚悟を理解してくれた。


「いいだろう。自分の道は自分で切り開くしかない。お前の言う通りだ」


 錬成は即座に始まった。

 これまでとは明らかに違う、あまりにも特異な術式。

 大地に敷いた魔法陣の中を七色の光子が飛び交い、ここに必要とされるものを、ここに存在し得るものとして存在性を編み上げていく。

 そこに内包される神秘性は、マテリアルという現実性によって象られる。

 そして生み出された決戦武器。

 あまりにも神々しい、蒼く澄んだ聖鉄の騎兵槍が俺の目の前に出現した。


「さぁ、存分に使え。餞別代りに水神の加護も宿しておいた。あとはお前自身がそれを使いこなせ」

「オッケー!」


 俺はランスを手に取ってドラゴンの正面に突撃する。

 側面に回り込まないのはこの武器にとっては突進力が重要だからだ。

 変に旋回すると威力が落ちるから可能な限り真っすぐ行った方がいい。

 もちろんリスクは理解した上だ。

 陣足で得た速度のまま、俺はドラゴンの間合いに飛び込んだ。

 そこにあのブレスの反撃がくる。

 だけど退かない。

 ゲオルギウスの錬成力を信じて応戦する。


「はぁぁぁ――」


 俺はランスを突き出す。

 途端、槍から水流の渦が生み出されドラゴンへと向かって伸びた。

 ブレスとの激突。

 渦が砕け、大量の飛沫が地面へと降り注ぐ。

 止めて、止められた。

 ドラゴンの不可視のブレスの正体はたぶん衝撃波だ。

 つまり咆哮そのものが相手を攻撃する武器なんだろう。

 俺の、俺たちの攻撃はそれと撃ち合って拮抗した。

 なんとか戦える。

 あとはこの痛むあばらがどこまで持つか……。

 どっちにしても長期戦は不利だ。

 俺はいまだに視界を遮る水花火を煙幕替わりにさらに間合いを詰める。

 狙うのは心臓。

 胴体は攻撃を当てやすいし、上手くいけば致命傷も与えられる。


「まて。勝負を焦るな!」


 もう遅い。

 俺はゲオルギウスの制止を振り切ってドラゴンの懐に入り込む。

 一撃。

 再度、流水突きを全力で放つ。

 ドラゴンも前腕を振り上げて俺を叩き潰そうとしたけど、俺の方が速かった。

 そして抉る。

 超高圧の水流はドラゴンの表皮を突破して、さらにその内部さえも破壊する。

 届いた。

 それは確実に心臓まで到達するほどの深手。

 これならさすがに――。


「焦るなと言っただろう!」

「――!?」


 ドラゴンが動いた。

 まだか。

 こいつまだ死んでないのか!

 直後、振り上げられたままだった前腕が地面をすくうように弧を描く。

 まずい。

 俺はとっさにランスを盾にしてマイオーシスを起動する。

 衝撃。

 一瞬で前後不覚。

 あっさり殴り飛ばされた俺は、またしても地面を転がる。

 一度痛めたあばらが上げた絶叫が、神経を通って脳へと駆け上がる。

 ありていに言って激痛。

 意識を失いそうになるのを必死につなぎ止める。


「そのドラゴンは錬金術の産物だ。いくら傷つけても無駄だ」


 なるほど。

 だから作り物っぽかったり心臓を破壊しても動いたりしたのか。

 普通のドラゴンだってそれくらいじゃすぐには絶命しないけど、それでも明らかに弱るからな。

 ところがこいつは作り物だけに心臓なんて最初から無かったんだろう。

 つまりはゲオルギウスに忠告された通り、心臓を狙ったのは俺の先走り過ぎだったってことか。


「おい。いつまで寝ている。ここでやられては全てが台無しだぞ」

 

