97話「砂金の城」
「くそ。また元の場所に戻っちまったぜ。どうもこの中も迷路みてぇなつくりになってやがるらしいな。これじゃ重要スキルを探そうにも捜索範囲が広がりゃしねぇ」
また一つ扉を開いたラーズは、ぶつくさ言いながらも実際たいして怒ってなさそうな悪態をついて見せた。
それもそのはず、ディアレクティケーの弱点を見つけ出すことにした俺たちは、しかしそれを見つけるどころか黄金宮殿の中で完全に迷ってたからだ。
「ここといい迷宮回廊といい、ずいぶん厄介な仕掛けをしてくれるじゃねぇか。てめぇらの敵ってのはよっぽどめんどくせぇ連中みてぇだな」
「たしかになんて言うか、ちょっとアレな感じの集まりっぽかったけどね」
この黄金宮殿と迷宮回廊は、どっちも人を迷わすような厄介なつくりになってる。
正直、侵入者を撃退するだけならもっとわかりやすいやりかたもあったと思う。
そこをあえて迷宮だか迷路だかの面倒なやり方にしたのは、もしかしたら創った白ローブたちの性格が出てるのかも。
「と言うより、これはゲオルギウスの意向を継いだつもりだろうね。相手を煙に巻いてやり過ごそうとするのは彼の好んだところだよ」
なんとなくわかるようなわからないような。
ゲオルギウスなら、いざという時は実力行使だって十分できたはず。
そのくせからめ手愛好家だったっていうんだから、なんだかやっぱり回りくどい人間だったってことなのかな。
「どちらにせよ、だ。ここの構造にもゲオルギウスの思想が組み込まれているのなら、それを前提に考えればある程度は予測を立てて対処ができるかもしれないね」
「あ、そっか。お前ってゲオルギウスのやり方には詳しいんだっけ?」
ブラックアイズの正体が俺の思ってる通りなら、きっと誰よりもゲオルギウスの行動パターンに精通してるはず。
そうなると、このディアレクティケーの中に息づくゲオルギウスイズムを察知できる可能性も十分にあるわけだ。
「でも具体的にはどうするんだよ。なにか特別な作戦でもあるのか?」
「いや。やることはさっきまでといっしょだよ。ただ、スキルの探しかたを少し変えようか」
「探し方?」
「このままやみくもにしらみつぶしを続けていてもおそらく無駄だろうから、今度はある程度種類を絞って探しなおすのさ」
「え、それだけ? むしろこのもとの場所に戻ってくる迷路をなんとかしなきゃじゃん?」
「それ込みでだよ。思うに僕たちの迷走は何らかの術に惑わされたせいではなくて、普通に建物の内部構造が円環していただけだよ。そのうえで重要スキルや基幹術式が見つからないのは、欺瞞するためのスキルがどこかに組み込まれていたんだと思うよ」
欺瞞か。
それはたしかにありそうな線だ。
でも俺たちが普通に迷路に迷ってただけとか、ちょっとなんか切なくない?
「で、今度はなにを見つけりゃいいんだ。見当がついてんならそいつを教えてもらいてぇぜ」
「可能性として優先しておきたいのは3つ。1つは単純にスキル名を虚飾するようなもの。2つ目はこちらの認識に介入して目を欺こうとするようなもの。そして最後に隠し空間の入り口になりそうなものだね」
「隠し空間?」
「これだけ探し回ってもなにも見つからないんだからね。そもそもディアレクティケーの中枢となる場所自体が隠匿されている可能性も考慮すべきだろうからね」
なるほどね。
それって、ここ自体が異空間だから盲点になってた気もする話だ。
考えてもみれば十分にありうることだったかも。
「で、なんかそれっぽいのってどこかにあった?」
「どうだかな。あんまり色々視すぎたせいではっきり覚えてねぇんだが――」
なんて言いつつ、周囲をぐるっと見回したラーズの動きがとある一点でピタッと止まった。
「ちょうどあそこの絵にゃ『隔絶の箱庭』ってスキルがあるぜ?」
ラーズが視止めたのは壁に掛かった一枚の絵画だった。
それは古ぼけた小さな家の中で、一人の男が変な形のフラスコとかビーカーとか並べてなにかやってる絵だ。
見たとこ医者とか学者っていうより明らかに錬金術師っぽい感じ。
でも部屋の窓の外には畑で農作業してる人たちがいるから、場所的にはどこかの片田舎の農村なのかも。
だとすると、なんかずいぶんミスマッチな感じだ。
錬金術って魔術の中でもお金の掛かる部類だから、その使い手は普通は都会派だ。
つまり、愛理がそうだったみたいにパトロンを見つけて援助を受けながら研究してる人たちが大半ってわけ。
そういうことを考えるとちょっと違和感感じるんだけど、これってどういう意味の絵なんだろ。
それもと別に意味なんか無かったりする?
