92話「攪乱」
「……今、なんでか修司にムカついたんだけど、気のせい?」
俺の内心を見透かしたように、愛理がジトっとした目で俺を睨んだ。
やめろよ、読心術じゃあるまいし。
愛理はたまにめちゃくちゃ勘が鋭いから困る。
「まぁ、いいや。その話はまたあとでするよ。とにかく走るよ。せーのッ」
掛け声と同時に頭上に向かってばら撒かれたコイン。
それは空中で大きく拡散して次々に回廊に落ちた。
聞こえたのはポップコーンがはじける音×たくさん。
本当なら小銭をばら撒いたときの音が盛大にしたはず。
でも実際に奏でられたのはポップな音。
どんな音?
こんな音。
「ポンポンポンポンポンッ」
って感じでついついいっしょに口ずさんじゃう軽快サウンド。
その音と一緒に煙が上がって中から現れたのは……。
「俺ッ!?」
一瞬、鏡かと思ったけどそれも違う。
実体を持ったもう一人の俺がたしかに目の前に、居る。
居てはる。
居てもーたる。
いや、違うか。
とにかく俺が増えたことは事実だ。
顔も服装も今の俺っぽさ100パーセント。
俺自身でさえ違いを見つけれないくらいの完全コピーだ。
しかも俺だけじゃなくて、ほかのみんなのコピーも居るは居るはの大騒ぎ。
一人につきコピーが何体も出現したからもうなにがなんだかわかんない。
なんて器用で気持ち悪い錬成してるんだよ、愛理は。
「ほら、今のうちに行くよ。うららちゃん、悪いけどあのケガした子と代わってあげて?」
「は、はい。私は自分で走れますから、どうぞ」
「すまないね。ほら、ジュリエッタ。君はこっちに乗せてもらうんだ」
ブラックアイズに支えられたジュリエッタが、うららと入れ替わりに魔法の絨毯へと上がる。
とりあえずこれで移動すること自体は可能になった。
「さーて、ダミーが襲われるか本物が襲われるか、ここから先はほんとに賭けだからね。れっつごー!」
その言葉をきっかけに、ダミー軍団が一斉に走り出した。
大多数は廻廊の先へ。
そのほか、後ろや回廊の側面に向かって行くやつがいたり、いかにも囮らしい散りっぷりだ。
なるほど、これなら多少は敵の目が欺けるかも。
俺たちも波に呑まれるようにダミーたちといっしょになって移動を再開する。
「ああッ。お兄さんが、お兄さんが食べられてます!」
「え、マジやめて俺かわいそう!」
見れば俺のダミーが魔物に捕まって捕食されてる真っ最中。
でも偽物だけに、血も出てなければ叫びもしない。
わりと平気そうな顔で手足だけジタバタさせてるのが逆に怖ッ。
「あ。本物のお兄さんはこっちだったんですね」
うららはハッと気づいたように俺を見た。
「て言うか、仲間にまで間違われてたんじゃ、本物が狙われたとき助けられないぞ?」
「だーかーらー、みんなもっと固まって固まって。真ん中に集まってないと、周りをダミーで囲んでる意味ないってば」
そっか。
襲われるにしても外側に居る方が確立高いもんな。
人間相手ならすぐバレそうだけど、幸いあいつらはクシャナさんほど頭はよくなさそうだ。
「よし。うらら、行くぞ。こっちだ」
俺は愛理のところに集合するためにうららの手を引く。
するとうららは俺の腕に抱き着くようにして頬を寄せてきた。
「え? ちょ、こんなときにどした!?」
突然、甘えるようにくっついてきたうららに、俺の足は思わずストップする。
これは俺とはぐれないようにとかそういうレベルじゃない。
これだとまるでめちゃくちゃ仲がいいカップルみたいだ。
しかもクリスマス級の密着度。
「お兄さん、それ私じゃないです……」
うららにベタベタにくっつかれてる俺を見て、別のうららが悲しそうにしてる。
あっちか。
あっちが本物のうららか。
どうりでくっつかれてるわりには温かくないと思った。
「悪い。あんまりそっくりだから間違えた」
「い、いえ。お互いさまですし、気にしないでください」
俺が謝ると、うららは気まずそうにそう言った。
状況的には俺の方が気まずいけどね。
本人の前で偽物といちゃつくとかどんないやがらせだよ。
それに、女子的には見た目で間違えられるのはがっかりだろう。
ぶっちゃけ、自分でも今の俺はけっこうダメなやつな気がする。
「……」
そんな俺を白夜もジッと見てる。
なにも言わないのは優しさか、呆れてるのか。
表情からも考えを読み取れない。
「わかってる。俺だってバカじゃないんだから、次からは気を付けるって」
これでまた間違えたら今度こそ怒られかねないからな。
さすがに同じミスは繰り返せない。
「バカ。偽物相手になにやってるのよ。早くこっちに来なさいってば!」
愛理の近くに居た別の白夜がちょい怒で叫んだ。
言ったそばからまた間違えた。
本物とっくに向こうかよ!
「ああ、もうッ。お前ら先行くなよ。今度こそ行くぞ、うらら!」
「はい!」
偽うららを振り切って本物うららといっしょに走る。
もちろんこっちは抱き着いてきたりしない。
けど、それでもちょっと近めの微妙な距離感だ。
俺がうららに速度を合わせてるってのもあるけどね。
そうは言ってもめちゃくちゃ遅いってわけじゃない。
うららだって全力で走ってる。
それに愛理たちの方でも速度を緩めてくれた。
おかげでたいした苦労もなく追いついて横に並んだ。
「おい、ブラックアイズ。ゴールまであとどれくらいだ。ダミーだっていつまでももたないぞ?」
愛理の錬成したダミーは動きこそしても、スキルを使ったりは出来ないみたいだ。
そうなるとやっぱり目くらまし以上でも以下でもない。
次々に魔物に狩られて数を減らしてる。
「もう見えているよ。出来れば二度と目にはしたくなかったあの呪われた黄金郷が、ね」
「なんだそれ? って言うか、なんだあれ?」
なにかを押し殺したようなブラックアイズの言葉と、それに呼応したみたいに起こった変化。
前方に向けた視線の先で、道幅の限られた迷宮廻廊が広く開けて行く。
今まで立体的な通路として自動生成されてたのが、どこまでも広大なものへと変わる。
それは虚無的な平面。
ただ純粋にフラットで、見ているだけで果てしない気持ちになるような空虚。
そしてその中に、なにかが存在する方が間違いのような空間の中に、それは亡霊のように姿を現した。
「黄金の、宮殿……?」
どうやらそれが、俺たちのたどり着くべき場所らしかった。