88話「転戦」
「うわっ。ちょっ、はっ、っと!」
「すごいです。お兄さんの動き、かんぺきな攪乱になってます!」
そんなうららの声を遠くに聞きつつ、必死で逃げ惑う草食動物的な状況の俺。
迷宮回廊を強引に先に進むことにした俺たちは、とにかく魔物に追いつかれないように必死の逃避行だ。
特に俺は殿で囮になってるからよけいに修羅場ってる感がある。
だって敵はクシャナさんの同族だ。
単純に考えてフィジカル面だと圧倒的に不利。
あのレベルの運動能力を相手に、人間がそう長い時間粘れるものじゃない。
だからジュリエッタだって最初反対してたんだし。
でもそこをなんとか頑張ってる俺たちはけっこうえらいかも。
「おい。またさっきの撃ってくるつもりだぜ」
うそマジやめて?
余裕気取ってたら、さっそくこれだよ。
なんか後ろの方で2,3体まとめて帯電してるんだけど。
「修司! こっちよ!」
「助かる!」
白夜に呼ばれてイベントホライゾンの影に飛び込んだ瞬間、炸裂するような雷の音が響いた。
怖ッ。
今の完全に俺狙いで撃ってきてたぞ。
幸い全弾イベントホライゾンに消えていったけど、あんなの当たったらアフロどころじゃ済まない。
きっと骨が浮き出ちゃうパターンだ。
ただし透けて見えるんじゃなくて、肉がはじけ飛んで。
……ヤバいな。
どう考えても全然楽しそうじゃないよね。
だけど、俺がターゲット取って攻撃集めないとほかのみんなが狙わるのも事実。
こんなところで人気者になんかなりたくないけど、これも男の仕事だ。
「今度はどんどん距離を詰めて来やがる。ほっとくと追いつかれて乱戦に持ち込まれちまう」
「たしかにまずいね。ここは殿の腕の見せどころ、かな?」
で、俺以外の男連中はなんであんな他人事なんだよ。
こっちだけ必死って卑怯だろ。
「お前ら仕事しろ、仕事! 色々人手が足りてないってことくらい分かってるだろ!」
そもそも数で負けてるんだ。
状況を切り抜けるには、まずみんなで力を合わせなきゃだ。
「つっても俺にゃスキル鑑定しか出来ねぇしな。まぁ、もののためしだ。なになに、ふんふん。あー、あれだな。てめぇんとこの姐さんに比べたら格段に落ちるな。どの個体も持ってるスキルのレベルは高くて40、50とかだぜ。よかったな」
「よくないから。即死レベルだから、それ!」
どっちみち40越えてるなら、一撃必殺ならぬ一撃必死なことには変わりない。
だって言うのに、いつも通りの涼しい顔でブラックアイズが口を開く。
「でも骨は拾えるよ。女王陛下クラスのスキルだと跡形も残らないから、見守っている方も気が楽だね」
「拾わなくていいから楽すんなって。ラーズはともかく、お前はちゃんと戦えるだろ。まさか観戦しながらポップコーン食べるために出て来たんじゃないだろ?」
「それこそまさかだよ。僕は甘くないお菓子は好きじゃなくてね。ポップコーンはしょっぱいし、なによりも口が渇く」
「そこじゃない。今、拾って欲しい内容はそこじゃない!」
そう言えばこいつ前にもパフェ食べてたし根っからの甘党か。
だとしてもこの局面でそんなパーソナリティー語られてもどうしようもない。
もっと言えば、本人こそどうしようもないやつだよ、ブラックアイズは。
「だいたいお前さっき戦いに集中しろとか言ってただろ。こっちががんばりだしたら自分がサボるとか卑怯だぞ」
「人聞きが悪いね。僕にはみんなを正しいルートに案内する大事な役割があるんだよ」
「そういうセリフは少しはジュリエッタを見習ってから言えよ。追手を牽制しながら、お前の代わりに先導までしてるじゃねーか」
ジュリエッタは先頭を走りつつ、側面に回り込んで来ようとする敵を射撃系の魔法で抑え込んでる。
もちろんそれだって俺と白夜が後ろで敵の本隊を引き付けてるから出来てる話だ。
だけど、じゃあ簡単にやれるかって言われたらそれも違う。
道を間違えないように気を付けながら、後方の様子も把握してないといけない。
ましてやジュリエッタの場合、いざとなったらこっちの救援に飛んでくる構えだろうからよけいにだ。
この働き者っぷりを考えたら、ブラックアイズにももう少し働いてもらわなきゃだめだろ。
「そうは言うけれど、僕だってただなにもせず走っているわけじゃないよ」
「だからどこが!?」
「そうだね。たとえばこういうところかな」
ブラックアイズが手のひらを上にして何気なく開くと、そこに小さな魔法陣が生まれた。
その魔法陣は上に向かって浮かび上がると、音も無くスッと消えていった。
なんだ?
今ので終わり?
「もう少し……、かかった。後ろを見てごらん」
後ろって言われても、魔物がたくさん迫って来てるだけなんだけど……。
あれ?
なんか1体、変なやつが居る。
「なぁ、あの急に動かなくなったやつってもしかして?」
「そうだよ。さっき仕掛けた遅延魔法のトラップにかかっているんだよ。こうやって僕は僕なりに時間を稼いでいたわけさ」
後ろから俺たちを追って来てる魔物たちには、基本、フォーメーションとかは無い。
あいつらの共通認識って言ったらたぶん『どれが獲物か』くらいで、あとは個々にチャンスをうかがってる感じ。
唯一、群れ全体で共通した行動って言えるのが、一定距離以上に間合いを詰めるのには慎重だってこと。
そのあたりはジュリエッタの牽制のたまものだな。
警戒して一定距離に固まってる。
そんな中で急に動かなくなって、一時的に脱落してる個体が居る。
しばらくしたら復活して戻って来るけど、なるほどブラックアイズの仕業か。
「でもすごい地味だな。たしかに時間稼ぎには違いないけど、問題は積極的に襲って来るやつだ、ろッ!」
ブラックアイズに応え終わるより早く、俺はイベントホライゾンの安全地帯から飛び出す。
魔物の一匹が、側面から間合いの中に入って来てる。
ジュリエッタも手が回りそうにない。
俺は自分が対処するべきだと判断した。