「これは……。どうやら僕たちは見つけるべきものを見つけたみたいだね」
「え? マジでこれなの?」
また黄金宮殿の中を1から探し直しかと思ってたらほんとラッキー。
でもこれがそんなに重要そうなスキルには思えないけどね。
「その絵はある種の異空間を作り出す術式の一種だよ。おそらく絵の中に入ればディアレクティケーの核心にも触れられるはずだ」
「絵の中……、ってのはとりあえずいいとして、でもなんでそんなことわかるんだ?」
「それはこの絵がゲオルギウスを描いたものだからだよ」
「え? これがゲオルギウス?」
そう言われて俺はあらためて問題の絵を見た。
そりゃたしかに錬金術師っぽいことしてるけど、正直あんまり顔がはっきりしてないから知り合いでも断言出来ないレヴェルだと思う。
「間違いないよ。この家は彼の原点とも言える場所だからね。僕が見誤るはずがない」
なるほど。
つまりこれがゲオルギウスの原風景。
生まれた家、ってニュアンスでもなさそうだけど、どっちにしろなにか深いものがありそうなことには変わり無い。
「それじゃちょっと突撃してみるか、って痛ッ」
額縁に向かって頭からインしようとした俺は、ところがやっぱりな感じで思いっきり頭をぶつけて跳ね返された。
誰だよ。
入れるって言ったやつは。
「まさかそのまま普通に行くとはね。君のその瞬発的な行動力はさすがの一言に尽きるよ」
「お前それ遠回しにバカにしてるだろ」
「気のせいだよ。それよりもその絵はさっき言ったとおり魔術の一種だから、物理的に押し入ろうとしても無駄だよ」
「だったらどうすればよかったんだよ?」
「この手の術にはほとんどの場合、部外者の侵入を許さないように鍵がかかっているものだからね。ありていに言って、うまく解術して中に入るしかないはずだよ」
解術?
解術ね……。
そんなややこしいこと俺には当然出来ない。
「ちなみに、イベントホライゾンで消し飛ばしちゃうってのは当然――?」
「最もやってはいけない選択だね。術式は複雑だから、錠の部分だけを狙い撃ちにするのは無理だ。すべてを消去してしまったらディアレクティケーの制御が出来なくなると思うよ」
やっぱりか。
まぁ、分かってたことだし別にいいよ。
「そうなると問題は誰が解術するのかだけど……」
俺がそう言うと、さっそく白夜とうららとラーズが難色を示した。
あらら。
この3人も俺と同じか。
だとするとあとは残り2人。
「正直、僕は専門外なのだけれどそうも言っていられない状況だろうね。ただ、かなり難しい作業だから1人では心もとないかな」
「だってさ。手伝ってやれよ、愛理」
「なーんか雑に扱われてる気がするけど、たしかに美少女天才錬金術師愛理ちゃんの出番なのは間違いないかもねー」
「間違いっつーか、お前の自己評価はなんでいっつも事故評価ってるんだよ」
「なにか言った?」
「いや、別に」
危ない、危ない。
せっかく本人がやる気出してるのに邪魔するところだった。
「さ、ってと。それじゃさっそく始めよっか」
「なら僕は君の指示に従おう。アシスタントとして好きに使ってくれて構わないよ」
「そう? なら遠慮なく働いてもらおっかな。まずはここをあーしてこーして次にそれがあれでちょちょいのちょいで、あっと、ストップストップ。1回遅延魔法で現状維持ね」
なにがどうなってるのか、愛理はブラックアイズにあれこれ指示を出しながら、色々な術式を組んで問題の絵画に手早く魔術干渉を試みた。
傍から見るとなにやってるのか全然わからないけど、いったん手を止めたからなにか成果があったのかもしれない。
