96話「夢のまた夢」
「レトリケーによる理想の具現という夢が潰えたあと、それでもゲオルギウスはすべてを諦めたわけじゃなかった」
俺の戸惑いが伝わったのか、ブラックアイズはどこか神妙に語りだした。
「もちろん、レトリケーの失敗は、挫折だらけの彼の人生の中でも特に大きな出来事だった。なにせ自身の錬金術の集大成が、実際には理論上でしか目的を達成し得ない、と悟った時の絶望は決して他人には計り知れはしないだろうからね。実際、あれを機に時代の表舞台からは身を引いてしまったのだから、ゲオルギウスはついに失意の底に沈んだものだと誰もが思いこんだ。でもゲオルギウスは、その時すでに新しい道を見つけてもいたんだよ」
「新しい道?」
「そもそもレトリケーが上手く作用しなかった理由は君にもわかるね?」
「それは、あれだろ。なんでもかんでも自分の都合のいいようにコントロールするのは大変だって、そういう話だろ?」
前に愛理が言ってたもんな。
ゲオルギウスはいいことしか起こらない理想郷を実現する手段としてレトリケーを作った。
けど無数にある都合の悪いことを全部改変するには色々と追いつかなくて結局失敗した、って。
「結論としてはそうだけれど、僕が聞いているのはその原因。レトリケーの設計上の不備のことだよ」
「いや、そういうのは俺に聞かれても、ちょっと……」
っていうことで愛理の方をチラリズム。
なぜならこういうのは100パーセントあっちが担当。
「単純に思考能力の問題だってば。なにもかもを思いのままにしようと思ったら、全ての因果関係を把握してコントロールしなきゃいけないでしょ。神様じゃないんだから、そんなの人間には無理な話だよ」
「……その通り。レトリケーの使い手に要求される能力は、神ならざる身にはあまりにも荷が重かったよ。ゲオルギウスはたしかに天才だったけれど、彼と共に同じ道を歩んだ仲間の全員が同等に才覚に恵まれていたわけではなかったんだ」
「そんなの……、気にしたってしかたないだろ。ゲオルギウスがどれだけ恵まれてたからって、周りに居るやつまで同じじゃないといけないなんて、そんなことはないだろ」
だって仲間なんだろ。
だったら誰が優れてるとか劣ってるとか、そんなことは関係無いはずじゃないか。
仲間っていうのはそういうので上下関係が決まったりしない。
それで仲間外れになるなら、それは最初から打算的な集まりだろ。
「そうではないんだよ。ゲオルギウスは決して誰かを見下したりはしなかったし、他人の落ち度を責めたりする人ではなかった。それどころか彼自身最初から恵まれていたわけでもなくてね。単純に努力の人だったんだよ。だからこそ、その隣に立つにはそれなりに自分の生き様に自信が必要だった」
「生き様……」
「彼に言わせれば大事なのはそこだそうだよ」
ゲオルギウスのセリフか。
どおりでブラックアイズらしくない言い回しだと思った。
それと同時に、こいつの話しぶりから1つ確信を得たことがある。
「そういう意味でもいいところを見せたかったんだけどね。どうにも現実はままならないもので、結局ゲオルギウスにはレトリケーを諦めさせることになってしまったんだ」
こいつはたぶん、そうなんだろう。
赤の他人にしてはゲオルギウスに詳しすぎるし、白ローブの連中だって一目置いてる感じがあった。
なによりブラックアイズの言葉の節々に、後悔じみた感情が漂ってるのがその証拠だ。
レトリックに天能寺愛理っていう設計者と俺っていう使い手がいるように、レトリケーにもゲオルギウスとは別の使い手が居た。
今までそれがどんな人間だったのか考えたこともなかったけど、そうか、他の連中に負けず劣らず諦めの悪い男だったんだな。
「それで今度はディアレクティケーを作ることにしたんだ? 今までの失敗を全部帳消しにするような、完全にインチキのチートアイテムをさ?」
質問に妙なトゲが見え隠れしてるところからすると、愛理もブラックアイズの正体に気づいたんだろう。
いや。
こいつのことだからもっと前から見当くらいはついてたのかもな。
人一倍ゲオルギウスマニアだから、レトリケーの使い手についても詳しいだろうし。
「インチキと言えば、そうかもしれないね。もっとも、レトリケーの欠陥を乗り越えるにはこれしか方法がなかったみたいだけれど」
「だからってやることがいちいち斜め上過ぎるんだってば。たしかにこの方法なら過去の失敗も含めて全部の事実構造を改変出来るかもしれないけど、それで生み出されるのは完璧に別の新世界じゃん。土地も国も文化も人も、人為的に再構築された、理想に支配される世界。しかもそこがどれだけ幸せでも、その恩恵にあずかれるのはそこに生み出された人たちだけとかどうなのさ。今生きてるみんなを素材に作られた、理想的な存在者の楽園なんて、仮にそんな計画が成功して、いったい誰が満足したり感謝したりするのさ?」
