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75話「小さな約束の旗」

「ちょっと待ってちょっと待ってタイムタイム!」


 本殿の中に突入してものの5分。

 早くも限界を感じた俺は切実な願いとしてテクニカルタイムを要求した。

 え?

 情けないって?

 仕方ないんだって。

 思ってもみなかった障害にぶつかって、メンツなんて気にしてられないんだから。


「次が来るわ。修司、頼んだわよ!」

「いや、だからちょっと休憩をぶふッ――」


 なんとか時間を稼ぎたかった俺に、新手の敵が容赦無く襲い掛かって来た。

 相手はゴースト。

 最初に見た骸骨のやつとは違う普通の人間の幽霊。

 見た目は着物を着た20歳そこそこの若い女。

 そいつが絶叫顔で俺に向かって突進。

 そのまま体の中に入ってくる。


「ぎゃーーーー!」


 次の瞬間、俺は自分の意思とは無関係に叫び声をあげてた。

 同時に首に感じる強い圧力。

 絞められてる!

 これは首を絞められてる!


「ぐ、ぐるじい……」

「修司! 早くレトリックを使わないと死んじゃうよ!」

「チンタラすんな、ボウズ。さっさとしろ!」


 簡単に言ってくれるよ、見てるだけの人は!


「レ゛、レ゛ドリ゛ッグ。マ゛イ゛オ゛ージズッ」


 効果減衰機能マイオーシス。

 小笠原に行く前に追加された、あらゆる事象の効果を半減させる新機能。

 俺はこれを自分に掛けてダメージを軽減する。


「ぷはぁッ――」


 マイオーシスを発動した途端に喉の圧迫感が楽になる。

 さすがレトリック。

 正露丸だってこんなにすぐは効かないよ。

 なんてそうこうしてるうちに、女のゴーストが俺の体からスッと抜け出て上に昇る。

 それから天井の辺りに柔らかい明かりが生まれて、女ゴーストはその中へと消えて行った。


「なんとか成仏しやがったか。まったく、いちいちああやっててめぇの死に際を再現させてやらねぇといけねぇのは手間がかかり過ぎだぜ。いっそまとめてぶっ飛ばしちまった方が手っ取り早ぇんじゃねぇのか?」

「だ、だめですよ。あの幽霊さんたちは元々ここで供養されてたかわいそうな人たちじゃないですか。それを一方的に消滅させるなんて、ひど過ぎます」


 そうなんだよね。

 さっきからああやってゴーストが襲って来てるけど、あれは別に敵の側の魔物ってわけじゃないらしい。

 ここは大きな神社だけあって、たくさんの仏さんが眠ってる。

 困ったことに、その一部が今回の騒動で呼び覚まされて、暴走状態で手当たり次第に憑りついてるんだって。

 しかも憑りつかれた人間は自由を奪われるけど、元々は悪霊ってわけじゃないから魔法だとかで倒しちゃうわけにもいかない。

 かと言って、お祓いとかで除霊なんて論外だ。

 だって時間がかかり過ぎるからね。

 ゴーストはまだまだあちこちに居るのに、今の俺たちには全部に対してそんなことしてる余裕はない。 

 じゃあどうするか。

 答えは簡単。

 一回取り付かれてほっとけば、ゴーストが死んだ状況を追体験させてくれる。

 不幸な死に方をしたゴーストは、そのことを理解してもらえたら案外それだけで自発的に成仏してくれるんだってさ。

『そんな簡単なことで?』って思うだろ。

 ところが残念。

 世の中そんなに甘くない。

 死に様を追体験するってことは、最終的には同じ死に方をさせられるってこと。

 そう。

 俗に言う『取り殺される』ってやつ。

 だから誰も付き合ってあげられない。

 でももっと最悪なことがある。



 俺 の レ ト リ ッ ク な ら 、 受 け る 苦 し み が 半 分 で 済 む 。



 効果減衰機能のマイオーシスを使えば、半分の苦しみを味わうだけでゴーストを成仏させることが出来る。

 出来ちゃう。

 出来てしまう。

 それが俺が矢面に立たされてる理由だ。


「て言うかこれやっぱりなんか違くない? 具体的に言うとチーム内の負担にえげつない偏りがあるんだけど?」


 本殿に突入した俺たちは、扉や廊下を通って神社の奥殿を目指してる最中だ。

 そして俺はここまで来るのにすでに5回分の死に様を体験してる。

 斬殺され、焼殺され、毒殺され、撲殺され、絞殺された。

 いくら痛いのが半分って言っても、これだけ味わえば普通につらい。

 むしろいつまでもこんなのが続くんだったら死んだ方が楽かも。

 そしてこんな作戦を立てた愛理に祟ってやるんだ。


「まぁ、まぁ。それだけ修司が頼りがいがあるってことだよ。よかったじゃん。こんなに可愛い女の子たちの前で活躍出来てさ。すごいなー。かっこいいなー。惚れちゃいそうだなー」


