86話「押し寄せる脅威」
次々に襲い掛かって来る魔物に対処を余儀なくされた俺たち。
クシャナさんの同族とは出来るだけフレンドリーにしたい、って思いは儚くも崩れた。
次から次に襲って来る連中に、俺たちは防戦一方だ。
ジュリエッタが居るからなんとかなってるけど、いつ天秤が傾いてもおかしくない。
それだけきわどい攻防だし、そこが俺たちの限界だった。
「つ、次、右上からまた来ます!」
「ジュリエッタは……、取り込み中か。しかたない。俺たちで時間稼ぐぞ!」
あっちはすでに6体の魔物と同時交戦中だ。
それもひとかたまりの団体じゃなくて、敵の攻めに応じて危険度の高い個体に牽制して回ってる。
つまり、あちこちからバラバラに攻めて来るのを縦横無尽に全方位ワニ○ニパニック状態。
さすがにあれ以上手が回るとは思えない。
「うらら。あの作戦でいくぞ。頼む!」
「は、はい!」
俺が指示すると、うららは即行で術式を構築。
巨大な氷塊を作り出してターゲットに目がけて撃ち出した。
そのスピードははっきり言って鈍足。
弾がでかいだけあって一瞬で的に命中とはいかない。
普通ならこんなの当たりっこないし、当たったからってクシャナさんの種族にダメージなんて与えられない。
事実、相手の魔物にもそれがちゃんと分かってるらしく、巨大氷塊なんてほとんど無視して突っ込んでくる。
けどそれでいい。
こっちだって分かった上で作戦立ててるんだ。
「レトリック。ハイパーバリー、……と掛けましてー、ファイヤー!」
うららにワンテンポ遅れること、俺はただ単に威力を上げただけの火属性魔法を放った。
スピードはそれなり。
これだってそんなにキレのある攻撃じゃないけど、あのデカい氷塊よりはだいぶ速い。
事実、俺のファイヤーはそれなりのスピードでうららの氷塊に追いついて、追突するように命中した。
「うわ! 思ってたよりすごいです!」
瞬間、爆発的に膨れ上がる蒸気の雲。
突然のことでさすがに反応出来なかったのか、魔物は避けきれずに白色に吞まれた。
「白夜!」
間髪入れずに突進するイベントホライゾン。
こいつもスピードには限界があるけど、敵は今こっちが見えてない!
「もらった――!」
俺とうららの連携で作り出した蒸気の爆発。
これは相手の視界を奪うための煙幕だ。
俺たち2人の攻撃だと、クシャナさんの種族の硬い外骨格を撃ち抜くのは難しい。
それはジュリエッタに指摘された通りだ。
そうなると、やっぱり白夜のイベントホライゾンを攻撃の要にする以外に選択肢が無い。
あのチートじみた殺傷力、いや、すべてを無に還す抹消力の前にはどんな防御手段もそれこそ無意味。
主力武器としてこれ以上頼もしいスキルは無い。
ただ問題だったのが、『それほど動きの速くないイベントホライゾンをどうやって当てるか』だ。
いや、勘違いしないでほしいけど、イベントホライゾンが実際そこまで遅いかって言われるとそんなことはない。
あくまでも速くないだけで間違ってもハエが止まりそうなわけじゃない。(止まったら消滅するけど)
でも仮にクシャナさんならあの速度の攻撃なんて絶対に当てさせないだろう。
そう考えると、同族の魔物相手にもきびしいってのは目に見えてる。
そこで煙幕。
目くらましだ。
多少スピードで分が悪くても、見えてない攻撃なら避けられないはず。
つまり、イベントホライゾンが蒸気雲の中であの魔物を仕留めてる可能性が期待大。
「やったか――」
「――どうかはすぐ分からるからいちいち聞かないルールね!」
だからそれ言うなって。
前にもこういうことあっただろ。
律儀に毎回毎回フラグを立ててくるラーズに、俺は慌てて注文を付ける。
どう?
食い気味で言ったけど……、間に合った?
「だめ! 外したみたい!」
イベントホライゾンの行方をじっと見つめてた白夜が叫んだ。
ほらやっぱり。
俺は内心がっかりしつつ、オウンゴール的なフラグ成立でちゃっかり生き残っちゃったあの敵を探して視線を走らせる。
「どこだ。全然見えないぞ」
こっちからも相手が見えなくなるってのが煙幕作戦のデメリットだな。
イベントホライゾンを突っ込ませたって言っても、別に掃除機みたく吸い取ってるわけじゃない。
あれはあくまで直接接触したものだけを消去するスキルだ。
だから煙幕は未だにしっかりモクモクしてる。
「よく見て。不自然な風の動きで水蒸気に流れが出来てるわ」
「自然現象も消去しちゃうイベントホライゾンって動かしても気流を乱したりしないよな。ってことはつまり――」
「別に動いてるやつが居るってことよ!」
そして水蒸気雲の中で発生する閃光。
あ、ヤバい。
クシャナさんと同じ雷撃だ、これ。
そう思った次の瞬間、稲妻が奔った。
無理。
かわせっこないって、こんなの。
初めて自分が撃たれる側になってみてようやく理解出来たあまりの速さ。
辛うじて察知出来たのは、狙われたのが白夜だってことだけ。
でもそれだけで、俺は白夜を守るために一歩を踏み出すことさえ間に合わせられなかった。
まるでスローモーションみたく伸びていく稲妻と、驚きに目を見開く白夜の顔。
ダメだ。
動けない。
イベントホライゾンを攻撃に使った今の白夜には、身を守る手段なんてなにもないのに。
今までさんざん世話になっときながら、俺は肝心な時になにも出来ないのか――。
「まだだよ。あきらめを知らない足だけが運命を追い越す」
「――ッ」
言われるがままに、あるいは言われるまでも無く、俺は、俺の足は、電光石火の如く駆け出していた。