74話「責任」
「ねぇ、ほんとに入って大丈夫? 中がどうなってるのか分からないわよ?」
クシャナさんにあとを任せた俺たちは、愛理に命令されるままゲオルギウスが出て来た神社の本殿の前に立ってる。
神社って言ってもその辺にあるような一戸建てみたいなのじゃなくて、建物が何個も廊下でつながってる立派なやつ。
そのひと際偉そうな建物を前に、俺たちは内部への侵入を企んでる。
もちろん愛理の命令で、だ。
「だからだよ。中がどうなってるか調べるために実際に中に入ってみようって話だからね。最初から分かってるならここまで来る意味ないでしょ」
「で、でも罠とか待ち伏せとか人体への悪影響とか、やっぱりそういうのがあるんじゃないでしょうか?」
「まぁねー。そのために修司っていう生贄、じゃなくて、実験台、じゃなくて、囮、じゃなくて、ボディーガードを連れて来たんだよ」
「どっちにしろ盾じゃねーか。せっかく白夜がいるのに俺を無駄死にさせようとすんな!」
「んんー、白夜ちゃんばっかりこき使って悪いかなって思って」
「だからってひどいだろ。俺にだってなにかあったら悲しむ人だって居るんだからな。あとでクシャナさんに言いつけるぞ?」
「ほら。そうやってまたクシャナちゃんを引っ張り出して。まったく修司は甘々だよ。ボクにクシャナちゃんに白夜ちゃん。どんどん甘える相手を増やしていってるんだから。この調子じゃそのうちにうららちゃんにまで甘えだすんじゃない?」
「別にそんなんじゃないって。クシャナさんは家族だし、お前らとも仲間なんだから協力するするのが当たり前だろ」
だよな?
別に変じゃないよな?
「またまたー。そんなこと言って、修司ってばいっつも甘やかされてるからすぐに誰かに頼る癖がついちゃってるんだよ。頼りになる人が周りにいっぱい居るからっていって、助けてもらってばっかりじゃ解決しないことだってあるんだからね?」
「なんだよ。今そんなこと言わなくてもいいだろ……」
愛理はいつも言いたいことははっきり言うけど、今日は一段と厳しめだ。
なにもこんな時に説教なんてしなくていいと思うんだけど――
「とくに今回はゲオルギウスにまつわる問題だからね。修司やボクにとっては他人事じゃないんだし、だからこそ今回ばっかりは他力本願じゃいけないんだよ」
まさしく正論だった。
俺たちはゲオルギウスの錬金術を研究して改良して、その恩恵に与かってきた。
それもただの技法じゃなくって、その生涯の集大成とも言える魔導器『レトリケー』の恩恵に、だ。
愛理の手で新生『レトリック』として生まれ変わったそれは、俺と融合してそれこそ何度となくピンチ切り抜けるのに役立った。
異世界に飛ばされた俺が生きてこの世界に戻ってこれたのは、クシャナさんんとレトリックがそろってたからだ。
どっちか片方だけでも欠けてたら俺は間違いなく死んでたね。
それだけ過酷だったし、それだけ助けられてきたってことだ。
愛理はそれを一番近くで見て、色々と手伝いもしてくれた。
むしろレトリックの開発者だけあって、ゲオルギウスのすごさを誰よりも分かってるのかもしれない。
俺やクシャナさんや、下手をすれば実査に弟子だった連中よりも。
「ボクの予想が正しければ、あの白い人たちはこの世界に対してけっこう厄介なことをしてくれたかもしれないんだ。しかもあんなのでもゲオルギウスの錬金術の継承者だからね。そうなると、最悪それに対抗出来るのは修司のレトリックだけかもしれない。だからここから先は修司には本気になってもらうよ。いい?」
つまりそういうことだ。
これなら愛理がマジになるのも仕方ない。
俺だってゲオルギウスが夢破れた理想の探究者だってことは十分に分かってる。
なにより他人に騙され、裏切られ、利用され、それでも誰一人見捨てなかったお人よしだってこともだ。
すべての人を不条理から守ると誓い、そのくせ自分に降りかかる不条理だけは当然のように受け止めた。
希代の天才にして、希代の大ばか者。
そんな男のすべてが詰まった魔導器が今この手の中にあるんだから、その馬鹿正直な信念を、俺は引き継がざるを得ない。
「今さらいいも悪いもないだろ。俺もお前もずっとゲオルギウスの影を踏んできたんだ。この状況で尻込みするくらいなら、レトリックなんてとっくの昔に投げ出してるっての」
どっちにしろこのままだと色々ヤバそうなのは事実だ。
愛理がなにに気づいたのか具体的なことはあとで聞くとして、レトリック必要なら俺はやれるだけやるしかない。
なぜなら――
「俺がレトリックだ!」
そう。
それが理由だ!
「急になに言ってるの?」
俺のあふれだしたやる気に対して、愛理があきれたような視線を投げつけてくる。
いいんだ。
こいつが塩辛いのは今に始まったことじゃない。
俺は人間性を問うようなジト目を背中に受けつつ、木でできた階段を駆け上がる。
そこにあるのは時代掛かった金具で装飾された一対の引き戸。
俺はそれに手を掛けてためらうことなく一気に開く。
さぁ、俺が相手してやるからなんでもかかって来い!