「とりあえずかるーくちょっかい出してみたけど、これはかなり複雑な術式だね。すっごい入り組んでるから、なんのセキュリティーにも触れないで突破するのは無理だよ」
む。
そっか。
なんか反応に困る調査結果だな。
「それってつまり、いけそうなのか、ダメそうなのか、どっちだ?」
「もちろんボクが失敗するわけないでしょ。でもここからはセキュリティーが作動した状態で作業を続けないといけないから、侵入経路を開くまでみんなでボクたち作業チーム2人を守ってほしいんだ」
「それはいいけど、セキュリティーなんて作動させてほんとに大丈夫なんだろうな?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。出来るだけ穏便に済むようにするからそっちもおねがいねー」
と、愛理はみんなの呼吸を確認するまでもなくブラックアイズに目配せした。
それを合図に遅延魔法が解除されて、ほどなくして周囲に不穏な空気が充満した。
なんだ?
なにが来る?
セキュリティーっていうからには警備員でも出てくるのか?
「おいおい、なんだありゃ?」
その異変に最初に気づいたのはラーズだった。
どこからともなく現れたそいつの異様さに、どうしても戸惑いを隠せないみたいだ。
「黒い煙……、みたいですけど、ちょっと普通じゃないような気もします……」
「って言うかあれって……」
「ああ。間違いなくあの時のやつ、だな」
個人的にこいつを見るのは2度目。
前に異世界に愛理を迎えに行った時に出くわした黒い霧だ。
危ういところで愛理を殺されかけたうえに逃げられちゃったけど、まさかこんなところでもう一度出くわすなんてな。
「な、なんなんですか、あれ?」
「いや、実際よくわかんないんだけど、とにかく敵なんだよ。見た目通り掴みどころがないから気を付けろよ」
愛理の館の時はまるで攻撃を当てられずにそっこー逃げられたからな。
ぶっちゃけあれがなんだったのかはさっぱりだ。
「なにか形がはっきりしてきたみたいですけど……、あれは、手? きゃあッ!」
いきなりの攻撃。
黒い霧の中から20メートルの距離を一気に伸びてくる2本の腕。
それは間違いなくうららの首を捕まえて絞め上げるために殺到してる。
「させるかッ」
俺は2本の伸びる腕に向かって、横から斬波を放つ。
その攻撃を上下に別れて回避すると、両腕は今度は俺に向かって突っ込んできた。
再度、斬波。
一瞬の判断で迎撃を狙う。
でも甘かった。
伸びる手に正面から攻撃を撃っても的が小さくて当たるはずなかった。
「かはッ――」
斬波を難なく躱した両腕が俺の首に手をかける。
ものすご圧力。
まるで顔面が爆発しそうなくらい苦しい。
「お兄さん!」
ぼやけた視界の向こうでうららがなにかの魔法を使った。
その直後、俺の首から手が離れて呼吸が戻った。
「大丈夫ですか?」
駆け寄ってきたうららが心配そうに体を支えてくれる。
このやさしさがうれしいよね。
「悪い。助かった」
「い、いえ。私の方こそ助けてもらってありがとうございました。しかも、そのせいでお兄さんが狙われて――」
「そんなの気にするなって。向こうにしてみたらどうせこっちは全員敵なんだし」
「でもお兄さんはいつも私を助けてくれて、まるでナイトか王子さまみたいです」
「それは言い過ぎだろ」
評価してくれるのはうれしいけど、うららあいかわらず判定甘すぎ。
助けに行って逆に首絞められる王子とかダメな方のやつじゃん?
