69話「憎しみと慈しみ」
思えば愛理は昔から物怖じしないやつだった。
怖いもの知らずと言うか、自己中心的と言うか、ふてぶてしいと言うか……。
とにかく誰にでも平気でタメ口だし、言いたいことははっきり言う。
それはクシャナさんに対しても最初からそうだったたし、クシャナさんもそんな愛理の言うことには不思議と耳を貸すことが多かった。
愛理の性格は、はっきりいってマナーにうるさい相手だと怒られること間違い無しだ。
でもクシャナさんはそういったことをまったく気にしないどころか、愛理の中になにか信頼出来るものを見つけてるんだと思う。
そしてそういう予想を持ってるからこそ、愛理がクシャナさんをうまく説得してくれるんじゃないかって、俺はちょっと期待してたんだけど、
「ボクはね、修司が電話で『どうしても美少女天才錬金術師の愛理ちゃんにしか頼めないことがあるから』、って言うからここまで来たんだよ? それなのにいまさらこのあいだの喧嘩の続きなんて始められても困っちゃうよ」
なんだって?
俺ってそんなこと言ってたのか!
ってそんなわけない。
こいつ、喋り始めたと思ったらさっそく変なこと言い始めたぞ。
どうする、放置するか?
いや、ほっとくとそれはそれで調子に乗りそうだからな。
様子を見るつもりだったけどこうなったら仕方ない。
仕方なく俺は始まったばっかりの二人の会話に割って入ることにした。
「おい、愛理。俺はたしかにお前に来てくれるように頼んだけど、別に美少女なんて言ってないだろ。それなのになに勝手に他人のセリフを都合よく異化してくれてるんだよ」
「言ったの。って言うか今からでも言えばいいの。まったく修司はクシャナちゃんとか白夜ちゃんのことはすぐに褒めるくせに、ボクのことはちっとも褒めてくれないんだから。ボクだって修司に可愛いって言われたいのに、ズルいよ。差別だよ。ぷりぷりだよ」
「なに言ってんだよ。よくわかんないけど、そんなの今言うことじゃないだろ。頼むから真面目にやってくれよ」
いや、ほんとほんと。
実際、愛理はけっこうむちゃくちゃなところがあるけど、それにしても今くらいは自重してほしい。
って言うか、ほんとにいったいなに考えてるんだか。
「ええー。どーしよっかなー」
「どうしようかじゃなくて、ここからはほんとにお前の協力が要りそうなんだって」
「それってー、つまり修司はこれからあの変な光を出してる神社の本殿に乗り込むってことだよね?」
「ああ。そのつもりだぞ?」
「そうなると当然、敵のボスとか出て来たりするわけでしょ?」
「たぶんな」
「そんなに簡単に言うけどさー、なにが出て来るかわからないのに、修司がちゃんと勝てるか不安だなー、ボク」
「いまさらそこかよ。俺ってそんなに頼りないか!?」
そう言うところは納得したうえでここまで来てくれたと思ってたのに、こんなギリギリになって言い出すとかマジ勘弁。
「だって相手がどう出てくるかわからないもん。いくらレトリックがあるって言っても、修司一人で対処出来るとは限らないからねー」
「俺一人でダメでもみんなが居るだろ。全員でがんばればなにがあっても大丈夫だって」
「それはどうかなー。だってクシャナちゃんはこっちに残るんでしょ? 思ったより敵が強かったら、もしかしたら修司がやられちゃう可能性だってあるわけじゃない?」
愛理のその言葉にクシャナさんが無表情に少しうろたえた。
やっぱり俺のことを心配してくれてるらしい。
でも俺が気になったのはクシャナさんの反応より愛理の言い方だった。
なんだろう。
さっきからすごくわざとらしい気がする。
露骨に白々しくて意味深な、どう考えても含みのある喋り方。
なにか企んでるのは明らかだ。
