16話「説得」
「おい。けが人を逃がすぞ。おまえらも手伝ってくれ」
俺が声を掛けるといまだに立ちつくしてた3人の視線が一斉に俺に集まる。
あ。なんて言うか、批判的な目?
「逃がすっつったって、どうすんだ。ヒュドラはもうすぐ復活してくるぞ。俺たちだけで何ができんだ?」
真っ先に口を開いたのはパンク兄ちゃんだった。
そのトゲのある口ぶりの理由は分かる。ほんとは何を言いたいのかもな。
ぶっちゃけ状況的には逃げるしかない。
パンク兄ちゃんは言い方ぼかしてるけど、暗にそれを言ってる。他の二人だって何も言わないけど同じことを思ってるのは目を見りゃ分かるよ。
それは仕方ない。この戦力差じゃ逃げるしかない。当然だ。
でも俺はこいつらにはまだ手伝ってもらわなきゃいけない。クシャナさんと二人だけじゃ怪我人の避難誘導まで手が回らない。
たとえ3人だけって言っても今は貴重だ。
だから俺は手伝って貰えるように一つの提案をする。
「俺が囮になる。その間に3人で手分けしてけが人を逃がしてくれ」
「はぁ? お前1人だぁ? なに無茶言ってやがる。20人居て一撃でこの有様だぞ。一人であいつの相手なんかできっこねぇだろ」
「そう、だな。その作戦には少し無理がある、だろうな」
「……」
3人から返ってきたのはやっぱり色よくない反応だ。
パンク兄ちゃんが一番はっきりものを言ってて、おっさんは消極的な態度。術士っ子はどうしていいのかただただ戸惑ってる。
それでも何とか納得してもらわないとダメだ。俺の作戦には乗り気じゃないかもしれないけど、さっさと逃げ出さないこいつらの良心にかけるしかない。
「状況的にきついのは分かってるんだよ。でもだからってけが人をほっとけないだろ。少なくとも俺は自分だけ逃げるなんてだせーことはしたくない。だから俺が囮になる。持ちこたえられなかったら先に逃げてくれりゃいいから、それまで少しでも怪我人を逃がしてやってくれ。臨時って言ってもパーティー組んだ仲間じゃん?」
正直説得力はねーよな。
俺だって見ず知らずのやつにいきなりこんなこと言われて、ハイ分かりましたって答えるのは難しい。だって信用できないからな。そんなこと言ってる奴がもし口先だけだったら自分まで道連れにされかねないんだからそりゃそうだろ。
つまるところ俺にヒュドラを倒す手段があるってはっきり言えりゃいんだけどさ。だたそのことは公にはできないから詳しく説明してやることはできない。
それが俺の都合でしかないってことは分かってる。俺の能力の秘密と他人の命、どっちを守るべきなのか俺自身思うところもある。
それでもやっぱり話せないものは話せないな。いや、そもそも口で言ったところで信じて貰えるような話しじゃない。むしろ一人でヒュドラを抑えるってのよりもさらに胡散臭くなる。
だからこいつらが協力してくれなくても、それは一方的に信じろって言うしかない俺にも問題がある。
ダメならダメで他に手を考えるしかない。つっても時間は無いからとりあえずヒュドラに突っ込んでってからアドリブでやってみるだけだ。
きびしーな。でもやるしかない。
俺が半ば覚悟を決めかけたその時だった。
「負傷者を……、負傷者を離れた場所まで連れて行くだけならできる、と思います」
絞り出すような弱弱しい声でそう言ったのは、それまで何も言わなかった術士っ子だった。
「私の魔法はヒュドラにはあんまり効かないし、他に出来ることが無いなら、避難誘導、やってみます」
その言葉に覇気なんて無い。どこからどう聞いても頼りなさそうな女の子の台詞だ。でもこいつは言った。危険だって分かってて、ちゃんと出来るって自信も無しに、それでも自分の意思でやるって言った。
最初見た時は頼りないなんて思ったけど、こういう時はやっぱ女の方が頼りになるな。度胸が違うよ。度胸が。
「マジかよ。怪我人が何人居んのか分かってんのか? どいつもこいつもボロボロでろくに歩けねーんだぜ? それを全員後ろに逃がすのにどれだけ時間が要るよ? それまでコイツが持ちこたえれるとは思えねーぜ?」
パンク兄ちゃんはそう言って親指で俺を指した。
まぁ、そうだろうな。一人でヒュドラと戦おうってのは普通に考えて無理がある。大がかりな罠でも用意してあるんなら話しは別だ。けど当然俺にはそんなもんは無い。肝心の不死対策だってまさに今クシャナさんに頑張ってもらってるくらいだ。ましてヒュドラは下手に攻撃すれば余計に厄介になる。ヒュドラの進攻を止めるには当然攻撃してかなきゃダメなのに、攻撃すればするだけヒュドラは強大化する。そんなクソゲーの嫌がらせみたいな状態で俺がどこまで持ちこたえられるかなんて分かったもんじゃない。
いや、ほんとパンク兄ちゃんの言ってることは正論だよ?
ところがどういう訳か、この場には俺の味方をしてくれる人が1人だけいたんだな、これが。
「確かに、そうかもしれませんけど、この人が尻尾を斬ってくれなかったら私たちも無事じゃ済みませんでした。だからこの人が諦めるまで私たちは一緒に頑張る義務があると思います」
それまでとは違って術士っ子の声にははっきりとした意思があった。その意思ってのは言葉を重ねるほど力を増していくみたいで、最後には男二人にきっぱりと自分の意見を言い放った。
いいぞ。術士のねーちゃん。いいこと言った。この戦いが終わったらメルアド交換しよう。俺スマホ持ってねーけど。
「……」
対してパンク兄ちゃんの批判的な勢いは衰えた。術士っ子に言い負けそうな気配だ。
あと一声。あと一声でパンク兄ちゃんも落ちる。
つまりここはあれだな。
俺が一つカッコいい決め台詞で発破をかけてやる場面だな。
「お嬢ちゃんにそこまで言われちゃ男が背中を見せるわけにはいかないな。いいだろう。その心意気に命を預けるとしよう」
……。
おっさんに仕事を奪われた。
何だよ。やめろよ。言い出しっぺは俺だろ。急にいいとこだけさらってくなよ。だから大人は汚いっていうんだよ。
とは言えおっさんの一言でパンク兄ちゃんの心にも火が入ったらしい。何かちょっとだけ覚悟を決めた男の顔になってる。
「チッ。仕方ねぇ。やれるだけのことはやってやるよ。でもいいか。ヤバそうだと思ったら速攻で離脱するからな。全員助けたきゃせいぜい気張れよ、このお人よしどもが」
パンク兄ちゃんはそう言うと、さっそく一番ヒュドラに近い負傷者に向かって走っていく。
なんだかんだ言いつつも一番最前線に立ってくれるんだから彼も立派なツンデレね。
さて、そろそろヒュドラも行動を再開しそうだ。
んじゃまぁ、せいぜい気張るとしますか。