「修司。私が前に出た方がいいわ。あんたはうららちゃんと一緒に後衛をおねがい」
「わ、わかった。ここは素直に頼っとくわ」
返事をした時には、白夜はすでにイベントホライゾンを前面に押し出して突撃を開始してた。
さすがに判断が早いな。
敵の特性的に俺やうららの攻撃は当たりづらい。
こういうやっかいなやつにこそイベントホライゾンが役に立つ。
「よし、うらら愛理たちを守りながら白夜を援護するぞ」
「は、はい!」
「なら俺も下がらせてもらうぜ。ドンパチはてめぇらの役回りだしよ」
そう言って、ラーズは自分から愛理たちの傍に陣取った。
一か所に固まってくれたが守りやすいからこっちとしても助かる。
敵がなにをやってくるか読めない上に、今回は白夜が攻撃に回ってる。
俺とうららで防御に専念しても、広範囲は守り切れないだろうしね。
それに実際問題、白夜1人に攻撃を頼りっきりにするのも得策じゃない。
「敵の攻撃、来るわよ!」
白夜からの警告。
俺はとっさに身構える。
どんな攻撃でも必ず止める!
「って、トゲ!?」
黒い霧から全方位に向かって爆発的に突き出される無数のトゲ。
いきなり全方位攻撃とか容赦ないな。
白夜が近くに居ない時にこれはきつい。
でも今は愚痴るより対処が先だ。
「――のやろう。ファイヤー!」
迎撃に使うのはハイパーバリーで強化したファイヤーだ。
斬波は攻撃範囲狭くて躱されるし、逆に広すぎる攻撃も味方に当たる。
ってことで、とっさに選んだのがこいつだったけど、その効果は――。
「なんか効いてるような効いてないような!?」
と言うか、トゲの一部は俺のファイヤーに触れないように逆に縮んでる?
なら攻撃を押しとどめること自体には成功したけど、こっちだっていつまでもファイヤーの連続使用は出来ない。
「悪い。うらら、タッチ」
ここで選手交代。
うららにあとの対処を任せる。
いやいや。
別に押し付けるわけじゃないよ。
俺がファイヤーを速射する一方で、うららも術式の展開に入ってた。
発動まで少し時間がかかってるみたいだけど、その分、効果重視ってことかな?
だから俺の仕事は技の出の早さを生かして時間を稼ぐことだった。
そして今、最低限の役目を果たした俺は無理せず早々に後ろに引っ込む。
連携ばんざい。
「――いきます!」
そしてうららが術式を展開する。
高くかざしたワンドの先端から、仄かに青く煌めく光が生じて、まるで冷気のように床に広がる。
その動きは攻撃と言うには遅すぎるし、広がっていったからってなにか効果があるようには見えなかった。
失敗したわけじゃなさそうだけど、敵を抑えてた俺のファイヤーももう消滅する寸前だ。
間に合うのか?
「動きだすわよ。気を付けて!」
1人、前線で遊撃してる白夜から情報が飛んできた次の瞬間、何本ものトゲが再び襲い掛かってくる。
「うらら!」
それはうらら本人が串刺しにされる寸前だった。
床に広がった青い光が一気に収束。
俺たちの目の前に巨大な氷壁が天井を突き上げる勢いで出現した。
そこにトゲが次々に突き刺さって、鈍くくぐもった衝突音が響く。
「氷の防壁か。やるじゃねぇか、お嬢ちゃん」
たしかにすごい。
あれだけ鋭利で突進力のある攻撃を何発も受け止めてるのに、うららの氷壁はびくともしない。
物理ようの防壁としてはなかなかのものだ。
「止めました。今のうちに反撃を!」
「ありがとう。私の番ね!」
遊撃してた白夜がすかさず黒い霧の本体に向かって突進する。
思いっきり氷壁の守備範囲の外に居た白夜だけど、あいつは攻撃対象から外されてたみたいでトゲに襲われてさえいなかった。
まぁ、イベントホライゾン相手に自分の一部を伸ばして攻撃とか自殺行為だし。
あれだけ警戒してるってことは、やっぱり黒い霧にとっても即死級の脅威ってことだ。
だからあえて攻撃せずに接触を避けたんだろうど、白夜が攻撃に打って出たことで急激に距離が詰まる。
「当たった!?」
中心部分をイベントホライゾンに突進された黒い霧に大きな空白部分が生じた。
その大穴の大きさは直径3メートルくらい。
ダメージだとしたら致命的だ。
「まだよ。当たってないわ!」
今の出外した?