 ああ、ほんとに大誤算だった。

 あんな大物が出てきたらてっきりラスボスかと思うじゃんか。

 それをまともに相手してこのざまとは情けない。

 こっちはよけいにダメージもらったうえに、向こうには実質損害無しとか残念過ぎる。

 おまけにドラゴンは今度こそ俺にとどめを刺すべく再突進で向かって来る。

 ゲオルギウスが土壁を何枚も出してくれてるけど止められない。

 その全部を突き崩しながらドラゴンが迫る。


「早く立て。ここで、ここまで来て諦めるわけにはいかないんだ」


 もちろん諦めるなんて選択肢は無い。

 のそりと体を起こして膝を立て、俺はドラゴンの動きに注意する。

 ダメージ的に本格的にこれ以上相手をするのは厳しい。

 ここから逆転するにはあのドラゴンは無視して、術者の偽初代を速攻で仕留めるしかない。 

 その問題の偽初代はドラゴンの後方に控えてる。

 妥当な立ち位置だろう。

 召喚士だって普通はそこに居る。

 でもそうなると、偽初代にたどり着くにはドラゴンをどう足止めするかが問題だ。

 単に素通りしただけだと追いかけて来るのは目に見えてる。

 だからいくらかの時間を稼ぐ必要がある。 

 偽初代を仕留めるその時間を。


「そういうわけで――」


 俺は膝をついたままドラゴンを見据える。

 襲い来る爪と牙。

 ドラゴンがなりふり構わず俺を俺を肉塊へ変えようと眼前まで迫り、


「レトリック、オクシモロン!」


 ランスを大地に撞着。

 瞬間、鋭い先端を持った巨岩が隆起。

 ドラゴンの腹を突き破って串刺しにする。

 50メートルもある体が地面から持ち上がり、ドラゴンはわけもわからない様子で手足をばたつかせた。

 チャンス。

 俺はドラゴンの脇を抜けて偽初代のところに向かう。

 正直ボロボロの体は重かった。

 一歩ごとにあばらは痛むし、何度も吹っ飛ばされたせいで平衡感覚もちぐはぐ。

 それでも俺は走る。

 だって負けられない。

 ここまで色んな人に守られ、助けられ、託されてきた。

 それぞれの立場や事情があって、考えと思いがある。

 ここで立ち止まってしまったら、諦めてしまったら、そのすべてを裏切ることになる。

 そんなことは出来ない。


 たとえどんなに苦しくったって、俺は最後まで戦い抜いてみせる!


「レトリック、ハイパーバリー!」


 跳躍力を増幅させた俺は、遠間から一気に偽初代へと殴り掛かる。

 でも長い距離の跳躍は見切られやすいうえに無防備だ。

 俺の攻撃を察知した偽初代はファイヤーを放って俺を撃ち落とそうとする。

 確実に仕留めるためか、炎の効果範囲は広め。

 なかば壁みたいに炎が迫ってくる。


「はぁ!」


 俺は迷わず最大増幅のウィンドを地面に向けて放った。

 反動推進。

 弧を描いて、横方向に飛んでたはずの俺の体が、空中でバウンドしたみたいに上方に跳ね上がる。

 そこへ炎が猛り来る。

 酸素を食い尽くすほどの圧倒的な熱量が、ひねりを効かせて舞い上がる俺の体をかすめた。

 体を焦がすような熱量を感じつつ上空へ。

 ファイヤーを飛び越えた俺は大きく高度を稼いで偽初代の頭上を取った。

 相手はまだ俺に気づいてない。

 自分の火炎魔法で一瞬視界を失ったらしい。

 範囲攻撃にはこういうリスクはよくあることだ。

 そしてそのリスク管理をミスったやつは、負ける!