「ってことでちゃんとチーム分けしようよ。本殿に乗り込んでボスを倒すチームと、ここであのおじさんといっしょに追手を食い止めるチーム。戦力の割り振りを間違えると、あとで痛い目見ると思うよ」
「それはそうだろうけどさ。じゃあ、どうする……?」
言われても俺はその手の計算は苦手なんだよね。
なにを基準に判断したらいいのか分からないから、だいたいのフィーリングで決めるしかない。
「当然、私はあんたといっしょに行くわよ。小笠原であんまり役に立たなかったぶん、今日はしっかり盾になってあげるから覚悟しなさいよ」
「守ってくれるってわりに覚悟ってどういうことだよ!? なんかあとで埋め合わせとか怖いよ!?」
とは言え愛理の安全確保も必要だし、白夜の存在は心強い。
そのうち、なにかの形で対価を求められる可能性を考えなければ、今この瞬間には反対する理由なんて1つも無い。
将来への不安込みで残当、残当。
「わ、私もいっしょに、行きたいですっ……」
俺が白夜の同行におおむね納得してると、今度はうららが声を上げた。
それは歯切れ悪いくせにどこか思い切ったような、言ってみればちょっとキョドってるのに近い声質だった。
「白夜さんと違って強くもないし、美人でもないですけど、それでも、お、お兄さんのお傍に置いてもらえるなら、私っ、精いっぱいがんばります!」
「お、おお? すごい気合いだけど美人かどうかは今関係ないって言うか、うららだって守ってやりたくなるくらい十分かわいい、って違くて――」
うららのどこか空回るような気迫に押されて、俺はどうするべきか迷った。
白夜とうららの現時点での戦闘能力の差はハッキリとしてると思う。
もちろん、うららだって弱くはない。
年下だし才能もあるっぽいし、将来的にはまだまだいくらでも伸びる術士だろう。
ただ現状ではまだまだそつがないって言うレベルに思える。
術式の構築も速いし安定感もあるんだけど、今ひとつ突出したものが無い感じ。
もっとも、そんなこと言い出したらそもそも白夜が反則的なんだけどね。
本人は、小笠原でデウスの魔力ブレスを最後まで受けきれなかったことを気にしてるみたいだけど、俺なんかレトリックを使っても一発も耐えられないから。
だから白夜と2人で並べちゃうと大抵は誰でも、ね。
「えっと、そうだな……」
うららに付いて来てもらうべきか残ってもらうべきか、どっちが正解なんだろう。
せっかく自分から手を挙げてくれたのに、ここで断るのは心苦しいけど……。
「いいじゃん。連れて行ってあげれば?」
「え?」
やたら軽いノリでそう言った愛理を、俺は思わず見た。
「バランスだよ、バランス。ボクたちの中で遠距離が得意な人は2人でしょ。だったら片方はいっしょに来てもらって、もう1人は残ってもらわないとさ」
それってつまり、うららと緒方大尉のことか。
言われてみれば、二手に分かれるならこの2人には分散してもらった方がいいのか。
「それに修司といっしょに居たいって言うんだから、置いてけぼりはかわいそうだよ。いやー、修司ってば愛されてるなー。うららちゃんに白夜ちゃん。この状況で両手に花なんて、エンディングは誰ルートなんだろうね?」
「はぁ? なんだよ、それ」
だからなんでそんなに白々しいんだよ。
俺たちと一緒に行くってことは愛理の護衛にも関わるんだぞ。
それをこんなに適当に決めるとか、さっきと言ってること矛盾してないか?
「ってことで、こっちチームは残りあと1人かな。真面目な話、敵がどれくらい強いか分からないから、しゅ、う、じ、を完璧にサポート出来るひと限定だよ」
しかもこの調子だよ。
急に真面目にとか言って、しかも俺の名前なんか強調して。
もしかしてこいつ情緒不安定なんじゃないか?
