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64話「結束」

「えっと、紹介すると、こっちが獅子雄中佐でもう1人が緒方大尉。それでリザードマンなのがラーズ。前から協力したりしてもらったりの関係かな。みんな軍の人だけど悪い人じゃないよ」


 獅子雄中佐に催促されるままに、俺は1人1人を簡単に紹介する。

『する』って言うか、『した』って言うか……、もう話すこと無くない?


「おいおい、諸神君。いくらなんでもそれは雑だろう。名前以外の情報が『軍人』ってことしか入ってないじゃないか」

「いやぁ、ごめん。でもなんて言ったらいいか分からなくてさ」


 そもそも俺って獅子雄中佐のことあんまり知らない気がする。

 強いて言えば、この異化した世界の日本政府の窓口的に思ってた。

 まぁ。獅子雄中佐が自分で軍の裏方って言ってたし、裏口みたいなイメージだけど。

 とにかく、そう言う流れもあって詳しく聞いてないんだから、説明しろって言われてもちょっとね。


「それにほら、難しい話もあるだろうし、あとは自分でやってもらってもいい?」

「呼びつけておいたわりにはなんだか、だな。まぁ、別に構わないさ。みたま祭りで混乱が起こっているのは軍にも情報が入ってる。そのうえで、別の管轄区の代官といっしょになって君が助けを求めて来たんだ。面倒なことになりそうなのは最初から予想してた。自己紹介の手間なんてもののついでさ」

「そう? じゃあちょうどよかったよ。大人の事情は難しいから、詳しい話しは基本お願いね」


 俺がそう言うと獅子雄中佐は渋々な表情で返事をした。

 ……。

 自分で『もののついで』って言ったじゃん。


「お初にお目にかかります、バントライン伯爵。本官は国防陸軍特別任務将校、獅子雄頼綱中佐であります。部下共々、特殊作戦群の所属でありますので、非公式の簡単なあいさつとなりますがご容赦を」

「うん。別に構わないぞ。私も堅苦しいのは嫌いだ。それに、形式にこだわって時間を無駄にするより市井の安全を守る方が大切と言うもの。中佐にはぜひとも力を貸してもらいたい」

「ごもっとも。ですがそれにはまずお互いの事情の確認をさせていただきたい」


 獅子雄中佐はそこで言葉を区切って俺の方を一瞬だけチラッと見た。


「我々の部隊は、現在とある秘匿任務を遂行中です。諸神君は、言ってみれば我々に取っては問題解決に欠かせない重要な協力者。そして同時に、あなた方の協力者でもある。そうですね?」

「その通りだ。貴官がどこまで知っているのか分からないが、修司は以前に私の管轄区で人助けに活躍してくれたのだ。その縁以来、私の下でクエストに参加してもらっている」

「と言うと、始まりはヒュドラの一件ですか。我々もその場に居ましたので存じております」


 そう言えばそうだったね。

 アルトレイアと白夜以外のここに居る全員があの時あの場所に居たのか。

 あらためてそう考えるとなんか因縁でもあったのかな。


「たしかにあの時の戦いぶりからしても分かる通り、諸神君や、ましてやクシャーナの協力が得られればなにかと心強いでしょう」


 いや、そんなに褒められると照れるよ。

 クシャナさんはともかく、俺はたいしたことないからさ。


「だが、だからと言って、現役の代官が担当区外で活動する理由にはならないでしょう。みたま祭りでのトラブル解決は、千代田区代官の職務のはず。それがなぜ、渋谷区代官のあなたが問題解決に乗り出しているのです。越権行為は身を滅ぼしますよ?」


 獅子雄中佐はそう言うとアルトレイアにまっすぐな視線を向けて答えを待った。

 実際、他人からしてみたら俺たちのやってることは越権行為なんだろう。

 しかもアルトレイアとクラルヴァインじゃ代官としての格は向こうが上らしいし。

 下手すれば俺たち犯罪者ってことにされたりって可能性もあるかも。

 少なくとも、獅子雄中佐はそういったデメリットを警戒してるっぽい。


「獅子雄中佐。貴官は正義と言うものを信じるだろうか?」


 唐突に。

 アルトレイアは獅子雄中佐に質問を投げ返した。


「正義、ですか?」

「そうだ。知っての通り、我がバントライン家は代々渋谷区の代官職を任されている。渋谷だけではない。東京各区にはそれぞれ家督として代官職を継承する家系がある」


 それってつまり東京には23人も代官が居るってことだよな。

 あらためてそう聞くとずいぶん多い気がする。

 もちろん元々の状態の東京にも区ごとに区長さんが居たんだと思うよ。

 でもそれと比べても代官って権限がかなり強そうだし、そんなにいっぱい居ていいのかな。


「警察権を持ち司法権を持つ、区内の実質的な代理統治者。それが東京23区諸代官だ。だがその権限が及ぶところは、自身の管轄区内に完全に制限されている。つまり、だ。たとえ犯罪を犯した者であっても、管轄区外へ逃げられてしまえば代官としては手が出せなくなる」


 それは、けっこう厳しいな。

 23区の1つ1つなんて小さいものだし、実質現行犯くらいしか裁けないんじゃないか?