「――ッ!」


 上空への反動推進ウィンドで急降下。

 そこでようやく頭を上げた偽初代と視線が交差する。


「終わりだ!」


 拳を引き絞りほとんど垂直に近い角度での強襲。

 偽初代も即座に錬成を開始。

 一瞬も間を置かずに、先端が鋭利に尖った岩槍を何本も生み出して下から突き上げてくる。

 くそ。

 串刺しにされないためには回避が必要だ。

 でもさっきみたいな増幅ウィンドでの反動推進じゃ大雑把過ぎて細かい動きは無理だ。

 もちろん大きく離脱して回避することは可能だけど、それじゃこっちも攻撃チャンスを失う。

 必要なのはこの急降下速度を維持したまま、あの槍ぶすまの間を縫って潜り抜ける細かな姿勢制御だ。

 となれば選択肢は一つしかない。


「シルフィードステップ!」


 それは迅速にウィンドを付加した空中機動スキル。

 それを発動した俺は、空間を、大気を蹴って岩槍の中へと突入する。

 時間にしたら一瞬のことだっただろう。

 でも神経を集中させた俺には、その交差はとても遅く長い一瞬だった。

 次から次に迫って来る鋭利な先端。

 感覚的には体を貫かれてても不思議じゃないほどギリギリの隙間。

 そこをシルフィ―ドステップですり抜けた。

 眼前の敵。

 激突するような勢いで、俺は偽初代の顔面を殴る。

 直撃だった。

 モロに入った俺の拳が偽初代をなぎ倒すように地面に叩きつけた。


「……」


 一瞬の静けさのあと、偽初代が錬成したすべてのものが砂へと還っていく。

 土壁。

 岩槍。

 そしてドラゴン。

 世界の必然として、主を失った幻想はその一切の存在性を失う。


「終わったか」


 一部始終を見届けた錬金術師は、ただ一言だけそう言った。

 この徹頭徹尾幻想でしかない空間で打たれたピリオドは、それでもゲオルギウスの夢の終着を意味する。

 だから、この戦いの終わりには、ゲオルギウスは人一倍思うところがあるはずだ。


「永かったな、アルケミスト。理想という牢獄にとらわれたお前の魂、俺が今解放してやるよ」

「やめろ。そういうノリには、俺は付き合えん」

「ええー。ゲオっちテンション激シブー」

「ええい。その呼び方もやめろと言ったろう。お前の方こそ急に情緒不安定になるな」


 そこは大目に見てほしい。

 だってほんとにギリギリのギリでなんとか競り勝った感じだったし。

 とくに最後の交差法はマジで生きた心地がしなかった。

 別に俺は先端恐怖症じゃないけど、それでも無数の切っ先に向かって突っ込むのは心臓に悪い。

 しかも、減速どころかむしろ多段加速するようにジグザグにだ。

 あれは地面に落下しながら、なお逆連続壁ジャンプで勢いづけるようなものだった。

 その状態で何本もの槍を避けるんだから、あの瞬間はついに俺の度胸も異化しちゃったとしか思えない。

 まぁ、あばらのほうは確実に逝っちゃったみたいだけど。

 マジ痛。


「とにかくこれですべての障害は取り除かれた。あとは簡単な仕上げを残すだけだ」


 ゲオルギウスは岩屋を一瞥しておもむろに歩き出した。

 俺も自然とそのあとについていく。

 そのあいだ、俺たちはお互いにいっさい喋らなかった。

 もっといろいろ聞いてみたいこともあったはずなんだけど、今となってはお喋りに花を咲かせる雰囲気でもない。

 黙々と歩いた結果、岩屋の前まではすぐにたどり着いた。

 2人して顔を見合わせて頷き、扉を開けた。

 中は恐ろしく真っ白い世界だった。

 ただただなにも無い空間が広がってる。

 その先に向かって、俺たちは足を進めた。


「……」


 その空間はどうしてか俺を不安にさせる場所だった。

 見渡す限り殺風景で、俺たちが入ってきた岩屋の扉の部分だけぽっかりと不自然に穴が開いたみたいだ。

 どこまで目を凝らしても地平線も見えないし、そもそも自分が立ってる床でさえそこにあるのか不確かで、地に足を付けてる感覚すら無い。

 ほんとにここがディアレクティケーのコアなのか。

 俺の想像だともっといかにもそれらしいなにかが置いてあると思ったんだけど……。

 歩くことしばらく。

 ゲオルギウスの向かう先に段々と疑問が沸き上がってくる。

 こんななにも無い場所でどこに行こうっていうんだ。

 下手したら帰り道まで見失うんじゃないか?

 そう考えると急に後ろが気になってくる。


「振り返るなよ。ここはディアレクティケーの創造性を司る基幹術式に支配されている。出口を求めれば用意されるのはそれだけだ。そしてそれは今はまだ必要の無いものだ」

「なにそれ。それじゃあこの中に居れば好きなものがなんでも手に入るってこと?」

「なんでもというわけではない。これはあくまでもディアレクティケー内部での話だ。呼び出せるのはディアレクティケーの機能が具象化されたものだけだ」

「ああ。つまりここでコントロールパネル的なものを呼び出せばディアレクティケー自体をカスタム出来るってことか」

「まぁ、たぶんそういうことだ」


 やっぱりか。

 なら話は簡単だ。

 邪魔者はさっき排除したし、ほかに問題になるようなことは無い。


「じゃああとよろしく。俺は出番が来るまで後ろで見てるよ」

「バカを言うな。基幹術式を呼び出すのも含めてお前の仕事だ」

「え。なんで。その辺はやってくれるんじゃないの?」

「無理だな。どこまで転んでも今の俺はディアレクティケーの一部でしかない。お前に協力こそすれ、俺自身が使用者にはなれん」


 そうだった。

 あまりにも普通に喋ってるから忘れてた。

 今、俺の前に居るのはディアレクティケーに保存されたゲオルギウスの意志なんだった。

 だから実際には俺は最初から一人でディアレクティケーと対峙してたことになる。


「でもディアレクティケーは自立進化する魔導器なんだろ。だったらこの話も自己解決出来そうな気もするけど?」

「いや。ディアレクティケーの中でも俺は別だ。なんといってもゲオルギウスの意志である俺は、ディアレクティケーの目的を司る部分だ。その俺だけは他の機能、とくに改変機能とは隔離されていなければならない。こちらが干渉出来るということは、向こうからも干渉される危険が生じるからだ」