「よくわかんねーけど、なんだったら俺がいっしょに行ってやっても――」
「はい、却下ー」
「あ゜あ゜!?」
キック早いな。
でも理不尽な追放はネトゲ―にはよくあるからパンク兄ちゃんもあんまり気にしちゃダメだ。
と、俺は思うんだけど、当の本人は愛理に対して猛抗議。
「なんで俺だけ却下なんだっつんだよ! 理由を言え、理由を。こっちだってだりーのを承知で力貸してやろうってのにどう言う基準だ、コラ。あの二人にゃそっこーOK出したくせに違くねーか!?」
「えー。だってガラ悪いし頭悪そうだし、強くてしっかりしてるあっちの2人とは頼りがいが違うんだもん」
「俺のどこが頼りねーっつんだよ!」
いや、揉めてる場合でもないと思うんだけどね。
俺たちほんとは急がないといけないはずだし、天蝉だってなんでか分かんないけどずっと待ってくれてるし。
まぁ、時間さえ稼げればなんでもいいと思ってるパターンかもだけど。
「と、に、か、く、修司のサポートが完璧に出来る人じゃないと参加は認めないもんねー」
「じゃあ俺がダメなら誰ならいいんだよ。言っとっけどな、残りメンツの中じゃ足の速えー俺以上にサポート向きのやつなんざ――」
「私が行きましょう」
「え?」
パンク兄ちゃんの主張を遮ったのは、いつにも増して凛としたクシャナさんの声だった。
「私がいっしょに行って、修司を守ります。それで構いませんね?」
クシャナさんはそう言って愛理とパンク兄ちゃんの2人を見る。
その表情は一見していつも通りの無表情。
だけど、俺にはクシャナさんの意思が少しだけ強く見て取れた。
「うん。じゃあ最後の1人はクシャナちゃんでけってーね。あとの人たちはここでロボットを全部やっつけてから追いかけて来てよ」
クシャナさんの言葉をあっさりと受け入れた愛理は、急に真顔になって話しを締めた。
今まで白々しく騒いでたくせに、それはなんだか妙に淡泊な幕の引き方だった。
「お、おい。まだ俺の話しは終わってねーぞ……?」
愛理のあんまりな態度の急転換に、パンク兄ちゃんも勢いを失いつつも食い下がった。
「そう? クシャナちゃんは一人で怪獣倒せるくらい強いけど張り合ってみる? 具体的に言うと、また怪獣っぽいのが出て来たらクシャナちゃんの代わりに1人で戦ってもらったりするけど、出来る?」
いや、それは無理だろ。
いくらクシャナさんとのラス1枠争いだからって要求が鬼畜過ぎる。
「……、チッ」
さすがにパンク兄ちゃんも諦めたみたいだ。
なんか申訳ないけど、とりあえず天蝉相手にがんばってもらおう。
って言うか、それより十蔵のおっさんがクシャナさんを不思議そうに見てる。
「本当にいいのか、クシャーナ? 天蝉に罪を償わせるんじゃなかったのか?」
おっさんにしてみればクシャナさんの心変わりのし方は解せないのかも。
あれだけ明確に報復宣言したのにあっさりと身を引いちゃってるわけだからさ。
「仕方ありません。修司が危ない場所に行こうとしているのに、それをほうっておくわけにもいきませんから。それに考えてもみれば、ここに居る鎧武者の中に天蝉本人が混ざっているとはかぎりません。替えの利くロボットの体を何体壊したところで意味は無いでしょう」
そう言えばそうだよね。
もともと天蝉は体を自由に替えられるのに加えて、今回は同時に何体もの鎧武者を操ってる。
1人でどうやって20も30も同時に操ってるのか知らないけど、本体は別に居ると思った方がいいよね。
「そうか。なら俺はあんたが動けない今のうちにケリを付けられるよう、せいぜい精を出すとするさ」
「ええ。すべてが終わってもまだ天蝉が生きているようなら、その時こそ私が見つけ出して息の根を止めますのでそのつもりで」
わぁ、すごい。
当然だけど、クシャナさん、ぜんぜん天蝉のこと見逃すつもり無い。
十蔵のおっさん的にもこのチャンスを逃すとあとが怖いから大変だ。
そうなるとおっさんといっしょにこっちに残って戦うメンバーも大変だと思うけど大丈夫かな?
