73話「幽鬼の如し」
クシャナさんが距離を取ったことで、戦いは一時的なにらみ合いになった。
このまま攻撃を続けてもいたずらに被害が広がるだけだしね。
実際この神社の境内もひどい有り様だ。
周りに生えてた木だとか、絵馬を飾ってた掲示板みたいなのだとか、そういうオブジェクト的なのは根こそぎ壊滅。
地面もデコボコで、場所によってはクレーターが出来たり陥没しちゃってたりしてる。
本殿は一応まだ残ってるけど、あれはゲオルギウスとクシャナさんの2人がそれぞれ気を使った結果だと思う。
いまだに空に向かって光を発してるし、壊しちゃったら絶対ヤバイよね?
「クシャナちゃん、どう? どんな感じ?」
「悪くはありませんよ。相手の攻撃は見切れていますし、黄金化も当たらなければ問題ありませんから敵としてはたいして強いとも思いません」
「そっか」
「ただ、攻撃を命中させても手ごたえがまるで無いのが気になります。再生能力の高い相手を倒すのには時間がかかるのは仕方ありませんが、それにしてもそもそもダメージを与えた感触がありません」
変な話、なのかな。
ダメージを与えた感触なんて、そもそも物理攻撃じゃないとわからない気がする。
たとえばゾンビでもヒュドラでも、殴ったり斬ったりすればそれなりに手ごたえがある。
でも銃だとか魔法だとかの射撃系の攻撃だと、当然そういったものは無いはずだ。
それか、クシャナさんが言ってるのが、そう言った反動的な意味の物理の問題じゃないのか。
クシャナさんはバリバリの捕食者だから、狙った獲物の弱り方には敏感なはず。
もちろんたいていの生き物や魔物はクシャナさんの敵じゃないけど、最後の抵抗をうっかりもらわないともかぎらない。
だからそういうところにちゃんと気を使わないとだめって、いつだったかクシャナさんに言われたことがある。
どんな相手にも慎重なところがクシャナさんらしいよね。
だから、今だってゲオルギウスのことをよく観察してるんだと思う。
そのうえでなにか違和感を感じたんじゃないかな。
いや、逆か。
動きが鈍ったり、攻撃の圧力が弱まったり、再生スピードが下がったり。
直接戦って攻撃し続けてて、でもそういうのが感じられなかったのかも。
「そもそも私にはあれが生き物には思えません。『ゲオルギウスを復活させた』と言うのが白い男たちの言い分でしたが、それは『人間として正しく』という意味を含んでいたのでしょうか?」
そう言ってクシャナさんはゲオルギウスを見た。
相手の正体を見極めようとしてるのか、それとも単に敵の出方をうかがってるのか。
少なくとも、ああやって特に攻撃してくるわけでもなくただ立ってるだけのゲオルギウスは、俺には普通の人間に見える。
とは言え、それは『見た目の上は』ってだけの問題だ。
生前のゲオルギウスはあんな不死身じみた再生能力を持ってなかったはずだ。
俺が知るかぎり、つまり愛理が文献を解読したかぎりは、だけど。
仮にもしそうでないなら、歴史に残されたあの錬金術師の生涯に色々つじつまが合わなくなる。
一度失ったものは取り返せない――
それがゲオルギウスの錬金術の大前提。
だからこそ、あいつは天才のくせに『すべての不条理を打ち倒そう』なんてばかなこと考えた漢なんだから。
「おいおい、マズイぜ。あの野郎、この状況でこっちを無視してどこかへ行くつもりだぜ?」
ゲオルギウスがなにを考えてるのか、ほんとにわからなくなってきた。
攻撃してこないと思ったら明後日の方向に歩き出してるし。
仕切り直しのインターバルで、なにナチュラルにお疲れちゃんしようとしてるの?
クシャナさん相手にこんな無気力プレーありえないだろ。
「あの通り隙だらけで攻撃しやすいのですが――」
クシャナさんがゲオルギウスに向かって雷撃を放つ。
そして、やっぱり躱そうとしなかったゲオルギウスは体の半分を吹き飛ばされる大ダメージ。
無反応とかマジであり得ないんだけど、あり得ないのはゲオルギウスの回復力も同じだ。
「――この通り、何事もなかったかのように元通りになる様子は、やはり生き物と言うには不自然に思えます」
クシャナさんが喋ってるあいだにも、ゲオルギウスはいったん黒いドロドロ状態になってから、すぐにまた元の姿を取り戻した。
たしかにこれは普通の人間に出来る技じゃないよね。
「それにさっきから周りの人間をまるで歯牙にもかけないのもおかしな話です。かつての弟子たちにも敵である私にも、状況に反応こそしてもそこに興味を持っているようには見えません」
そう言ってるそばからゲオルギウスはまた歩き出してどこかに行こうとしてる。
ほんとに俺たちにはなんの興味も無いみたいだ。
「ほんとにどういうつもりなのかしら。私たちの相手をするよりよっぽど大事なことがあるってことなの?」
「やっぱりさっきの白い人たちの言ってた大願成就とか理想が成されるとかが関係してるんじゃないでしょうか? そのためにわざわざ復活したみたいですし、よっぽどやりたいことがあるんだと思いますけど……」
ゲオルギウスのやりたいこと、か。
そう言われてもなんだかな。
はっきり言ってあの調子からはそんな目的意思は感じない。
ただフラフラ歩きながら周りを金ぴかに変えてってるだけだ。
誰に話しかけられても喋りもしないし、復活した魔王みたく聞いてもない自分の野望を語りだしたりもしない。
だいたい復活したのだって白ローブの連中が勝手にやったことだろうし、本人が望んでたってわけでもないじゃない?
復活させた連中が全滅した今となってはその辺の詳しい事情は闇の中的な気がするけどたぶんそう。
逆に、ゲオルギウスが自分の置かれた状況になんの戸惑いも感じてなさそうな方が俺には気になるけどね。
「おっけー。それじゃあクシャナちゃん、悪いんだけどもう一回ゲオルギウスの相手をしてあげてよ。ただし、今度は倒そうとしないでいいから、どこかに行っちゃわないように出来るだけ時間を稼いでね」
なにが『おっけー』なんだか、ひとしきり考え込んでた愛理が唐突にクシャナさんに指示を出した。
「それはつまり足止めに徹しろ、ということですか?」
「うん、そだよ。ちょっと調べたいことがあるんだけど、そのあいだあれをほっとくと街まで行っちゃうだろうからね。東京なんて黄金郷みたくしちゃっても本物のゲオルギウスは喜ばないのは間違いないし、とにかくここから出ちゃわないように食い止めててよ」
「本物の、ということはやはり――」
「だと思うよ。論理的にそう推論するに足る判断材料は十二分そろってるし、そう結論しない方が論理に反してるよ。まったく、死んでまで他人に煩わされるなんてゲオルギウスはほんとに苦労人だよね」
愛理はそう言いつつ両手を軽く上げてやれやれのポーズだ。
ずいぶんあっさり他人事みたく言っちゃってくれてるけど、めちゃ核心的事実じゃねーか。
「おい、愛理。どういうことなのかちゃんと説明しろよ!」
「いいから、いいから。クシャナちゃん、そいうことだから修司は借りて行くからね。ほかの人もこっちだよ。残ってもどうせクシャナちゃんの足手まといなんだから、ちゃっちゃっとついて来てボクを手伝う手伝うー!」
そんなこんなでいつもの自己チューっぷりを発揮しだした愛理に背中を押されて強制移動させられる俺プラスその他メンズ。
こうなるともう愛理が状況を解決してくれるのに期待するしかない。
いや、マジで頼むよ?