「お、おい。どういうことだよ。ディアレトリケーって、なんか思ってた以上に物騒なのか?」
愛理の言葉に生えてるトゲは、現状すでにいつものこいつの個性ってレヴェルを超えてる。
珍しくゲオルギウスに対しても批判的だし、話の内容自体どう考えてもヤバ気だ。
「物騒って言うか、ぶっ飛びだよ。ディアレクティケーは作用原理からしてレトリケーとは比べものにならないトンデモ魔導器だもん」
「作用原理って、兄弟型なのにそんな根本的ところから違うのかよ」
「そりゃ兄弟は兄弟でも目的を一にする義兄弟みたいな感じだからね。目指したところは同じでも、方法論がスケールごと段違いだよ。まったく、なんでそんな発想になっちゃうかなー?」
まぁ、クシャナさんと戦ってるあれが、俺のレトリックとは似てないってのは納得だ。
けど、同じ作者の別アプローチなんだから根本的には似てそうだと思ったんだけどな。
「レトリック、そしてレトリケーの作用原理はある意味単純だよ。ある原因が結果として成立する過程、つまり因果律に干渉して事実としての存在性に改変を加えるんだ。例えば誇張したり減衰したり結合したりして、ね」
「ああ。知ってる。で、要はディアレクティケーの方はそうじゃないって言うんだろ?」
「そゆこと。ディアレクティケーは、レトリケーが本質的に抱えてた『理想を追求すればするほど因果律操作が複雑化して、使い手の思考能力が追いつかなくなる』って問題を解決してくれる『あるもの』を生み出すために作られたんだよ。神様でもなければ如何ともし難い因果律さえ従えてしまようような、ね」
因果律まで従える?
おいおい、そんなこと出来たらマジでヤバすぎだろ。
元々レトリケーのコンセプトがそこにあったにしても、それが実現出来ちゃったらそれこそ世界の支配者だ。
それどころかなんでもかんでも自分の思い通りに操れるんだし、文字通り神アイテムだ。
いや、そうか。
アイテムじゃなくて、ディアレクティケー自体がそうなのか。
「そっか、わかったぞ。つまりゲオルギウスは神様を作ろうとしたんだな。そしてその神様に、理想郷みたいな世界を創ってもらおうとした。そうだろ?」
正確には神様の代理人みたいなものだろうけどな。
神様じゃなきゃ無理だから諦めるんじゃなくて、理想を実現させてくれる神様を作ればいい。
そんな発想に行き着くなんて、ゲオルギウスはほんと天才だな。
「まぁ、普通そう思うよね。でもそう考えなかったのがゲオルギウスのすごいところで、凡人の発想力とは一線を画してるところだよ」
「……」
悪かったな、凡人の発想力で。
「ゲオルギウスはね、運命律そのものを作れないかって考えたんだよ」
「運命律?」
「そ。幸せに暮らせる理想郷じゃなくて、誰もが幸せになるっていう運命そのもを、ね。仮に運命がそうなっっちゃったらあとはもうなにがどうなってもゲオルギウスの目的は達成出来るからね。考えようによってはこれ以上完璧な方法は無いよ」
「完璧って、それじゃレトリケーなんかよりずっと無茶苦茶だぞ。そんなわけのわからない方法が上手くいくかっての。実際、ディアレトリケーは企画倒れだったんだろ。やっぱ不可能だったんじゃんか」
だいたい運命を作るってなんだよ。
完全に人間のレヴェル超えちゃってんじゃんか。
「それが案外いいとこまで行ったっぽいよ。少なくともそれなりに可能性のある話だったみたいだね」
「じゃあなんでゲオルギウスはディアレクティケーを作らなかったんだよ。いい結果が出せそうならやってみればよかったんじゃないのか?」
だって、誰もが幸せになる運命だぞ。
成功したらラッキーってことで、とりあえずためしてみても損はしないと思うけどな。
「だからいいのは結果だけだったからだよ」
「どういう意味だ?」
「最初に言った通りだよ。因果律のさらに上位格率であるところの運命律を錬成するには、世界そのものを創造しなきゃいけないんだ。なにせ世界構造に深く根ざしてるからね。そこだけ作り替えるなんて都合よくいかないから、結局、運命を作るってことは世界を創るってことになっちゃうんだよね」
「って、矛盾してるだろ。レトリケーが失敗したのは、世界のなにもかもをコントロールできないからだっただろ。それなのに世界そのものを創り直すことは出来そうだったなんて、つじつまが合わないぞ」
本当にゲオルギウスにそんなことが可能だったなら、レトリケーの失敗はなんだったんだよ。
創るのは出来ても、コントロールは出来ないってなんだ?