「つまり、ディアレクティケー自体が、自分が作られた目的を改変しちゃわないように?」

「正しく理解出来たようでなによりだ」


 うーん。

 ゲオルギウスが作ったくせにゲオルギウスが管理出来ないってなんか複雑。

 でも完成させたのは弟子たちなわけだし、そんなものなのかな。


「ともかく、俺が直接ディアレクティケーを操作出来ない以上、なにをするにせよお前という媒介が必要だ」

「それはわかったけど、具体的にはなにをすればいいんだ。ディアレクティケー自体を呼び出すってどうやるわけ?」

「単純に相対しやすいものを想像しろ。この世界はディアレクティケーの本質の内側だ。お前のが想像した形としてあれは姿を現す」

「想像か。それってどんな形がいいとかってあるのか?」

「なんでもいいんだ。触れられさえすればことは足りる。だがそうだな。世界をなにか1つの大きなものに例えてみればいい」

「大きなもの?」


 世界なんて元々一つの大きなものじゃないのか?

 それとも全体を1つの球体として考えるとか。

 でもそれだと普通に星とか銀河とかって話にしかならないか。


「空とか海とか、なんなら大きな動物でも構わん。自分が住む世界の基礎を成すにふさわしいもの、言ってみれば世界の化身を空想すればいいんだ。ここではそれこそがディアレクティケー自体ということになる」


 世界の化身、ね。

 そういうことならあれかな。

 昆虫少年の俺にとって、大自然こそ世界の中心なんだから。


「……見ろ。具現してきたぞ。そうか。あれがお前が想像する世界の化身か。実にわかりやすく的確な表現だ」


 俺がイメージを固めると、それほどの間も置かずにその変化は起こった。

 というより出現したって言うべきか。

 俺たちの進む先に、まるで東京タワーみたな大きさの木が、あたかも霧の中から現れるように浮かび上がってきた感じだ。

 その木は地面からある程度の高さまでは太い幹を持ってて、上の方にいくと一気に枝分かれして緑色の葉っぱを山盛り茂らせてる。

 きっと昆虫たちもたくさん集まってくるだろう。


「さぁ、いよいよだ。最初に言った通り、今からこの木はあまねく世界を支える世界樹に生まれ変わる。お前の手によってな」


「世界樹……」


 それはたしかにわかりやす過ぎるくらい有名なモチーフだろう。

 昔の人は世界を色々なものに例えてきた。

 例えば、でっかい亀の甲羅に乗った大陸だとか、神様たちが見下ろす巨大な皿だとか、あとはたしかでっかい蛇がどうとかっていうのもあるんだっけ?

 その中でも世界樹、神界や人間界を内包する巨大な木っていうのは、知名度で言えばトップクラスだ。

 俺だってユグドラシルって名前くらいは聞いたことあるし。


「いいか。こいつをすべて木に融合させろ」


 そう言ってゲオルギウスはさっき集めたスキルの結晶宝石を差し出してくる。

 俺はそれを受け取って、大きな木の根元に立った。

 小さく、でもたくさんの欠片を根子の部分に乗せて、手のひらでふたをする。


「レトリック、オクシモロン――」


 そしてすべてが変質する。

 色々なスキルと融合したディアレクティケーと言う巨木は、急速に姿を変えてさらに巨大な世界樹へと成長していく。

 幹はさらに太く高く、世界を支える大黒柱にふさわしい大きさに。

 枝と葉はすべてを抱きしめるように広く豊かに。

 しかも変化は巨木だけとどまらない。

 俺たちの頭上、言ってみれば天井だか空だかにあたる部分に何本もの筋が入り、まるで蛇腹をたたむみたいに空が開けていく。

 そして、その向こうに見えたのは俺たちの世界、アナザー東京の街並みだ。

 今、あの異化した街を空から見下ろすように俺たちは世界樹の根元に立ってる。


「よくやった。あとはディアレクティケーが世界の維持管理をしてくれる」


 世界樹越しにアナザー東京の街並みを眺めるゲオルギウスの様子は、まさにひと段落したって感じの落ち着き方だった。


「そっか。でもほんとにこれで世界の崩壊を止めれるの?」

「心配するな。ディアレクティケーはこの世界は言うにおよばず、世界と世界を縫い合わせるように拡大を続ける。それこそ根を張るように、な。だからこれで俺の役目も終わりだ」

