79話「二人の先導者」
なんとか安全地帯まで逃げて来たと思ったら、今度はまったくいったいなにが起こってるんだか。
今、俺の目の前で起こってることは、それだけだとなにがなんだか分からない。
もっとも、どういう解釈の仕方ならこの状況を理解出来るのかなんて俺には考えつかないけど。
「いったいなんなんだよ、これ。地下祭壇かと思ったらいつの間にか浮いてるし、おまけにこんな立体迷路みたいに変形するとかどういうことだよ」
「たぶんここの防衛システムだと思うよ。今までだってこの手の聖域には付き物だったでしょ」
「そりゃ落とし穴とか大岩転がしとか隠し魔法陣とか色々あったけどさ。下に伸びてってるだけだぞ、これ」
そう、伸びる、だ。
俺たちの居る祭壇を始まりにした構造物の増殖。
それは例えるなら植物が成長するみたいにニョキニョキ伸びてってる感じだ。
しかも結構な早さで。
その時点で物理的にすごいよね。
材質的には祭壇と同じで、白に近い灰色の岩だと思う。
それがブロック単位で縦横に増殖して幾何学的な形として広がってってるのが現状だ。
その様子はすごいのはすごいけど、防衛システムにしては意味なさげ。
見てて楽しいだけじゃない?
「いや、彼女の言う通りだよ。これで僕らは囚われの身になった。この後どうするにしても、先に進まなければなにをすることも出来ない」
不意にすぐ後ろから聞こえたブラックアイズの声。
だからこいつは唐突過ぎ。
世の中には、背後に立っただけで依頼人さえボコボコにするスナイパーだって居るんだぞ。
あんまり好き勝手やってるとそのうち痛い目遭うからな。
その辺、いい加減注意してやりたいけど、ただ正直今はそれどころじゃない。
「どういう意味だよ。それじゃあまるで俺たちが囚人みたいじゃんか?」
俺は後ろを振り返ってブラックアイズの方を見た。
「まさにその通りだよ。今この空間はあらゆる世界から隔絶されている。だから自力で外に出ることは出来ないし、先に進まないという選択肢も無い。帰りたければこの迷宮回廊を踏破して、最果てで君たちを待つそれと対峙しなければいけない」
ほんの数メートル先で微笑を浮かべながらそう言ったブラックアイズ。
その隣には、まるでボディーガードみたくジュリエッタが並んでる。
「迷宮回廊って、まさか下に伸びてってるあれか。だとしたら無理だぞ。俺たちは空なんて飛べないんだから、あんなの下りて行こうとしても確実に落っこちるからな」
ダメだな。
今、クシャナさんの仕返しを仕掛けても確実にカウンターでやられる。
ここはひとまず話しに乗ってチャンスをうかがおう。
俺がそう考えてると、ブラックアイズとジュリエッタは俺たちの方に近づいてきて祭壇の縁に立った。
「心配は要らないよ。時間も惜しいことだし、道すがら話そうか」
そう言って空中に足を踏み出すブラックアイズ。
その動作にはなんの迷いも無い。
「え? 普通に!?」
普通に踏み出して、思いっきり前のめりに倒れ込んだ。
歩けないのかよ!
てっきり空中歩行かなにか出来るのかと思った!
と、びっくりしたところでさらにもう一度びっくり。
祭壇の縁から下に向かって落っこちたかと思ったブラックアイズは、祭壇の側面に足をついて水平に立ち止まった。
「お、落ちない……?」
こいつ、やっぱり空中を歩けるのか?
じゃなきゃ無理だろこんなの。
垂直の壁に立ってるんだぞ。
もちろんどこかに掴まったり、ひもでぶら下がったりなんて無し。
正真正銘足の裏だけで壁に立ってる。
「ウチは忍者の家系でね。こういうのが得意なんだよ」
嘘つけ。
異世界人だろ、お前。
ゲオルギウス錬金術の秘奥義って言われた方がまだ信じられるっての。
いや、しょぼいけど。
「あれはただの冗談。この迷宮回廊は足を付けた面が床になるように術式が組み込まれてる。『落ちるより早く壁を踏む』。やって見せるから真似してみて」
「お、おう?」
ジュリエッタに突然そう言われて戸惑う俺。
敵のくせにどういうつもりだ。
まさか俺を罠にはめるつもりじゃないだろうな。
「まず、今、床になってる面の縁に立って、落ちないようにゆっくり足を出してみて」
不審がる俺を気にするでもなくジュリエッタは説明を始めた。
警戒心が無いのか、俺たちなんて脅威だと思ってないのか。
クシャナさんばりに無表情だから考えを読みづらい。
「どうしたの。早くして?」
「あ、ああ」
とにかくここでじっとしてても始まらない。
俺はジュリエッタに言われるままに動作を真似る。
って言うか、わざわざ教えてもらうようなことか?
祭壇の縁で足を出してバランスを取るだけだろ。
で、ブラックアイズはここから前のめりに倒れ込んだよな。
俺も真似してみよ。
「うわ。やっぱ高いな。別に高所恐怖症じゃないけど、なんか吸い込まれるような気が……。あれ。す、吸い込まれる!?」
体を前傾させて祭壇の下を覗き込んだ俺は、まるで体を引き寄せられるような感覚に襲われた。
そう。
まるで誰かに呼び寄せられてるみたいに。
「お、お兄さん。足! 足をついてください!」
うららの咄嗟の声で、俺は慌てて足を動かす。
だけど失敗。
変な姿勢と感覚の狂いで、思わず軸足に力を入れちゃった。
「あ、あ、あ。ヤバイ。お、落ち、落ち、落ち……、てへぺろッ!」
最後はむしろ潔く。
完全にバランスを崩した俺は、そのまま迷宮回廊目がけて転落した。