93話「呪われた黄金郷」
「あんなのがなんでこんなとこに……」
俺たちの行く先に現れた金色に鈍く輝く巨大建造物。
それは見るからに壮大で豪華で、いかにも世界中の富がそこにあるような圧倒的な存在感だ。
ただ遠巻きに見ても人気が無いせいか、無機質で冷たい空気を纏ってるようにも感じる。
「あちゃー。どうせロクなことになってないんだろうと思ってたけど、よりによって最後のオチがあれなんてね。巡り巡った因果にしてもずいぶん皮肉だよね、これ」
そう言われても俺に直接関係がある話じゃない。
愛理が言ってるのはゲオルギウスのことだ。
あの錬金術師がその昔、黄金で出来た都を造ったっていうのはなんとなく知ってる。
でも街としてはうまくいかなかったらしい。
「ところでその皮肉なオチにたどり着くのはちょっときびしいかもだぞ」
まずいことに魔物の何匹かが狭間を通り抜けて俺たちの進路上に先回りしてる。
おまけに後ろのダミーたちもほとんど全滅してるし、いつのまにか俺たちが挟み撃ちにされてる。
この状況は、正直かなりまずい。
「完全に囲まれたわ。私はいったいどっちを守ればいいのよ!?」
「あわわ。せっかくここまで来たのに大ピンチです。」
「ほらッ。修司、はたらいて、はたらいて。あとちょっとなんだからがんばって!」
「やってるけど攻撃が当たらないんだって。向こうもいよいよ本気で仕留めに来てる感じ?」
斧を使った豪斬波も当たらないと意味が無い。
もっとバトルの流れがこっちにきてればいいよ。
だけど今みたいなこっちが追い込まれてる状況だときつい。
単発でぶっ放しても向こうだってそうそう何度も食らってはくれない。
「だめ。雷撃の一斉攻撃がくる。このままだと全員……」
魔物たちがみんなそろって帯電してるのをジュリエッタが察知した。
でも逃げ道も無いしどうすることも出来ない。
なんたって全方位からの同時攻撃。
白夜のイベントホライゾンとブラックアイズの遅延魔法だけじゃ到底防ぎきれない。
「万事休す。……いや、どうやら間に合ったようだね」
頭上を見上げたブラックアイズがどこか安心したように言った。
その様子に俺たちも同じように視線を上げる。
そしてそこに見つけた、頼もしいあの人の姿。
絶妙なタイミングのその登場に、みんなそれぞれがほっと息を吐く。
「クシャナさん!」
思わず声を掛けた俺に対して、クシャナさんは空中に立った状態でこっちを見下ろす格好だ。
あれは飛んでるわけじゃなくて、空間を切り裂いて狭間との境界に足を引っかけて立ってるだけ。
つまり、あれが出来てるってことは、ブラックアイズに掛けられてた封印の術式はちゃんと解除されてる証拠になる。
「あなたが変な状況に巻き込まれているみたいだったので来てしまいました」
「あのゲオルギウスっぽいやつは?」
「とりあえず埋めてきました。あれでどうにかなる相手ではありませんが、少しは時間稼ぎになっているはずです」
ってことはそうとう深くうめたんだろう。
クシャナさんはそう言っていつも通りの無表情な頬笑みをこぼした。
それから周囲を取り囲む魔物たちを見て、その姿かたちに複雑な無表情をする。
それはクシャナさんとって初めて見る同族。
それもこんなに突然出会うことになるなんてリアクションに困るよね。
もちろん今までずっと探してたんだけど、こんな敵対的な出会いってのは予定外。
一方で魔物たちの方でも戸惑ってるのがわかる。
俺たちに対して総攻撃直前だったのが、今は一匹残らずクシャナさんに目を向けてる。
中には雷撃の準備をやめたり、突然のことに右往左往してる個体も居たりで軽いパニック状態なのかも。
それでも半分くらいはクシャナさんに攻撃態勢を取ってる。
なんでだ。
クシャナさんが化身のままだから同族だってわからないのか?
「あなたたちは離れていてください」
そう言った次の瞬間、クシャナさんが素早く狭間に飛び込んで姿を消す。
それに遅れることコンマ一秒。
魔物たちの雷撃が誰も居なくなった空間を貫いた。
と、同時に雷撃を放った魔物の一匹が血しぶきをあげながら吹き飛ぶ。
狭間から再び姿を現したクシャナさんが掌底で近接魔法を叩き込んだんだ。
そこへほかの魔物が飛び掛かるように殺到していく。
くそ、あいつらやっぱり問答無用だし、クシャナさんだって黙ってやられるような人じゃない。
どうやら同族同士の感度的な再会ってわけにはいかないらしい。
偶然とは言えやっと見つけた仲間とクシャナさんが戦うなんて、俺としてはすごく残念だ。
「やべぇぜ。なにがどうなってんのかまるでわかりゃしねぇ」
バトル状態に突入したクシャナさんと魔物の動きは、俺たちの常識からは完全に外れたものだった。
空間を切り裂いて狭間とこっち側を行ったり来たりしながらの激しい魔法の撃ち合い。
突然消えてはあっちに出たりこっちに出たりで、はた目には瞬間移動してるようにしか見えない。
それを閃光や爆発に紛れてやるもんだから、俺たちの目が追いつけるわけがない。
って言うか、このままじゃ巻き込まれそうになっても自力じゃ反応出来ない。
「先を急ごう。黄金郷まであと少し。この機を逃すわけにはいかない」
たしかに。
クシャナさんからも離れてるように言われたし、ここは先に進むのが正解だ。
「そうは言っても完全に自由にってわけにもいかないみたいね」
全力でラストスパートをかけた俺たちだったけど、何匹かの魔物はクシャナさんと戦わずに追ってくる。
ほんとどこまでしつこいんだよ。
でもクシャナさんがつかず離れず移動して援護してくれてるみたい。
俺たちは魔物の追撃をなんとかしのぎながら黄金で出来た街並みを駆け抜ける。
やっぱり誰一人居ない無機質な黄金の建物が、魔物からの魔法攻撃で次々破壊されていく。
そのたびに飛び散る金塊や砂金は、どうしてこんなにありがたくないんだろう。
黄金であふれかえってる場所なせいなのか、単純にそれどころじゃないせいなのか。
仲間の誰一人黄金に目を奪われることなく、必死で前に進む。
そしてついに、俺たちはそこに到着した。
ひと際おおきな黄金の宮殿。
ブラックアイズの導く、その場所に。