68話「因縁と報復」
魔物に代わって俺たちに殺到してくる鎧武者の軍団。
連中が構えた大量の刀が行灯の光を反射して赤く揺らめく。
なんか不気味。
まるで炎の海みたい。
なんて言うか、それくらい刀で武装した集団が参道を埋め尽くす光景は圧巻だった。
「おい! まずいんじゃねーのか? こいつら、さっきまでのとはぜんぜんちげーぞ?」
パンク兄ちゃんは誰に向かってかそう叫びながら、自分に向かって斬り込んで来る鎧武者に応戦する。
そのスピードはやっぱり速い。
敵の袈裟斬りを逆手短剣で受け流しつつそのままの流れで回し蹴り。
体勢を崩した相手にとどめの一撃を振りかぶる。
そこへ――。
「攻めるな! 守れ!」
十蔵のおっさんの警告と、まるでそれを追い越すように疾駆する甲冑。
周囲に居た鎧武者の一体が、仲間を援護するためにパンク兄ちゃんに飛び掛かった。
「――ッ」
防御は間に合わなかった。
完全に隙を突かれて対処が遅れたパンク兄ちゃん。
鎧武者が繰り出した日本刀の刺突が脇腹を襲う。
「させません!」
いち早く反応したのはうららだった。
無詠唱の速攻魔法で作り出した氷弾を速射。
それは正確な狙いで鎧武者に命中。
威力はアドリブの速射だけあって片腕をもぎ取った程度。
でもそれでも鎧武者はバランスを崩して転倒した。
ナイス。
今のでパンク兄ちゃんが反撃する時間が生まれた。
「すまねーな。助かったぜ!」
ターゲットを切り替えたパンク兄ちゃんが、うららが撃った鎧武者に短剣を突き立てる。
それも回転エルボーみたいな感じの思い切った一撃。
パンク兄ちゃんの短剣はあんまり刺突向きって感じじゃない。
それでも体重の乗った一撃なら軽装タイプの鎧くらいなら貫通させられるらしい。
胸の部分を破壊された鎧武者から赤い眼光が消え失せる。
ところが、1体倒して安心したのもつかの間。
パンク兄ちゃんが最初に戦ってた鎧武者が体勢を立て直して剣を振り上げてまた襲って来る。
それを阻止したのは長大な野太刀だった。
例の歯医者の恐怖を思い起こさせる超音波を発しながら横一閃された高周波ブレードが鎧武者を両断した。
「私も助太刀しよう。暴れるのは人一倍得意なのだ」
と、パンク兄ちゃんの援護に駆け付けたアルトレイアが言った。
いや、代官なのにそれはそれでどうかと思うよ?
普通の代官は暴れる人を大人しくさせる方だと思うけど。
とは言えアルトレイアの高周波ブレード『長曾根虎徹バントラインスペシャル』は強力だ。
名前も刀身も冗談みたく長いけど、威力だけはバカに出来ない。
その証拠に、さっきも鎧武者の胴体をあっさり真っ二つにしちゃった。
よく達人の剣の切れ味を豆腐を切るみたいって言うけど、ほんとそんな感じ。
リーチも広いし、集団を相手に振り回せばいい武器になる。
それはアルトレイア本人もよく分かってるみたいで、近場に居る敵を次々に斬り倒していく。
ただし、いくらアルトレイアががんばってもそれだけじゃ状況は劇的にはよくならない。
むしろ全体的にはこっちの方が押されてる気がする。
「うしろ! 回り込まれないで!」
ほらね。
鎧武者が出て来てから進撃速度が極端に鈍った白夜が叫んだ。
見れば何体かの鎧武者が遠回りで俺たちの後ろに回り込もうとしてる。
俺は慌てて斬波を撃って先頭の1体を仕留めた。
その隙にクシャナさんが接近戦で残りを片付けてくれる。
「ジュウゾー。このままでは状況はどんどん悪くなります。作戦を変えるべきではありませんか?」
「そうだぜ。こいつら魔物と違って頭つかってきやがる。前に進むどころか、囲まれねーようにするのだけで手いっぱいだぜ」
そうなんだよね。
問題なのは魔物と違って鎧武者の動き方には戦術っぽいのがあるってこと。
もちろん、もともと天蝉が操ってるっぽいから当然なのかもしれない。
けどそうなると最初から数で負けてる俺たちにはちょっと厳しいところがある。
単純な正面突破は裏を取られるかもしれないってことだ。
「どうした、十蔵。心なしか旗色が悪いのではないか?」
「お前ともあろう者が、これしきで苦戦しているようでは面白みが無い」
「それとも使える駒が足りないか? 仲間が足手まといになるようでは救いようがないな」
鎧武者たちから口々に発せられる天蝉の声。
これってほんとに全部本人なのかな?