「なにもゲオルギウス本人が世界を創る必要は無かったんだって。それが出来れば一番いいんだけど、さすがに無理だしね。それよりも自然の成り行きを利用することで、不可能を可能にしちゃおうってコンセプトだったんだ」
「つまり世界が自然に生まれる瞬間に細工しようってことか。そう聞くとなんか出来そうな気もしないでもないけど、世界が生まれるところってどこだよ、ってなるんだけど?」
「もうっ。修司ってばほんと察しが悪いなー。ここだよ、ここ。今まさにここで新しい世界が生まれようとしてるに決まってるじゃないか」
「え。マジで? そういうことになるのか?」
いや。
ディアレクティケーがここにあるからそうなんだろう。
でも世界が生まれる場所だぞ。
それが普通にこの世界にあるってどういうことだよ。
もしかしてあれか?
世界って子供みたいに親世界から生まれてくるのか?
「なーんか勘違いしてるみたいだけどさ、現状ここで起こってるのは世界の独立性の崩壊だよ。それはつまり創世における初期段階にあたる世界の混同化の始まりも意味してるからね。この世界が異化してるってこと自体、新しい世界が生まれつつあるってことだよ」
「あ、そっか。そういう話か。それでなんとなく理解出来た」
これはそう、前に愛理がこの世界の状態について話してくれたときの続きだな。
この世界に限らず、1つの世界が終わりに近づくとなんか異化しだすんだっけ。
ビッグバン的なやつの行き着く結末がどうとかって言ってたと思う。
けど、じゃあ結局そのさらにあとはどうなるのかまではくわしく聞いてなかったっけ。
「つまりあれだろ。色んな世界が混ざりに混ざって限界までカオスったあとに、またそれぞれちゃんとした新しい世界に独立するんだろ」
「あはー。修司にしてはよく出来ましたー。そういうわけで、世界っていうのは生まれては壊れてを繰り返してるけど、その時に運命律なんかの世界秩序も同じように創り替えられるんだよね。ゲオルギウスはそこに目を付けたんだよ」
「目を付けたって、それで運命なんかどうやって思い通りに創るんだよ。ゲオルギウスはどんな方法を思いついたんだ?」
世界を思い通りに創り直せないなら運命を作ればいい、なんて言っても俺にはその手段がさっぱりだ。
レトリケーの失敗を踏まえての再挑戦らしいけど、さらに難易度上がってるんじゃないか?
「さぁ。ほんと、なにをどうやるつもりだったんだろうね。出来ればボクもそれをちゃんと知りたいよ」
「おいッ。ここまできてそれはないだろ。めちゃくちゃ大事なことなんだからちゃんと教えろよ!」
「しかたないじゃん。くわしい研究の記録はなにも残ってないんだからさ。せいぜいディアレクティケーの今の状態から推論するくらいしか具体的なことは知りようが無いんだよ」
「今のって、たとえばクシャナさんみたいな姿をしてることとかか?」
「それに関しては、自立進化の過程で取り込んだって言うより、たぶん最初期からだろうね。重要なのは見た目じゃなくて、あの種族特有の『狭間に移動する能力』だろうからさ。それを手に入れたから創世への干渉なんて思いついたんだろうし、違う?」
「……。やはり君は頭がいいね。たしかにあの種族との接触が、ディアレクティケーを開発する契機になったことは間違いないと思うよ。彼らは驚異的で危険な存在だけれど、それだけに興味深くもある。やはりゲオルギウスも注目して研究していたようだよ」
まぁ、クシャナさんにしても色々反則級な存在だし、いまさらそれくらい驚かないよ。
それにブラックアイズとジュリエッタだって俺たち以上に詳しそうだったし、ゲオルギウスならなおのこと知ってて当然って気もする。
その上で、自分の理想を叶えるために利用しようとした。
でも、結局は計画自体に無理があるって分かってディアレクティケーを作るのをやめた。
やめたのに、なんでかここにある不思議。
「でさ、あのディアレクティケーってやっぱり白ローブの連中が作ったのか? ゲオルギウスが作らなかったのにここにあるってことは、やっぱそういうことだよな?」
結局最初の質問に戻ってきたところで、俺はブラックアイズに返事を求めた。
なんだかんだ言って最終的にはこいつが一番裏事情に精通してるしね。
「一応、そういうことになるね。ただゲオルギウスはディアレクティケーのコアになる部分の試作こそしたものの、それ以上はなにも形には残さなかった。理論的にも完成されていたわけでもないし、信徒たちによって再現されたあれが本来のコンセプト通りに仕上がっている保証は無いけれどね」
「つまり、あれが世界の運命を操作しだしたとしても、絶対にみんなが幸せになってるって補償は無いわけか」
「だからこそあれは止めなければいけない。そしてそれが出来るのは、レトリケーの継承者である君だけだよ」
「って言われてもな……」
正直どうしていいのか俺にはわからない。
現状、クシャナさんが互角に戦ってるし、任せても大丈夫じゃない?