黒い霧は、今やイベントホライゾンと白夜の周りを取り囲むように漂ってる。
中心部に穴を開けられたわけじゃないとしたらこれは……。
「こいつ、直前で自分から形を変えて、――ッ。しまった!」
そこまで言いかけた白夜の四肢を、四方から伸びてきた黒い腕ががっちりと捕まえた。
そういうことか。
これだから決まった形がないやつは厄介なんだよ。
「あー、もう! 離しなさいよ!」
鬱陶しそうに、白夜はイベントホライゾンに自分の周りを周回させて、それだけで黒い腕は霧散して本体へと戻っていく。
白夜はあっさり拘束を解いた。
けど、それで状況が良くなったわけでもない。
今度は色んな方向からトゲが突き出される。
「今度は多角攻撃? 私だってそう簡単にはやられないわよ!」
そのセリフに嘘は無い。
360度あらゆる方向から繰り出される連続攻撃を、白夜は自慢の無敵の盾と自分の運動能力を駆使して次々に躱していく。
不規則に動かしたイベントホライゾンとダンスを踊るように飛んだり跳ねたり、よくあんなに動けるな。
でもだからこそ効果的だ。
あそこまで複雑な動きだと、下手に手を出すと間違ってイベントホライゾンに触りかねない。
だから黒い霧も、あとちょっとのところまでトゲを伸ばしたところで引かざるを得ない。
白夜は、ある意味自分を囮にして敵のミスを誘ってるのかもだけど、敵も慎重だから実質、膠着状態だ。
もっとも敵は敵で状況を崩そうとしてくる。
「おいおい。そういうのも有りなのかよ」
360度攻撃でも白夜を攻めあぐねた黒い霧は、今度は白夜の頭上を含む半球状に周囲を覆った。
「白夜。マズいぞ!」
間髪入れずに上から横から斜めから襲い掛かるトゲ。
これは横方向だけじゃなくて縦方向も絡めた立体攻撃だ。
上半分のドーム状全部が敵の射角だから、回避難易度も段違いだ。
「――ッ!」
それでも白夜は懸命に動き続ける。
いや、止まれないんだ。
一瞬でも足を止めたらその瞬間に全身を串刺しにされる。
それが嫌なら常に自分っていう的を逃がし続けるしかない。
そしてそれは到底長く耐えられるはずのない状況だ。
「白夜さん!」
そしてついに白夜が被弾した。
防御も回避も間に合わなくなったその体を、敵の一閃が刺し貫く。
白夜は脇腹を、穿たれた。
「やりやがったな、この野郎!」
俺は白夜を刺したトゲを狙って斬波を放ち、そのまま白夜のところに駆け出した。
援護だ、援護。
こうなったら多少相性が悪くたってやってやる。
「援護します!」
飛び出した俺の意図を察したうららもすかさず術式を組み始める。
ナイスだ。
バックアップは任せた。
「白夜。大丈夫か?」
俺が駆け寄った時にはトゲはすでに引っ込んだ後だった。
実際、どれくらい刺されたのかわからないけど、白夜は一応立ったまま脇腹を押さえてる。
「ちょっとかすっただけよ。心配しないで」
「いや。その割には血の量――」
咄嗟に体をひねってトゲ攻撃を回避。
あぶねー。
喋る暇もくれないのか。
とっちがその気なら俺だって遠慮しないぞ。
「くらえ。ファイヤーガントレット!」
俺は、今さっき回避したばっかりの、まだ目と鼻の先にあるトゲに向かって反撃をお見舞いする。
これだけ近いと直接攻撃を叩き込んだ方が早いから、拳に付加した炎でこんがり焼き色をつけてやる。
「って、スカったし!」
思い切り殴りつけてやったと思った瞬間、またしてもトゲは霧散してこっちの攻撃を回避した。
そしてすぐさま別の角度から新しいトゲが迫ってくる。
でもその矛先は俺じゃなくて白夜に向かってる!?