いったいどういう仕組みなんだろ?
「誰が足手まといだ、コラ。舐めたこと言いやがるとまとめてバラすぜ。ああ?」
「よせ。安い挑発だ。いちいち相手にするな」
天蝉の売り言葉をあっさり買っちゃうパンク兄ちゃんと、それをすかさず制止する十蔵のおっさん。
いや、実際いいチームだと思うよ。うん。
「いやはや今のお前の仲間はずいぶんと賑やかなようだな」
「なるほど、どうしてなかかなかおもしろい。そういう手合いは俺としても遊び甲斐がある」
「しかしいいのか? むしろあちらの方が宴もたけなわと言ったところのようだぞ?」
まるでタイミングを計ったように言った天蝉のその言葉。
ああ、ヤバい。
宴もたけなわってどういう意味なのか分からないけど、とにかくヤバい。
参道の先のどこかの地面から、夜空に向かって赤い光が立ち昇ってる。
それがすっごい上空の方で分散して、まるで地球を膜みたいに包み込むように広がっていってるのがすごい不気味。
クラルヴァインの目的はいまだにわからないけど、とにかくもう時間が無いことはたしかだ。
「後方の獅子雄中佐から連絡が入った。あの光はこの先の本殿から発せられているらしい。状況の悪化が懸念される。可能な限り急いでほしいとの要請だ」
緒方大尉が妙に落ち着き払った声で獅子雄中佐の焦りを伝えて来る。
ほんとこの人しっかりしてるんだかマイペースなんだか。
ぶっちゃけ状況はかなり急激に転がりだしてる。
いつも通りクールなのは緒方大尉とクシャナさんくらいだよ。
見てよ。
十蔵のおっさんでさえ苦い顔で新しい指示を出してる。
「お嬢ちゃん。悪いがそいつで横に穴を開けてくれ。このままここでやり合っていてもらちが開かん」
そう言いつつ、おっさんが示したのは参道の脇に並んだ提灯の壁だ。
ここの参道はその提灯の壁に両脇を挟まれてるけど、その向こうには薄暗い林がある。
壁に穴を開けてそっちに出れば、鎧武者でひしめく参道を通らずに本殿に近づける。
どうやら十蔵のおっさんは正面突破をあきらめて迂回する作戦を選んだらしい。
まぁ、当然だよね。
白夜もすぐに反応して指示に従う。
イベントホライゾンを最前線から退げて、参道の脇に並んだ提灯の壁に突進させる。
そして出来上がったのはぽっかりと空いた丸い穴。
うん。
いい感じの抜け穴だけど問題がひとつ。
「どうした。俺から逃げるのか、十蔵?」
問題として立ちふさがるのは、ずらりと剣を並べた鎧武者の軍団。
せっかく外の林に出ても、こいつらに追ってこられたらあんまり意味が無い。
「いや、心配するな。別に俺は逃げたりせん」
そう言って一歩前に出る十蔵のおっさん。
その背中がすでにかっこいいセリフをどこか物語ってる。
「ここは任せてお前らは先に行け。俺はこいつとケリを付けてから追いかける」
「マジで? ケリを付けるって、おっさん一人で?」
そんなこと言っても鎧武者はまだまだいっぱい残ってる。
ざっと見ただけでも20~30体。
それどころか、たぶんあとからさらに増える気がする。
1対1ならともかく、この数を相手に1人で残るのはちょっと自殺行為だと思う。
「十蔵殿。それはいくらなんでも無謀だ。いつも冷静なそなたらしくもない」
「そうかもしれんが、俺の目的はもともとこいつだ。おまけに状況的に言っても今が正念場だろう。なら多少の無理はやむを得ん」
アルトレイアの忠告に、おっさんは背中をこっちに向けたまま答えた。
それは自分の意思を変えるつもりは無いって言う覚悟の表れなんだろう。
でもみんながそれに納得するとは限らない。
少なくとも、十蔵のおっさんにはちゃんと説得しないといけない相手が1人居る。
「そう言うわけで、悪いがこいつの始末は俺がつけさせてもらうぞ、クシャーナ。あんたは世のため人のため、クラルヴァインの方をどうにかしてくれ」
十蔵のおっさんは相変わらず背中越しにそう言った。
それで十分って言うよりか、むしろおっさんはクシャナさんと会話すること自体を避けたがってるように俺には見えた。
「いえ。それは出来ません。最初に言ったはずです。テンゼンにはシュウジを傷つけた罪を必ず償わせる、と」
クシャナさんの反応はおっさんも当然予想してたと思う。
だからこそクシャナさんに対して消極的な態度だったんだろうし。
でもおっさんの事情で天蝉を見逃してくれるほどクシャナさんは甘くないよ。