 こいつはほんと悪気なさそうに言ってくれるよ。

 て言うか責任ごまかそうとしてるだろ、これ。


「お前な、おだてるならおだてるでもっとちゃんとしろよ。いっつもいっつもそんな適当で誰が騙されるんだよ」

「んんー。別にうそついてるわけじゃないよ。ただし、惚れちゃいそうなのはボクじゃなくてうららちゃんだけどね。ね?」

「な、なな、なんで私ですか!?」

「ふふーん。やっぱりうららちゃんは分かりやすいなー。修司にくっついてこんな危ないとこまできちゃうんだから、今どきこんな健気な子に巡り合えるなんて、ガチャで言ったらSRを引いたみたいなものだよ」

「なんの話だよ、なんの。あんまり変なこといってうららを困らせるなよ?」

「べっつにー。ただこれでなんのご褒美も無しじゃちょっとかわいそうだと思ってねー」

「い、いえ。私はべつにお兄さんになにかをしてもらおうなんて……」

「いいから、いいから。こういうのはちゃんと要求しないと、どーせ修司はなにもしてくれないんだから」


 なんかダメなやつみたいだな、俺。

 別に、こういうのは持ちつ持たれつだと思ってるだけで、感謝もお礼も出来ないわけじゃないぞ。


「あ、そうだ。せっかくだから白夜ちゃんもなにかしてもらえば? この中じゃ一番がんばってるんだから修司は断れないと思うよ?」


 ああそうだよ。

 白夜には世話になりっぱなしだ。

 だからなにかお礼しないと、ってのは当然だ。

 でもそれを外野からあえて本人に教えるあたり、愛理はほんとに性格がいいとしか言いようがない。

 この悪魔め。


「そうね。愛理の言う通り、せっかくだからなにかしてもらおうかしら」


 ほら。

 さっそく白夜がその気になっちゃった。

 こいつはこいつでけっこう読めないからな。

 どういう要求されるかちょっと怖い。


「遊園地……」

「え?」

「遊園地に行きたいわ」

「遊園地って、本物の?」

「そうに決まってるじゃない」


 それってつまり遊びに連れてけ、ってことだよな?

 べつにいいんだけど、なんか普通。


「んふー。いいこと考えたね、白夜ちゃん。でもそれじゃまるでデートみたいだし、やっぱり変なフラグ立っちゃったりして」

「それはお前がさっきしかけてきた罠だろ。言っとくけど、行くなら行くでクシャナさんもいっしょだからな。フラグも立たないしバッドエンドルートには入らないっての」

「ふーん、そう。それならボクもその話に便乗しようかなー。修司と遊園地なんて、もしかしたら面白いものが見れそうだしね」

「あのなぁ、お前、俺が絶叫マシンとかお化け屋敷とかでビビると思ってるだろ。だとしたら俺の異世界クライシス歴を見くびり過ぎだぞ」


 なんたって向こうはガチの修羅場の連続だからね。

 実際、何度死にかけたか分からない。

 それに比べたら遊園地のアトラクションなんておままごとだ。


「あーはん。それじゃあ千葉にあるくせに東京って名乗ってる有名なとこにみんなで行こうよ。そこで修司にどれくらい勇気があるか調べてあげるよ。どう、面白そうでしょ? 白夜ちゃんもそれでいい?」

「べつにいいわよ。そもそもクシャーナの同伴なら何人で行っても同じだもの」

「おっけー。うららちゃんは?」

「え? っと、い、行きます!」

「決まりだね。いやー、楽しみだなー。そうと決まればこんな騒ぎさっさと静めちゃおっか」


 俺には返事を聞くこともせず、愛理は頭のうしろで手を組んで子供みたいに無邪気に歩いていく。

 さっき自分でヤバイ状況だって言ってたのにこの態度。

 豪胆と言うかなんと言うか、ほんとこいつの図太さはたまに感心しちゃう。

 でも、だ。


「静めるったってどうするんだよ。俺たちはまだくわしいこと聞いてないんだぞ?」


 愛理はさっきから独断で俺たちを奥へ奥へと引っ張っていってくれてる。

 それはもちろんこの事件の核心に向かってるってことになるんだろう。

 愛理とは付き合いが長いから、その程度のことなら言われなくても分かる。 

 だからクシャナさんだってあの場を任されてくれたはず。

 でも怖いんだよね。

 だって愛理はびっくり箱でも時限爆弾でも平気で手渡してくるから。


「まぁ、それはすぐに分かるよ。ほら、あそこ」


 愛理の向かう先、そこには屋内なのに、いくつも連なった鳥居の中を下に降りて行く階段があった。

 なんか雰囲気的にもすごく怪しい感じ。


「じゃあ行こうか。たぶんあそこに本物が居るはずだから――」


 案の定、愛理はことも無さげに爆弾発言を言ってのけた。

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