「だからさせない、って!」
俺はファイヤーガントレットをキャンセルして、純粋なファイヤーをトゲに向かって打ち込んだ。
あとは同じようなことの繰り返しだ。
迎撃しては霧散され、反撃を受けては応戦する。
正直、分が悪い。
たぶん消耗戦は一番よくないし。
一対一できわどい攻防を続ければ、たぶん先にミスるのは人間の俺だ。
イベントホライゾンが守ってくれてる背後以外は俺が随時迎撃してるから、広い射角で揺さぶられたら反応するのが間に合わなくなりそう。
「お待たせしました。すぐに包囲を解きます」
マジでそんなこと出来るの!?
あいつけっこう厄介だぞ?
いまいちピンと来ない俺をよそに、うららは術式の展開を開始した。
一見するとさっきと同じように、ワンドの先端から青い光の冷気を放出してる。
ただ一つ違うのは、今度の冷気は床にじゃなくて天井まで上ってそこからどんどん広がっていく。
そして冷気が十分広範囲に行きわたったところで、天井から床に向かってでっかい氷柱が何本も伸び始めた。
「絶対に触らないでください。一瞬で凍ってしまいますので」
危ねッ。
好奇心に負けるとこだった。
だってちょっと曲がりくねってるけど人間の体くらい太い氷柱だぞ。
それがあっという間に上からたくさん垂れ下がってきたら、ついつい手が出そうになっても仕方ないだろ。
「とりあえずこれで全方位多角攻撃は防げるはずです」
いや。
案外これはいけるかもしれない。
うららが天井から生やした無数の氷柱は、俺たちを取り囲むようにドーナツ状に並んで垂れ下がってる。
それも向こう側からアウトレンジ攻撃されないように、ジグザグに隙間を開けた多重リングとしてだ。
もっとも、愛理たちが調べてる絵が掛かってる壁も輪の内側に含んでるから完全な円じゃない。
それでも壁も含めた防御ラインで囲まれたこの中は比較的安心だ。
なぜなら円の中はそこまで広くないから、必然的に接近戦にならざるを得ない。
そうなればイベントホライゾンがものを言うから、黒い霧もうかつには入ってこれないはずだ。
あとは白夜の状態しだいなんだけど、服の赤く染まり具合からすればこれ以上負担はかけられない。
「白夜。お前は後ろに下がって――」
「修司。準備できたよ!」
その『後ろ』から、ついに愛理のお呼びがかかった。
いいタイミングなのか悪いタイミングなのか、ほんと絶妙だな。
「それで、どうしたらいい。全員でいっぺんに入れるのか?」
「悪いけどボクたちはいっしょには行けないんだ。なにせ無理やり入り口を開いてるからね。手が離せないんだよ」
「マジか。お前らがこっちに残るってことは、つまり護衛も必要だし……?」
「そ。絵の中には修司1人で入ってもらうことになるね」
あ、やっぱり?
なんかそんな流れだと思った。
「でもお前、今、俺が抜けたら白夜たちが――」
「大丈夫よ。私なら問題ないから行って」
「って、お前……」
そう言い切った白夜の言葉にはなんの迷いも無い。
それどころか、そんな気配は全然感じさせないけど、脇腹のけがは正直立ってるだけでも辛いレベルのはずだ。
でも白夜は泣き言1つ言わない。
ここまでで十分役目は果たしたし、もう休んでもいいはずなのに、『ここは任せろ』なんてめちゃくちゃ男らしい背中で俺に言う。
「ほんとにどうってことないのよ、これくらい。私だって異世界で生き延びてきたんだから、ちょっと刺されたくらいで死んだりしないわよ」
「そんなバカな話があるか。向こうで人間やめたなら別だけど、お前は今でも普通の女の子、かわいい服が好きな普通の女の子だろ。それなのにこれ以上無理させられるわけ無いだろ」
「なんでわざわざ言い直してまで強調しなくていいことをこのタイミングで強調するのよ、あんたは。そっちの方が痛いわよ、心が。」
いや、申し訳ない。
白夜にはけがして欲しくないし無理させたくないし、その理由をとっさに言おうとしたらポロリと出ちゃったと言うか……。
決して悪気があったわけじゃないんだ。
ほんとだよ?