「……」

「どうした。浮かない表情だな」


 そう言われるとなんとなく顔の筋肉が強張ってる気もしないでもない。

 でもそれが普通だと思う。

 と言うか、ゲオルギウスが平然とし過ぎなんじゃないか?


「いやさ、ほんとにこれでよかったのかな、って。ディアレクティケーだって元々は理想郷を作るためのものだったんだろ。なのにそれがこんなことに使っちゃって、お前はほんとにそれでよかったのか?」


 疑問というか、単純に申し訳ないって言うか。

 ゲオルギウスにとっては人生の集大成を元々の目的とは別のことに使っちゃうことになるわけだ。

 なんかこう、お互い気まずくない?


「そうだな。いいか悪いかで言えば、もちろん俺はこれでいいと思っている。そもそも理想なんてものは一人ひとり違うのだから、俺がなにを作り上げたところで自己満足に過ぎんだろう。そういう意味では誰もが自分の夢や理想に向かって挑戦出来る世界があればそれが一番だ。そして世界樹となったディアレクティケーは、少しずつそういう風に人々の運命を導いていくだろう」

「自分の夢や理想、か……」

「そうだ。人はそれぞれに未来を創るべきなんだ。俺がしてやれるのは世界樹を介してその機会にめぐり合わせてやることだけだ。あとは本人たちの情熱次第だろうな」

「だから、世界樹がそれを実現してくれるから、全然後悔は無い?」

「そういうことだ」


 そう言って、ゲオルギウスは静かに微笑んで見せた。

 俺も一瞬それに釣られ、その直後に驚きに表情を乗っ取られる羽目になる。

 なぜなら、ゲオルギウスの体の、その指先から土になって崩れ始めてたからだ。


「……。どうやらそろそろ本当に時間らしいな。

「ゲオルギウス――」


 俺が呆気に取られてるあいだにも、ゲオルギウスの体の崩壊はどんどんと進んでいく。

 土への変化は今や胴体にまで進んで、完全に変化した部分から地面へと崩れ落ちる。


「大丈夫だ。ディアレクティケーの世界樹化に伴って、俺もこの姿を維持できなくなっただけだ。今後は世界樹の一部となってお前たちの未来を見守っていくさ」


 それがどういうことなのか、俺には正確には分からないけど、ゲオルギウス本人としてはとっくの昔に決心してたことなんだろう。

 そのことは表情の清々しさを見れば疑う余地は無い。

 だから、これで本当に終わり。


「そういうわけでお別れだ。地上へはそいつを使って戻るといい」


 見れば世界樹の幹を伝って一匹の巨大昆虫が俺の方に下りて来る。

 それはクシャナさんの元の姿の大きさくらいあるカブトムシで、しかも金色だ。

 神かっこいい。


「うわ。これすごい。絶対家で飼おうっと」


 地面に下りてきた黄金カブトにさっそく触ってみる。

 なかなか重厚な手触りで見た目通りの貫禄だ。


「ご満悦でなによりだが、世界樹に住む生き物もまた世界樹の一部だ。個人で占有するような真似はよせ。むしろお前にはそういう輩が現れないように目を光らせていてもらいたいんだがな」

「目を光らせる?」

「これから先、世界樹を乗っ取ったり、邪魔だと思い打ち倒そうとする者も現れるかもしれん。だからそういう勢力から守ってくれる味方が必要だ」


 出て来そう。

 っていうかぜったい出て来る。

 どういうわけだか、お約束的に現れるんだよねそういう人たち。


「でも、世界樹が運命を司るなら、そういう連中が出て来ないないように出来ないの?」


 ぶっちゃけその方が手っ取り早いと思うんだよね。

 確実だし、戦わなくていいし、わざわざ俺とかに期待するより良くない?


