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91話「御使いの蝶」

 なんとか魔物の懐から逃れたジュリエッタだったけど、その様子はお世辞にも無事とは言えなさそうだった。


「大、丈夫。あなたが助けてくれたから、平気……」

「平気って、うそ言うなよ。そんだけ血を流しといて大丈夫なわけあるか」


 チラリと見ただけでもジュリエッタの服がべったり血に染まってるのがわかる。

 出血量から考えると、無視出来るようなケガじゃないのは明らかだ。

 魔物の脚に捕まった時に、トゲがかなり深く刺さったんだろう。

 あれだけ強いジュリエッタも、肉体的には普通の人間と同じなのか。

 命に係るほどじゃないにしてもかなりきついはずだ。

 それは本人にとってもそうだし、俺たちにとってもそうだ。

 戦力的に言って、ジュリエッタがやられたのは致命的過ぎる。


「ジュリエッタ。君は十分がんばってくれた。これ以上無理はしなくていいよ」


 絶体絶命の状況の中、ブラックアイズが脇腹を押さえて苦し気に立つジュリエッタに声をかけた。


「違う。無理してでもあなたを守るのが私の役目。これくらいで負けるわけにはいかない」

「ありがとう。でもその傷ではこの状況は覆せそうにないよ」


 見れば俺たちは周りを完全に囲まれたかたちだ。

 前後左右から上下にいたるまで、全部の方向に魔物が待ち構えてる。

 ジュリエッタが動けなくなったことで、さっそく包囲網を敷かれたか。

 こうなるとほんとのほんとに詰んだも同然だ。


「ジュリエッタ。君はもう戦わなくていいから休む前に1つ頼まれてくれないかな」

「私が戦わないと敵の接近を止められない。だから――」

「だからこその頼みだよ。君の代わりを任せられる存在なら、ここには居なくとも外には居るからね。穴さえ開けてくれれば来てもらうことは可能だよ」

「それはあのはぐれ個体のこと? あれは今、本当の力を出せないのはあなたが一番知ってる。まさか……」

「そうだよ。女王陛下の(くびき)を解く。この窮地を脱するにはそれしかない。すべての力を取り戻せば、彼女はすぐにでも駆けつけて来るはずさ」


 こいつらが言ってるのはクシャナさんのことだよな。

 クシャナさんにかけられたあの封印の術式を解除する、そういう意味だろ。

 どういうことだ。

 たしかに本調子のクシャナさんなら、この閉じた空間の中にも助けに来てくれるかもしれない。

 実際、同族の魔物たちだって入って来てるわけだし。

 でもそうするにしても、この場に居ないクシャナさん相手にそんなこと出来るのか?


「それは、賛成出来ない。あの個体はあまりにも強くなりすぎてる。この危機に対抗出来るということは、より強大な危険でもあるということ。学習能力の高い相手を一度解き放てば、もう二度と同じ轍は踏まない」

「大丈夫だよ。女王陛下の彼に対する愛情は本物だよ。つまり、本能だけの怪物とは違うということさ」


 その言葉をどう受け止めたのか、ジュリエッタは俺の顔を見つめながらなにか考えてるみたいだった。


「わかった。あなたがそこまで言うならその判断に賭けてみる。それに、私たちにはもう本当にあとが無い」


 俺たちを取り囲んだ魔物たちは、みんなで顎をギチギチ鳴らして合唱を始めた。

 よくわかんないけど、とても友好的な雰囲気には見えない。


「ブラックアイズ。私の力だと向こう側に穴は通せても長くはもたない。急いで」


 肯くブラックアイズに見守られながらジュリエッタが片手を空中にかざす。

 そうすると空間が裂けて、その向こうにあの世界の狭間が垣間見えた。

 そう。

 クシャナさんが能力を使った時に見える、あの狭間だ。


「そんな、クシャナちゃんでもないのにどうして……。でもそれならたしかに……」


 この状況にマジで驚いてるのは俺と愛理くらいだ。

 ブラックアイズにしてみれば当たり前なんだろうし、ほかのみんなにしてみればなにしてんだかよくわかんないだろうし、当然か。


「悪いね。すぐに終わらせるよ」


 ブラックアイズがなにをどうするのか、俺には見当もつかなかった。

 そもそもこの閉じた空間から狭間を経由してクシャナさんになにかアクションを起こせるのか。

 そこが分らないし、愛理に聞いてみたいけど、今それやったら怒られそうな感じだし。

 ただ、ブラックアイズが実際やったことは単純だった。

 右手の人差し指と中指、揃えた2本の指で空中をなぞって印を刻む。

 浮かび上がったのは文字列。

 俺には読めない、全然知らない文字だった。

 しいて特徴を言うなら筆記体みたいなつづけ字。

 一筆書きで流れるように書きつけられた謎の文章が、光を帯びた印として空中に出現する。

 それは一拍間をおいたあと、ひとりでに形を崩して一本の線になり、そこからまた蝶の紋様に姿を変えた。


「行っておいで」


 ブラックアイズがそう言うと、蝶は空中を羽ばたきながら、ジュリエッタが開いた狭間の向こうへと飛んで行った。

 たぶんあれがクシャナさんを封印の術式から解放する解除キーになるんだろう。

 でも、だとしたらどれくらいだ?

 自由を取り戻したクシャナさんが、ゲオルギウスのパチモンみたいなのをどうにかするまでの所要時間は?

 パッと見、あいつには普通の攻撃は効かなかった。

 だとしたらそんなに簡単に片づけられる相手じゃない。


「さて、あとは少しだけ時間を稼ぎたいところだけど……」

「きびしいだろ。こんな状況でなにをどうすればいいんだよ」


 実際問題、現実はそんなに都合よく上手くいきそうにない。

 ジュリエッタは行動不能で、全方位から魔物たちがにじり寄って来る。

 それでもあと少し。

 あと少しだけ時間がほしい。

 どうする?

 もうほんとにあとが無いぞ?


「まったく、肝心なところで頼りにならないなんて、しょうがないなぁ、修司は」


 そう言ったのは猫型ロボットならぬネコ目の錬金術師だ。

 そうだった、そうだった。

 俺達には愛理っていう『こんなこともあろうかと担当』が居たんだった。

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