「心配するな、十蔵殿。私たちもついているのだ。すぐに終わらせて皆を追いかけようではないか」
「ま、こうなりゃやってみるだけやってみるしかねーんじゃねーか?」
うんうん。
アルトレイアもパンク兄ちゃんもやる気は十分だ。
ただ気になるのは緒方大尉かな。
さっきからずっと黙ってるから何を思ってるのか分からない。
「ねぇ、緒方大尉。勝手にいろいろ決めちゃったけど大丈夫だった? 大尉にはこっちに残ってもらう流れだけど、むしろ大尉は本殿の方に行かないとダメじゃなかった?」
だって、なんと言っても緒方大尉は獅子雄中佐の直属の部下なわけだし。
普通に考えてこの状況の中心的な場所に居ないとダメなんじゃないかな。
「いや、むしろこれで構わない。隊が二手に分かれるなら、軍関係者である自分とラーズも分散すべきだ。ならスキルスコープを持つラーズがそちらに同行するのが前提だから、必然的に自分のポジションはこちらの援護と言うことになる。作戦全体のバランスを考えれば、この決定に異議は無い」
「そ、そう? だったら別にいいけど……」
「その代わりラーズをよろしく頼みたい。一応獅子雄中佐の古い馴染みらしいから、あとで袋に入れて回収したくはない」
「あ、その言い方ちょっと不吉」
緒方大尉ってたまに変なこと言うよね。
本気なんだか冗談なんだか、いっつも真顔だからよく分かんない。
軍隊で働くとああいうブラックジョークが当たり前になるのかな?
「さてと、それじゃあ行こうか。クシャナちゃん、先頭お願いね」
「わかりました。それじゃあ修司、ちゃんとうしろをついて来てくださいね」
そう言ってクシャナさんは、白夜の開けた穴を潜り抜ける。
そのあとに白夜とうららが通り抜け、俺は残った愛理と一緒に最後尾で穴を通った。
そこに広がる林は、もっと真っ暗かと思ってたけど違った。
まだ提灯の壁のすぐ下だけあって、割と奥まで光が届いてるように見える。
これならそこまで足元を心配しないで済みそうだ。
「では行きますよ。一気に本殿に向かいますから遅れないでください」
林の中を苦も無く走り出したクシャナさんを追って、俺たちは一斉に移動を開始する。
いよいよか。
この先、クラルヴァインどういう風に待ち構えてるんだか。
そのあたりは正直予想がつかないけど、クシャナさんが居れば大丈夫か。
「そう言えばお前、クシャナさんがこっちに来るように話しをもっていってくれたんだよな?」
俺がそう言うと、いっしょに走る愛理がちょっと意外そうな顔をした。
「なーんだ。修司もちゃんとそういうのが分かるようになってきたんだね。ボクは、どーせなにも分かってないんだろうなーって思ってたよ」
「お前失礼だな」
いや、もちろん昔だったらそうだったかもだよ?
でもまぁ、俺も少しは成長した。
と言うか、ぶっちゃけ付き合いが長くなってきた分、愛理のことが分かるようになってきてる。
こいつは一見すると、自分勝手でわがままで自惚れ屋だけど、なんだかんだ言って人の悪いやつじゃない。
たしかに憎まれ口は多いけど、頼めば頼んだで最終的には助けてくれる。
いや、むしろ実は人に頼られるのが好きなんじゃないかって俺は思ってるくらいだ。
愛理は、さっきクシャナさんと十蔵のおっさんが意見を違えてたのをさりげなく間に入って話をまとめてくれた。
それこそ愛理の分かりにくい面倒見のよさの証拠だろう。
そもそも今日、急な呼び出しだったのにこんな危ないとこまで出て来てくれたこと自体、愛理のサービス精神以外のなにものでも無い。
だって、俺は報酬とか対価とか、そんな話なんてぜんぜんしてないんだから。
「失礼もなにも、分かってるんだったらちゃんとお礼くらい言ってほしいんだけど、ボク?」
「ああ。サンキューな。助かったよ」
「ぶっぶー。それでお礼したつもりとか、修司はほんとにだめだめなんだから。お礼って言うのはね、された相手が喜ぶようにしてあげないと意味無いんだよ?」
「じゃあ、お前相手にお礼するには、俺はいったいなんて言えばいいんだよ?」
「んんー。そうだねー。たとえば、『この戦いが終わったら二人でデートしよう』って感じかな」
「いや。それはなんか変なフラグ立ちそうだからやだ」
ここで不吉なセリフを言わせようとしてくるあたり、やっぱり愛理はほんとにヤなやつなんじゃないかって疑いが残るんだよな。
ともあれ、お礼自体はあとでなにかちゃんとしないとな。
そんなことを思いつつ、前方を走るみんなに追いつくべく、俺は愛理の手を引いてスピードを上げた。