「言っておくけれど、楽観はしない方がいいよ。なにせ相手は運命律そのものなのだから、すべてはあれの都合のいいほうに進んでいくよ」
「そうか? 特別なにかしてきてるようには見えないぞ?」
クシャナさんとディアレクティケーの戦いはオーソドックスな魔法戦だ。
ディアレクティケーは、同じ種族の姿をコピーしてるだけあってスキルも似たようなのを使ってくる。
おまけに偽ゲオルギウスと同じで攻撃が当たってもすぐに再生する反則ぶり。
それでも本物と偽物の差なのか、今のところはクシャナさんの優勢に見える。
「ディアレクティケーは、レトリケーと違って現象に直接干渉するタイプの術式ではないからね。表面的にはなにもしてないように見えても、着々と都合のいい流れを引き寄せているはずだよ」
「なにそれ怖い」
そういう裏で手をまわしてくる系ってほんと厄介だ。
早めになんとかしないとあとでどうなるかわからない。
「こうなったら先手必勝だな。おい、愛理。そろそろなにか突破口は見つからないのかよ。いつまでもクシャナさんばっかりに頼ってられないぞ」
「そう言いつつボクに頼るのはなんなのさ。まぁ、やっぱり修司にはボクが必要だってことだろうけどね」
相変わらず飛躍した結論を。
こいつの自己評価の高さは、どこまで身長に反比例していくんだろうな。
言ったらふて腐れるから黙っとくけど。
「それはともかく、1つわかったことがあるよ」
「お、さすがだな。なんだ、なんだ?」
「っていうか、みんな気づかない? クシャナちゃんが戦ってるのに、この黄金宮殿ぜんぜん壊れないよね?」
「そう言われてみればたしかに……」
「不自然なくらい無傷ね」
大広間を見回した俺たちは、愛理の指摘通り、建物に全然ダメージがいってないことを確認した。
室内戦ってことで、俺たちに誤爆しないようにクシャナさんは貫通性重視の魔法が主体だ。
ディアレクティケーの方もそれに合わせてるのか、似たようなのを撃ち返してきてる。
そのうえで、お互いしっかり回避するか撃ち落としてる。
問題はその流れ弾だ。
回避された魔法は、当然それ相応の威力で建物を壊すはず。
なんだけど、爆発したりこそしても壁や床に穴が開いたりってことはない。
むしろ見るかぎり無傷なんだけど、どうなってるんだ、これ。
「たぶんだけど、黄金宮殿自体もディアレクティケーの一部なんだよ。壊れてないように見えるけど、ほんとのところはすごい勢いで再生してるからわからないんだと思う」
「それって……」
「うん。ディアレクティケーっていうのは、なにもクシャナちゃんと戦ってるあれ一体で完結してるわけじゃないっぽいんだよ。なんたって正体は術式だからね。目に見えないネットワークで繋がってる増殖型の複合体。そういう性質を持ってるんじゃないかな」
「ならこの黄金宮殿を壊したらディアレクティケーのダメージになるのか。再生力が高くても白夜のイベントホライゾンでしつこく消し続ければ最後には完全に倒せるんじゃないか?」
「びみょーだと思うよ。たしかに効きはするだろうけどあんまり重要じゃなさそうだし、もっとほかの大事な部分を潰さなきゃ意味ないよ」
大事な部分を潰すとか、男としてはあんまり聞きたくない言葉なんだけど……。
まぁ、それはともかく愛理の言うことももっともだ。
どうせやるなら致命打を打ち込みたいところだよな。
「そうなるとやっぱりあれか?」
俺は、クシャナさんと戦ってるディアレクティケーに視線をもう一度向けた。
黄金宮殿もディアレクティケーだからどこを向いてもディアレクティケーを見てることになる、なんて野暮なツッコミは今は無し。
重要なのは、クシャナさんと戦ってるあれは能力的に重要だから取り込まれたって話。
そうなると、当然倒す意味が大きいはずだ。
「どうだろうね。ディアレクティケーは同化した要素を必要に応じて自己ネットワーク内で最適化するはずだからね。重要な能力や機能はロストする可能性がある場所には配置しない気もするけど……」
