84話「念願との遭遇」
「てめぇら、あそこだ!」
ラーズの一言でみんなの視線が一斉に頭上に集まる。
そこに現れたのは異形。
異世界風景を映し出す謎空間そのもを切り裂いて、一匹の魔物が俺たちの前に現れた。
その姿は、俺にとってはあまりにも衝撃的だ。
形は蜘蛛に似てるけど、牛よりも大きく、深く紫を孕んだ黒銀の体。
左右6対、12本の脚と削岩機のような顎。
あんな姿の魔物を俺は今まで1人しか見たことが無かった。
「クシャーナ……。どういうこと。元の姿に戻れるようになったの?」
白夜が驚きの声をあげるけど、違う。
こいつはなにも分かってない。
「ばか言うなよ。クシャナさんがあんな不細工なわけないだろ。あれは絶対違うやつだろ」
「え? ちょっと待ちなさいよ。あれはどう見ても元の姿のクシャーナじゃない。それを不細工だなんて、あんたいったいどうしたって言うのよ?」
「だから違うって。たしかによく似てるけど、人間だってカブトムシだって、みんな大まかには同じ形だろ。そういう意味じゃクシャナさんに近いけど、美形度がぜんぜん足りてないんだって。だいたい俺がクシャナさんを見間違えるわけないし、確実にほかの誰かだから、あれ」
見た目の美しさって言うのは、要はパーツの1つ1つがどれだけ整ってるかだろ。
人間なら目が大きいとか鼻が高いとか、カブトムシなら色とか艶とか角の長さとか。
それぞれの部分で『こうあるのがいい』って特徴が備わってて、それが全体としてバランスよく配置されてる。
それが形が美しいって言うことなのは、それこそ誰でも分かってることだ。
その上で、クシャナさんの場合、人間としての化身の見た目以前に、そもそも元の姿からしてすさまじく美形。
あのすらっとした12本の足が規則正しく動くところも最高だし、内側に生えてるトゲトゲのシュッとした角度も最強。
蛇腹みたいなお腹も芸術的なら、曇りの無い赤い目も宝石みたいだ。
でも、今、俺たちの前に現れたあいつは違う。
ボディラインにゆがみがあるのか、体の光沢が不均等だし、足のトゲトゲにも欠けてるところがある。
もともと持って生まれたものが違うし、しかも傷物になってる。
だから、どう見たってクシャナさんとは似ても似つかない。
「修司、ほんと? 間違いなくクシャナちゃんじゃない?」
お前もかよ、愛理。
白夜はまだしも、お前は分かってないとだめだろ。
付き合い長いんだからさ。
「しつこいって。ぜったい間違い無いって」
だからこそ、あの形の魔物が現れたことが俺にとっても衝撃的なんだから。
「つまり、ボクたちはついにクシャナちゃんの同族を見つけちゃったわけだ……」
そういうことに、なるんだよな。
すごいことだよ、これは。
だってクシャナさん自身、俺たちに出会う前からずっと同族を探してて見つけれなかったわけだし。
クシャナさんの何歳なのか正確に分からないけど、少なくとも何百年越しの快挙ってことになる。
「ねぇ、修司。あれと話せる? クシャナちゃんの時もなんとかなったんでしょ?」
愛理は、空中に浮かんだままの魔物を見つめたままそう言った。
クシャナさんも空間そのものに張り付いたり空中を歩いたり出来るけど、やっぱり種族的な特性っぽいな。
「どうだろうな。クシャナさんがやさしいのはクシャナさんの性格だし、ためしてみないと分からないけど」
それに、あの時はクシャナさんの方から日本語を覚えてコミュニケーション取ってくれたっていうのが真相だ。
べつに俺が動物たちと話せる面白人間ってわけじゃない。
だからここで同じように出来るかは、正直、相手次第としか言えない。
重要なのは、言葉に対する学習能力が高いのがクシャナさん個人の得意分野なのか、それとも種族的な特性なのかってこと。
それを知るためにも、あの魔物には色々アプローチしてみたい。
今までよく分からなかったクシャナさんの謎を理解することにもつながるし。
そう思って、俺が俄然、期待に胸を膨らませた時だった。
「やめた方がいい。あれは決して、あなたたちが思ってるようなものじゃない」
ジュリエッタの制止は、静かでいて、なおかつ真摯なトーンだった。
「あなたがどういう認識でも、あの害虫が危険であることに変わりない」
「おい。その害虫って言い方やめろよ。お前がなにを知ってるのか知らないけど、クシャナさんをそう呼ぶのだけは許さないからな」
「……、ごめんなさい。でもあなたこそなにも分かってない。あれがなにで、世界にどういう害を与えるのか。なにも知らないから、いっしょに暮していられる」
俺の抗議に、ジュリエッタは意外と神妙に反応した。
どうもジュリエッタの敵対心はクシャナさんの種族に対してだけで、人間にはわりと友好的っぽいんだよな。
喋ればぜんぜん普通に会話してくれるし、迷宮回廊から落っこちかけた俺を助けてくれたりもした。
それでもあの魔物がクシャナさんの同族なら、俺にとっても親戚くらいには重要な存在だ。
ほっとけばどうせジュリエッタから一方的に攻撃を開始するだろうけど、それを黙ってただ見てるわけにもいかない。
「お前こそちょっと待てって。俺はずっとクシャナさんといっしょに居たけど、全然優しかったし害なんて無いんだよ。だからあそこのやつとも話してろって。なんでそんなに嫌ってるのか知らないけど、相手をもっと知ったら気が変わるって」
「そんなことは無い。少なくともあなたよりはよく知ってるし、私以上にあれに詳しい知的生物は存在しない。あなたの方こそあれの危険性と、あなたの、……パートナーの個体としての特殊性を認識するべき」
今ちょっとクシャナさんの呼び方に気を使ってくれたか?
いや、それより今はもっと大事なことがある。
「個体としての特殊性ってなんだよ。クシャナさんがほかの仲間とどう違うって言うんだ?」
「私に聞かなくてもじきにすぐ思い知る。もう囲まれてるから」
「!?」
そう言われて慌てて周りを確認した俺たちは、さらに驚かざるを得なかった。
なぜならそこかしこに何体ものクシャナさんの同族が出現してたからだ。
何体居る?
少なくとも10以上なのは間違いない。
けどこの調子だと、直接見れない床の裏側とかにも同じくらいの数が居るはず。
そうなるとざっと30?
クシャナさんレベルがそれだけたくさん居るってちょっとヤバ過ぎない?
「あれは本来、群れを成して狩りをする。そしてもうすでに私たちを獲物として認識してる。死にたくなかったら、話しかけるより先手を取って攻撃した方がいい」
そのセリフを体現するように、ジュリエッタはどこか異空間に手を突っ込んで例のでっかいハルバードを取り出した。
ヤバい。
やる気だ。
俺はここに来て、思った以上にきつい選択をしなきゃいけなくなったらしい。