70話「彷徨える未練」
閃光と轟音。
神社の本殿を取りか囲むようにして俺たちの前に立ちふさがった壁は、クシャナさんの雷撃一発でもろくも崩れ去った。
まぁ、クシャナさんの攻撃力の前にはただの壁なんて最初から無いも同然だ。
だけど実際壁を壊さないことには、俺たちは林の中から本殿の前に出られなかった。
だからちょっと目立っちゃったかもだけど仕方ないよね。
別に白夜に任せてもよかったんだけど、クシャナさんが自分から壊したからには問題無いって判断したんだろうし。
そんなこんなで土煙の舞う中、壊れた壁の瓦礫を越えて、俺たちは境内へとたどり着いた。
向こうには空に向かって光を放つ本殿が見える。
なんか屋根の一部が壊れちゃってるよ。
ビームだからとか?
「待ち伏せしてるとは思ってたけど、なんて言うか、さっそくだね」
砂煙が風に流れて視界がクリアになったときそこに姿を現したのは、いつか俺を尾行したうえに襲ってきた白ローブの連中だった。
人数にして6人。
前回とぴったりいっしょの数。
相変わらず仲がよさそうでなによりだ。
「時は来たれり。巡り巡ったこの因果、我らとお主がここに今一度あいまみえたのは必然。大願成就、手伝ってもらおうぞ」
そう言ったのは、他の白ローブたちの先頭に立つリーダー格の男。
縫い付けられた両目からそれでも注がれる視線を考えれば、それが俺に向けられた言葉なのは間違いない。
そもそも前に会った時もなんか似たようなこと言ってたっけ。
「あんたらも懲りないよね。前にも俺を連れて行こうとして失敗したくせに、いまだになんか企んでるの?」
だとしても最悪のタイミングで出て来たと思うよ。
なんたって今、俺の横にはクシャナさんが『誘拐犯は許しません』って無表情をしてスタンバってるから。
たとえ俺になにかしようとしても絶対に成功しないって。
「企みとは無粋な物言いよ。我らがの目的はあくまでも貴き理想の成就。この世、不条理なる業を滅し、もってこれを救世と為す。俗な奸計の如きと同列にしてくれるな」
クシャナさんの前に敵として立つ意味を分かってないのかな?
リーダー格の男は堂々と突っ立ったまま、いまいち意味の分からないことを言った。
「よく言うよ。理想とか救世とかなんとか言ってみんなを襲っといて、言ってることとやってることが違ってんじゃん。今までもそういう系のやつらは居たけど、『多少の犠牲はしかたない』なんて理屈、俺は認めないね」
「勘違いしてくれるな。我らは誰も殺めておらんし、ことさら犠牲を強いるつもりもない」
「するつもりはない、ってしてるじゃん。ここに来る途中、倒れてる人いっぱい居たって」
「案ずるな。あれは再創世に先んじて、新世界に不要なる『根』を見定めているだけのこと。吟味が済めば浄化したのちに我らが楽園へと迎え入れられる」
「再創世?」
再ってことは『再び』ってことだろ?
じゃあ『再び』『創世』するってどういうことだ?
『根』とか『浄化』とか言ってるけど、そのあとに『楽園』に行けるって言うのも気になるな。
「へぇー。なるほどねー。ずいぶん盛大なお祭り騒ぎを始めたと思ったら、結局、君たちはそこなんだね。本人はとっくの昔に死んじゃってるのに、いまだに生前の後追いをしても喜ばないんじゃないの、ゲオルギウスは?」
俺が白ローブの言葉の意味を考えてると、いつの間にか後ろから出て来た愛理が相手を見透かしたようにそう言った。
って言うか、危ないから俺より前に出ちゃダメなんだけど、それよりもゲオルギウスだって?
「我らが師を安易に論じてくれるな、天能寺愛理。お主はあの偉大なるお方の創造物を偶然手に入れただけの錬金術師にすぎぬ。縁もゆかりもないその身の上で、かの崇高なる志を理解出来るはずもない」
「ぷぷー。そんな大仰に祭り上げてる時点でゲオルギウス本人の気持ちなんてほったらかしてるくせに。自分の知らないとこで思想を曲解されたんじゃ、さしもの理想家もたまったものじゃないだろうにね」
「それこそ要らぬ心配よ。理想を具現し得るのは、理想を真に理解する者のみ。故に我らは自ら光になろうなどと思い上がりはせぬ。我らはただの火打石。一度は消えた希望の光を再び灯す者なり。分かるか、天能寺愛理。ゲオルギウスの夢見た理想は、ゲオルギウスによって成される。今日、この日に!」
その言葉は雷鳴だった。
稲妻みたいに駆け巡って、俺たちになにかとんでもないことを予感させた。
違う。
もちろんそんなのはただの錯覚だ。
たけど、思わずそう感じちゃうくらいドンピシャのタイミングで、神社の本殿が光に包まれたんだからしかたない。
「機は熟せり。我らが師にして偉大なる理想の追求者の再臨である」
そう言うと、白ローブたちは一斉に本殿に向き直る。
敵の俺たちに背を向ける形なうえに、膝までついて頭を垂れてるんだ。
無防備もいいとこなんだけど、こっちにしてもそれをチャンスにして攻撃出来なかった。
本殿の大戸が開いて――
中からゆっくりと――
そいつが姿を現した――
ああ。
ヤバい。
あれは絶対よくないやつだ。
一目見た瞬間、俺はそう直観した。