「ああ、もう。なんだよ。頼むからはっきりしてくれよ。俺はあいつと戦えばいいのか、それともダメなのか。どっちなんだよ!?」
この大事な局面でどう動いていいかわからないなんてなんなんだよ、もう。
こういう宙づり状態は心の健康に悪いからほんとやめて。
「なんならためしに俺が視てやろうか?」
どうにも煮え切らない状況のなか、おもむろに名乗りを上げたのはすっかり存在を忘れかけてたラーズだった。
「なんだ、その顔はよ。まるで場違いなもんでも見たようなツラだぜ?」
「いや。だって急に前に出てくるから……」
「別に俺だって出てきたくて出てきたわけじゃねぇぜ。そんでも大尉にてめぇらの面倒を頼まれちまったからしょうがねぇ。要はこの周りに妙なスキルが乗っかってるもんがねぇか、片っ端しから見抜きゃいいわけだろう。それからそいつをてめぇらでなんとかして一件落着。それが一番手っ取り早ぇ幕の引き方なら、さっさと仕舞いにしちまおうってこった」
むしろ俺が緒方大尉にラーズの面倒を見るようにたのまれた気がするけどね。
でもラーズがディアレクティケーの中身を見抜けるなら好都合だ。
あれは愛理にとってさえブラックボックスだから、重要な機能がどこにあるか見つけられるならすごい助かる。
「でもほんとに見つけられんの? ラーズのスキルスコープって鑑定スキルの一種でしょ? だったらディアレクティケーの機能は見得ない見得ないんじゃない?」
「まぁな。前にてめぇを視たときもヘボスキルが何個かしかみつけられなかったしな」
誰がヘボスキルだよ。
俺の場合はレトリックで改変する前提だからべつにいいんだよ。
「なんだ、それじゃ結局ダメじゃん。人のことバカにしといてそれはダサいんじゃない?」
「知るかよ。奴さんが能力を取り込むっつー話だからもしかと思っただけだぜ。ダメ元で見抜けりゃ御の字。可能性があるならためして損は無ぇ。つーわけでそこんとこどうなんだよ、嬢ちゃん?」
「うーん、そーだね。いけるかもしれないね」
と、愛理の意外な返事。
「あれ、そうなのか?」
「ディアレクティケーに元々備わってる機能と違って、取り込まれたところでスキルはスキルだからね。そのまま改変されてなければ可能性はあるよ。まぁ、どっちにしろ情報は多い方がいいし、どーせだから取り合えずあれを視てみてよ」
そう言われて、ラーズが両手で輪っかののぞき窓を作る。
見通すのはクシャナさんとバトル中のディアレクティケー。
まぁ、ぶっちゃけ転移能力が見つかれば話が早いんだけど――
「……微妙だな。案の定、姐さんとはスキル構成がかなり違うんだがよ、こっちの探してるもんは無ぇみてぇだぜ」
「やっぱりだね。それじゃあ次はあれを視てくれるかな」
「あんなのをか? べつに構わねぇがよ……」
次に愛理が指定したのは天井のシャンデリア、っぽいなにか。
ガラス製に見えなくもないけど、なんだか大きい球の周りを小さい球が回っててそいつらが光ってる。
よくわからないけど、黄金宮殿は照明も普通じゃない。
「あー、ルミナリーだかってのとアルマゲストってのと2つもスキルを持ってやがるぜ、あの妙ちくりん」
「光源スキルと、もう1つは星占術かなにかかもね。見たところこの世界の太陽系を模してるっぽいし、運命率を計測でもしてるんじゃない?」
「ってことは、やっぱりこの黄金宮殿自体も取り込んだスキルを付加されてるんだな。どうする、壊しとくか?」
「だから焦りすぎだってば。そんなとこだけ壊しても暴走しかねないし、やるなら入力系じゃなくて出力系だよ。それか基幹術式ね」
「そう言えばそうだった。やっぱそんな簡単にはいかないか」
「つってもこれで俺たちがやるこたぁはっきりしたんだ。あとは片っ端からしらみつぶしにするだけだぜ」
うん。
つまりそういうことだな。
これ以上、状況が悪化しないうちにディアレクティケーを無力化すること。
それが俺たちに課せられれた最大の使命だ。