９０話「崩れかけの足場」
間に合わない――。
どうしようもない現実を前に、俺の頭の中で焦りだけが空回りする。
お互いの位置関係とあきらかな速度差。
そしてうらら自身の自衛能力。
そこから直感的に導きだされた結論は絶望的だった。
ギリギリのところで成り立ってたバランスが一気に傾いて、俺たちにとってよくない方向に均衡が崩れる。
最悪だ。
うららが敵に目を付けられたのは俺に加勢したのが原因だ。
なのに守ってやれないなんて、情けなさ過ぎる。
「ジュリエッタ！」
「すぐ行く――」
俺を追い越すように投げられた言葉と、跳弾のように返って来た反応。
それまで維持してきた戦線を投げ捨てて、ジュリエッタが寸前のところでうららの危機に割って入る。
圧倒的なスピードで飛び込んできた小柄な体と、そこから繰り出されるハルバードのコンパクトな一撃。
並みの反射神経なら反応すら出来ないような速攻に、魔物は足の一本を使った防御を間に合わせる。
止めた――。
クシャナさんの外骨格でさえ貫通させられるジュリエッタの攻撃が効かない？
と言うより、そもそも今の一撃には重さが無かった。
あのでっかい斧が付いたハルバードは、もっと大振りで振り回してこそ最大の威力が出るはず。
でも今回はうららを巻き込まないように、コンパクトかつ、軌道を限定された不自然な打ち込みだった。
だから十分な威力が乗らずに、結果、圧倒出来るはずの相手に受け止められた。
「この――」
初撃が不発に終わったジュリエッタは、すぐさま二の太刀を振りかぶろうとする。
魔物は遅れることなくそれを察知。
トゲの付いた足で掴むようにハルバードの先端部分を捕まえてジュリエッタの行動を阻む。
ハルバードは槍と斧と鉤爪が１つになった形の複雑な武器だ。
魔物はそこに自分の足のトゲを噛ませてがっちりホールドして離さない。
「――ッ」
この状況にはさすがのジュリエッタの顔にも焦りの色が見える。
大きなハルバードを軽々振り回すと言っても本人はあの体格だ。
相手と組みあっての押し引きとなると完全に分が悪い。
「離れろ、この野郎！」
なんとか追いついた俺は、そのままの勢いを利用して魔物に飛び蹴りを仕掛ける。
ハイパーバリーで強化したミサイルキックだ。
あえてファイヤーを付加しなかったのは、ジュリエッタを巻き込みたくなかったから。
クシャナさんの同族に火は大して効かないだろうし、文字通りフレンドリーファイヤーにしかならない。
「重すぎッ」
俺の奇襲攻撃は当たるには当たったけどまるでダメージ無し。
外骨格を砕くどころか傷の１つもつかなかった。
それでも増幅された運動エネルギーは、牛よりも大きい巨体をよろめかせた。
だけどそれでも魔物はハルバードを離さない。
それどころかむしろジュリエッタを引き寄せてる。
余り足の一本がハルバードと同じように小さな体を抱き込もうと襲う。
ジュリエッタは得物を諦めた。
カマキリみたく関節で捕まえにきたのを両手を広げて必死に抵抗する。
でも力の差は歴然だ。
一気に圧力をかけられたジュリエッタは、トゲのハサミを半ば体に食い込ませられるところまで押し込まれた。
「負けんな。なんとかする！」
飛び蹴りの反動でいったん空中に跳ね上がったかたちだった俺は斬波で援護射撃。
がら空きの頭を目がけて上から撃ち下す。
響く金属音と飛び散る火花。
弾かれたんじゃなくて直撃。
その手ごたえに一瞬期待が膨らんだ。
けどそれも一瞬。
相手には特にダメージが無いことを確認しつつ、俺は回廊に着地した。
「ダメかッ。こうなったら使えるものは使わせてもらうしかないな。愛理。出来るだけ重いやつ頼む！」
「まったく、修司はボクが居ないとほんとにダメなんだから！」
そんな言葉といっしょに飛んで来たのはバトルアックス。
放物線を描いて俺と魔物の中間地点の回廊に落ちたそいつが、足元を揺らすように突き刺さった。
まったくもってすげー重量感。
愛理が即席で錬成して作ったたにしても見るからに頼もしい。
これならもしかしてもしかするかもじゃん？
「いっくぞコラー！」
俺は猛ダッシュからアックスの太い柄を掴んで、突進の勢いに任せて刃の部分を回廊から引っこ抜く。
そのまま縦に一回転。
空を切り裂く一撃から斬波を撃つ。
「剛！ 斬！ 波！」
放ったのは斬波の亜種。
威力重視の大技だ。
斬波は元々剣術スキルだけあって、実際の刃物から繰り出すことで本領を発揮する。
それも重量のある武器を使うことで、撃ち出される魔力波動もより強力になる。
それが斬波ってスキルの特性だ。
ぶっちゃけスキル名は勝手に言ってるだけだけど、威力が上がるのは間違い無い。
愛理だってそれが分ってるから迷わずバトルアックスを錬成して寄越した。
そして俺はそれを使って豪快な一撃を撃ち出したわけ。
「効いてる効いてる。やっぱりボクのレトリックはさいきょーだね。やっほー！」
お前の手柄かよ！
ってツッコミは置いといて、今の一撃は確かに効果ありだ。
魔物は体勢を大きく崩したし、足の一本が血を流しながら力なく垂れ下がってる。
そしてなによりハルバードとジュリエッタを放して、ジリジリと俺から距離を取ってる。
つまりそれだけ警戒するほど痛かったってことだ。
「ジュリエッタ。大丈夫か？」
俺は魔物とにらみ合いながら声をかけた。