だって俺がクシャナさんを大事に思うように、クシャナさんも俺を大事にしてくれるんだから。
「もちろんあんたの言い分は分ってるつもりだ。だが大局的に見てみてくれ。今、本当にどうにかしなきゃならんのは天蝉よりもクラルヴァインの方だ。そうなればあんたはこんなところで道草を食っている場合じゃない。俺たちの中で最大戦力であるあんたは、雑魚に構わず敵の中枢を叩きに向かうべきだ。俺が自分に都合のいいように言っているように聞こえるかもしれんが、合理的に考えても間違ってはいないだろう?」
「ええ。たしかに間違ってはいません」
クシャナさんは無表情に、実際なんの感慨もなさそうにそう言った。
そう言って、一呼吸おいてさらに言葉を続ける。
「間違っていませんが、それが私になんの関係があるのですか?」
「関係……?」
クシャナさんのきっぱりとした言葉に、おっさんの顔が肩越しにこっちに向く。
あ、なんか意外そうな表情。
断られるにしてもそういう言い方はあんまり想像してなかったっぽい。
「そもそも私個人にとって、クラルヴァインは特別に敵と言うわけでもありません。もちろんアルトレイアに頼まれてクエストに参加しているのはたしかです。それに多少気になることがあるのも。ですがそう言ったことはうちの子がいじめられたことに比べれば雑事です。些末事です。テンゼンは子供相手にやり過ぎました。ですからシュウジの家族である私の制裁を受けるのは必然です。『外敵には血の報復を』。それが我が家の家訓ですから」
そうだったんだ。
うちの家訓ってけっこう過激だったんだね。
と言ってもクシャナさんは基本的に仕事を含めて食べるためにしか生き物を襲わないから大丈夫。
それ以外でクシャナさんが攻撃するのは先に手を出してきた相手だけだ。
その場合は自業自得だから仕方ないよね。
「待ってくれ、クシャーナ。俺が知っているかぎりあんたは冷静で頭がいい。それなのになんで今さらそんなことを言う?」
「今さらもなにも、すべてはシュウジのためにやっていることです。私は最初からなにも変わりません」
そうそう。
クシャナさんは優しいからなんでも俺に合わせてくれる。
つまり、人間じゃないのに、人間の習慣に付き合ってくれるってこと。
人間を食べないのも、代わりに働いたお金で食べ物を買ってくれるのもそう。
そもそも普段から化身の姿でいてくれるのからして俺のためにしてくれてることだ。
でもそれは俺のためにしてくれてることで、クシャナさん本人の趣味や事情じゃない。
あくまで俺に対するクシャナさんの優しさだ。
もちろん、そう言ったことは俺には考えなくても分かってる。
でもほかの人は違うんだろうね。
クシャナさんはただでさえ無表情で普段はあんまり喋らない。
だからかな。
十蔵のおっさんはきっとクシャナさんのことをどこかよく分かってない。
クシャナさんは、自分と自分の家族以外に興味が無い。
ほかの人や生き物に対してなんて、好きとか嫌いとか思わない。
もちろん相手のことを観察して、どういう習性かを見抜いて対処を考えたりはする。
危ない相手なら離れるか倒すかするけど、そもそも害も無ければ構う必要無い相手ならほっとく。
ほんと、悪意も善意も無く、興味が無い。ただそれだけ。
だけど向こうから襲ってくる敵は別だ。
とくに俺にとって命の危険がある敵には容赦が無い。
たぶんクシャナさんと比べて俺が弱いから心配なんだと思う。
とまぁ、そういうわけで天蝉はクシャナさんにはっきりと『敵』って見なされる条件を満たしちゃった。
当然、クエストでのターゲットでしかないクラルヴァインより攻撃対象としての優先度は上だ。
でもこうなると十蔵のおっさんにはうれしくない状況だよね。
だって、とてもじゃないけど自力でクシャナさんを説得出来るとは思えない。
もちろんほかのみんなにも無理なんだけど……。
どうしよう。
俺が間に入ったほうがいいのかな?
なんて思ってると、こっちより先に横やりを入れる愛理の声がした。
「ねぇ、クシャナちゃん。あんなのもうほっときなよ。それよりわざわざボクを呼び出したんだから、そっちの用事を先に片付けてよね」
愛理は腰に手を当てて妙に尊大な態度でそう言った。
あー、そっか。
こいつだけは昔からクシャナさんに堂々と指図出来たっけ。
とりあえず、俺は愛理がどうクシャナさんを誘導するのか様子を見ることにした。