「とにかく、うららちゃんと協力すれば時間くらい稼げるわ。あんたなら私たちが持ちこたえられなくなる前に終わらせてくれるって信じてるから、あんたも私たちを信じなさいよ」
「白夜……」
なにこいつ。
マジでかっこいいんだけど。
もしかして、あなたが(この)話の主人公か?
「あの、私もがんばってお手伝いしますから心配しないでください。この命に代えても白夜さんにこれ以上はけがさせたりしませんので、お兄さんはこの事件に終止符を打っちゃってください」
うららまでそんなこと言って、なんで俺の周りの女性陣はこんなに頼もしいんだよ。
「おい、ボウズ。こりゃお嬢ちゃんたちの勝ちだぜ。てめーも男ならビシッとキメてきやがれ」
「そのようだね。ここで躊躇しているようだと、かえって彼女たちの気持ちを裏切ることになるだろうね」
で、男性陣のこの他人事っぷり。
なんなの、これ。
「どちらにしても、ここまで来てしまったからには後には引けない。私もあなたたちをここまで連れてきた責任を果たす。だからディアレクティケーを必ず止めて」
「ジュリエッタ。お前はマジで無理しない方がいいって」
その言葉に、ジュリエッタは左右に小さく首を振った。
「少し休んで回復したから、ディフェンスくらいならまかせて。ブラックアイズもあなたの錬金術師も、敵に手出しはさせない」
言ってみれば最終防衛線か。
なら積極的に戦闘に参加するわけじゃないだけまだマシか。
「ほらほら。みんなこう言ってるんだからさっさとするー。この絵にさわればそれで最終決戦なんだからね」
そうだな。
ここまでいっしょに来たみんなを信じなきゃな。
男とか女とか、それ以前に俺の仲間なんだから、そいつらから一番大事な仕事を任されたからにはちゃんと応えなきゃダメだよな。
「わかった。俺が行ってディアレクティケーを止めてくる。それまでここはみんなに任せた。だから――」
この先なにがあるかわからない。
俺の身に、みんなの身に、もしもがない保証なんてない。
だからせめて一言声をかけておきたい。
それがきっと幸運を呼び込むって信じて。
「白夜。みんなを頼む」
「信じなさい。これでもあんたのパートナーのつもりよ」
知ってる。
お前はほんとに頼りになるやつだよ。
「うらら。白夜を助けてやってくれ」
「はい。いつもお兄さんに助けてもらってるぶん、今回はがんばらせてもらいます!」
お前はいっつもがんばってるよ。
最初に会った時だって、お前が居なかったら俺は上手くやれてなかった。
「ラーズ。悪いけどもうちょっとだけ付き合ってくれよ?」
「ったくよぉ。こいつぁ成り行き上仕方なくってやつだぜ? じゃなきゃなんで俺がこんな危ねぇ橋をてめぇらなんぞと……」
やさしいからだろ。
口は悪いくせに、なんだかんだで面倒見がいいくせに。
「ジュリエッタ。絶対に無理するなよ」
「……。わかった」
出会い方は最悪だったけど、それでも今はもっと話してみたいと思ってる。
そのためにも、絶対に生き延びてほしい。
「ブラックアイズ。お前たちの夢に、とどめを刺してくるからな」
「ああ。ひと思いにお願いするよ。きっと彼もそれを望んでいるだろうし、頼めるのは君だけだからね」
こればっかりは仕方ない。
レトリケーとレトリック。
その使い手として、ゲオルギウスに関わった俺たちの宿命だ。
「愛理。少しは牛乳飲めよ」
「○×△□#$%&――!!」
よし。
いつも通りだ。
いつも通りならいつも通りなんとかなるはず。
「じゃあみんな、行ってくる」
そして俺は全部に決着をつけるため、ディアレクティケーの最深部の、その入り口である絵画に手を触れた。