「何事にも確実は無い。それに、運命を操作してそういう選択肢を奪うこと自体、世界樹の理念から外れている。世界樹が目指すのは、あくまでも誰もが自分の夢や理想に挑戦出来る世界だ。仮にもし人々にとって世界樹が不要なら、その時はどちらにしても打ち倒されてしまうだろう」

「それってつまり、みんなが挑戦出来る世界じゃない方がいいって思うやつが居ても構わないってことにならない?」

「その通りだ。世界樹という形に結実した俺のディアレクティケーに反対するのもまた人々の自由だからな。もう俺は俺の理想を強要したりせん。そうは言っても早々に打ち倒されてしまっては元も子もないからな。だからお前や、世界樹のあり方に賛同する者に、管理を頼みたいんだ」

「それは大丈夫なんだけど、お前はこのあとどうするっていうか、どうなるんだ。世界樹の一部になるってことはそこから見守っててくれるんじゃないの?」

「見守りたいのはやまやまだが、もうすぐ俺個人の存在性は解体され、世界樹の中で別々の部分に組み込まれる。そうなればこちらから指示や要求を出すことは出来ないし、世界樹自体もなにかを命令したりはしない」


 なかなかヘビーな話だ。

 でも本人が覚悟を決めてるならもうとやかく言うことはしない。


「わかった。出来るかぎりのことはするって約束する」


 たぶん、それがこの潔い理想家にしてやれる最大の感謝だろうから。


「ならついでにもう1つ引き受けてくれないか。この騒動に関わった俺の関係者に伝言を頼みたい。あいつらにはずいぶんと俺のわがままに付き合わせてしまったからな」


 関係者、っていうとブラックアイズや白ローブのあいつらか。

 でもどうだろ。

 ブラックアイズはともかく、他はみんな偽ゲオルギウスに黄金にされちゃったんだよな。

 あのまま元に戻らない可能性もあるけど、それをゲオルギウスに教えるのもちょっと……。


「状況や都合もあるだろうし、出来たらで構わん」


 そういうことなら大丈夫だ。

 実際どうなるか分からないど、それがゲオルギウスの最後の頼みなら引き受けるしかない。

 俺は黙ってうなずくと、ゲオルギウスは『すまない』と前置きしてから肝心の伝言を口にした。

 俺はそれを忘れないようにしっかりと記憶する。

 そして、そう多くは無い言葉を喋り終えたところで、ゲオルギウスの体の土塊化は頭を残すだけになった。


「さてと、これでもう俺に思い残すことは無い。お前もそろそろ行け。1人の人間の最期など見ていてもつまらんだろう」


 その言葉を口にしたときには、ゲオルギウスの顔の土塊化が始まっていた。

 このタイミングで俺を促すってことは、最期を見られたくないのはゲオルギウスの方なんだろう。

 本人がそう言うなら、あまり長居しても悪いかな。


「あ、でも俺、仲間といっしょだったんだけど、ほかのみんなはどうなってるんだ?」

「それなら下でお前を待っているさ。ここに来たのはお前1人だからな」


 よかったこのカブト一匹だと、さすがに全員乗るのは無理そうだし。

 それさえ確認出来ればもう大丈夫だ。


「じゃあ、俺、もう帰るよ。バイバイ」

「ああ。ご苦労だった」


 俺たちの別れのあいさつはそれだけだった。

 ゲオルギウスのあそこまでの潔さを見せられたら、これ以上の言葉は必要無いと思った。

 そもそもレトリックが俺の中にあるかぎり、なんだかこれでさよならって感じもしない。

 世界樹のことも含めて、今までも、そしてこれからも、ゲオルギウスの手のひらの上って気分。 

 そんなわけで、俺は黄金カブトの上下一対の角のうち、上の方の小さな角にまたがる。

 この感じ、昔クシャナさんの背中に乗って旅してたときのことを思い出す。

 しかも、このカブトは角がちょうどハンドルみたいになってなかなか乗りやすい。

 もっとも、そうは言ってもさすがに俺もカブトムシの操縦の仕方は知らない。

 馬なら乗れるけど、あれは調教してあるからだからだ。


「あ、動いた」


 一瞬このあとどうしようかと思ったところで、黄金カブトは自分から歩き出してくれた。

 その前方ではいつの間にか途中で床が途切れて、俺たちが居る残りの部分も土に変わっていってる。

 黄金カブトはその淵に向かって行ってるから、一応ちゃんと送り帰してくれるっぽい。

 実際、黄金カブトはそのまま地面の端まで行くと、今度は羽を広げて飛び立ち頭上のアナザー東京に向かって飛行を続けた。

 そうして、俺は人類史上もっとも愛すべきバカに別れを告げた。

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