76話「最奥」
「これは、地下祭壇……、でしょうか?」
「祭壇、って言えば祭壇になるんでしょうけどね……」
階段を下り切った俺たちの前に現れた意外な光景。
それはかなりに広い地下洞窟と、その奥に鎮座する、見るからになにか儀式的な意味を持った人工の大舞台だった。
ただし、地上の建物とは違って和風な造りはしてない。
きれいに切り出した岩で直線的に造形された多段構造。
上に行くほど台の幅が一段一段幅が狭まっていく、頂上の無いピラミッド。
そんなものがどうしてここに造られたのか、それは分らない。
元々、地上の神社自体が神さまだとか英霊だとかを祀った場所だ。
祭壇くらい何個かあったって不思議じゃない。
でもわざわざこんな地下に造ることはないだろう。
大きさだってかなりあるんだ。
ちょっと思いつきでやってみたなんてレヴェルじゃない。
それこそかなりガチの本気仕様。
それも俺の勘に言わせれば諸悪の根源的なやつ。
有り体に言って、黒魔術的な陰湿さのあるいやな場所だ。
祭壇からは天井に向かって赤い光が昇ってるし、周りにはヒトダマ的なのが蠢いてる。
こんなのどう考えてもダメなやつだろ。
「あー、愛理。これってあいつらの仕業? それとも元々こういう場所なのか?」
こういう時はとにかく専門家の意見だ。
いや、愛理はあくまでも錬金術師だけど……。
「まぁ、両方……、だろうね。ここが造られたのにはそれなりの理由があって、だからこそ今回のことに利用された。そういうわけだよ」
そういうわけだよ、とか言われてもよく分からない。
いや、そもそも俺自身、なにを聞こうとしたのかがあいまいだ。
よし、落ち着け俺。
まずは一つずつ整理していこう。
「そもそもここはなんなんだ。やっぱりあれか。神様が眠ってる場所とか、そういうあれか?」
俺の経験から言うと、神殿とか遺跡の地下って言うのは普通そんな感じだ。
そもそも宗教施設だろうがなんだろうが、一番奥には一番大事なものがあって当然なはず。
だとすれば、この、でかい神社の地下祭壇は神様に一番近い場所ってことだろう?
「ぶぶー。修司1回休みー。次の回答権はうららちゃん。正解したら100ポイントで優勝けってーい!」
「え? 私? 答えるんですか?」
おいおい。
いつからクイズになったんだよ。
ていうかうららに振るな。
俺たちと違って真面目なんだからかわいそうだろ。
「えーと、もしかしたら、天国の入り口、とかじゃないでしょうか。今日はみたま祭りですし、死んだ人が帰って来る日だから、そういうのが開いてる場所がどこかにあるのかなって、思ってました……」
案の定、うららは愛理の無茶ぶりにも律儀に対応する。
なんて言うか、ほんともう、いい子すぎ。
「んんー、当たらずしも遠からずだけど正解にしとこっかな。修司だったら不正解にしたけど、うららちゃんだからサービスしとくよ」
一方で愛理は相変わらずの調子だ。
あからさまにえこひいきしたうえ、それを本人たちの目の前で言っちゃうとか。
そういう意味じゃこいつはこいつで素直って言えるかも――、いや、言えないな。
素直にひねくれてる、それが愛理だ。
だから俺も素直に抗議する。
「卑怯だろ、お前。天国で正解なら神さまの居る場所であってるじゃんか」
「それは違うよ。この場合、重要なのは死者降霊の核心ってとこで、ここには神さまなんて居ないんだよ」
神さまは居ない、か。
なんか残念なホッとしたような話だな。
仮に神さまがいてくれたら頼めば事件を解決してくれそうだ。
でも逆にそんなのが黒幕だったらクシャナさんも居ないのに戦えない。
そういう意味じゃプラスでもマイナスでもない事実だな、これは。
「じゃあここは神さまが管理してない天国の出入り口なのか。って言うか、まさかつながってる先は地獄とかってオチじゃないだろうな?」
「だから違うってっば。そんなんじゃなくって、ここは世界構造の臨界点なんだよ」
「なんだそれ。臨界点なんていかにもヤバそうな名前だけど大丈夫か?」
雰囲気的にもっとスピリチュアルな話かと思ったけど、『臨界』って言葉はなんか方向性違くない?
「心配いらないよ。下手なことしなきゃたいした害はないから。まぁ、下手なことしたらボクらの存在性が不可逆反転を引き起こして観測不能な非現象的実在に落ち込んじゃうんだけどね」
「なんか意味分かんないのにすっごい怖そう!」
愛理は錬金術師のくせに使う用語が現代的だ。
そのせいか、こいつが話す不吉な内容には変なリアリティがあるんだよね。
「まぁ、完全な物理現象って意味じゃ神さま以上に融通が利かないからね。いったんそういう状態になったら、たとえクシャナちゃんでも抗う術はないよ」
「マジかよ。クシャナさんでも無理って、俺たち相手はいったい何者なんだよ……」
神さまでもないのにクシャナさんより強いなんてどうなってんだよ。
そんな危ないのが地下とは言え東京のど真ん中に居ちゃダメだろ。
「分かんないかな。居るとかいないとか強いとか弱いとかじゃなくて、ボクたちが対峙してるのは『世界そのもの』なんだよ」
愛理はそう言って、俺たちの方を振り返った。