 だってすぐに他の地区に逃げられちゃうだろ。


「もちろんそうなれば、普通は代官同士で協力しあうものだ。だが悲しいかな。家柄や個人的な感情でどうしても助力を得られない相手と言うのは、どの代官にも何人かは居るものだ」


 あるよね、そういうの。

 ライバル意識って言うのは権力を持つほど強くなるのかな。

 俺には、偉い人ほどそういうしがらみに煩わされてるようにも見える。


「そこで次に頼れるのは冒険者だ。どこにも属さない彼らなら、たとえどこであっても悪党たちと渡り合っていける」


 なるほどな。

 そこには当然俺たちのことも含まれてるはずだ。

 アルトレイア自身は渋谷区の中でしか代官じゃない。

 だから問題が起こるたび、必要に応じて俺たち冒険者を雇うことで、自分の担当区の外まで手を伸ばそうとしたわけだ。


「だがそれでも解決しないこともある。冒険者には頼めないほど重要か、あるいは責務自体を他人に押し付けるべきではないような問題が、だ。ならば最終手段は1つだけ。自分で冒険者になるしかない。なるしかないと、私は思ったのだ」

「え?」


 びっくりして思わず声を上げちゃった。

 だって急に変なこと言うんだもん。


「アルトレイアが冒険者やってたのって、もしかしてそういうちゃんとした意味があったの?」

「うん。実はそうなのだ。私が冒険者の真似事をしていたのには、実はそういう深い意味があったのだ。驚いただろう?」


 いや、ただの趣味じゃないっ言うのは知ってたよ?

 でも思った以上にしっかりしてたことにはたしかに驚いた。

 普段のアルトレイアからは全然想像出来ないよ、こんなの。


「もっとも、私1人ではなにをするにも限界がある。ましてや捕らえるべき悪党が他の代官だった場合、そしてそれでも正義を貫こうと思った場合、志を同じくする多くの仲間の助けが必要なのだ」


 その言葉で、獅子雄中佐の表情が硬くなった。

 アルトレイアの言う『他の代官』が、千代田区のクラルヴァインのことだって察したんだろう。

 そうしてそんな獅子雄中佐を、アルトレイアも真っすぐに見つめた。

 そこに言葉は無いけど、それでもこの自称正義の暴れん坊代官は同じ質問を繰り返してる。

『正義を信じるか』。

 たとえどんな相手でも、たとえどんなリスクがあっても、たとえ管轄外であっても、正しさを貫くことには関係無いってアルトレイアは言い切ってる。

 だからその仲間になるなら、獅子雄中佐たちにも同じ覚悟をしてもらわないといけない。

 ただ力を貸して欲しいってだけじゃなくて、同じリスクを背負って欲しいって意味でだ。


「話しは、おおむね理解いたしました」


 アルトレイアから発せられた言葉の後ろに潜む圧力。

 それを受けて、獅子雄中佐はゆっくりと口を開いた。


「細かい状況はどうあれ、みたま祭りで起こっていることの背後には千代田区代官クラルヴァイン伯爵が居て、あなたはそれを告発しようとしている。しかし分かっていますか? ディートハルト・クラルヴァインは爵位こそあなたと同じだが、彼はまだ当主ではない」


 え?

 そうなの?

 たしかアルトレイアはバントライン家の当主だったよな。

 だからこそ渋谷区の代官なわけだし。

 だったら千代田区の代官のクラルヴァインも当主なんじゃないの?


「もちろんそれも分かっている。彼の家の現当主は、国政の重鎮であるクラルヴァイン公爵だ。ディートハルトは父親の代わりに代官職を代行しているだけに過ぎない」

「ならこれも分かるでしょう。息子に手を出せば、父親であるクラルヴァイン公爵をも敵に回すことになる、と。それでもあなたはディートハルト・クラルヴァインを捕縛しようと言うのですか?」

「無論だ。傷つけられる人々の惨状ではなく、傷つける側の力量を見て助けるか否かを決めるのは正義ではない」


 アルトレイアは本気だ。

 それも周りの状況や一時の感情に流されてそう言ってるんじゃない。

 元々そういう人間なんだ。

 言ってみれば本物だよ。

 本物の――、


「正義バカと言うほかありませんね」


 本物の愚か者だと、獅子雄中佐は断言した。


「失礼。しかしあなたはもう少し戦略と言うものを学ぶべきだ。ただでさえ自分より優勢である敵に対し、越権行為を犯してまで戦いを挑むのは作戦立案上、最初から間違いを犯している」


 それは決して責めるような声色じゃない。

 でも、それでも、そこに否定の意思だけははっきりと感じ取れる。


「あなたは正義のために仲間が必要だと言うが、正道を踏み外した正義は必ず最後に糾弾されるものです。その時、あなたは自分の仲間を守れるのか。指揮官たる者、それを熟考せずして命令を下すべきではない」

「……」


 思ってもみなかったほど厳しい意見に、アルトレイアは完全に言葉を失った。

 そりゃ、そうだろ。

 アルトレイアはバカだけど悪いやつじゃない。

 むしろ真っすぐ過ぎてどうしようもないくらいだ。

 そんなやつに仲間のことを考えろなんて言ったら、返す言葉なんて見つかりっこない。


「どうやら話しはここまでのようだ。あなたにも代官として思うところがあるでしょうが、今回ばかりはその立場自体が足枷過ぎる」


 それで終わりだった。

 獅子雄中佐はあっさりと話しを打ち切ると、今度は俺に向き直る。


「さて、今度はこちらの話しだ」


 獅子雄中佐は間違ってない。

 間違ってないけど、なんか卑怯だ。


「電話じゃこのあいだの怪獣事件の続きだなんて言ってたが、それは確かか?」

「う、うん。小笠原で魔物を操ってた天蝉って鎧武者が居たでしょ。あいつの親玉がクラルヴァインみたいだから、それで中佐にも関係あると思って……」


 説明し辛い。

 獅子雄中佐がアルトレイアの頼みを断っちゃったせいで空気が重い。

 さすがに十蔵のおっさんは冷静さを装ってるけど、ほかの3人はそうはいかない。

 パンク兄ちゃんはイラついてるし、うららもどうしていいのか戸惑ってる。

 アルトレイアにいたっては言わずもがなだ。

 獅子雄中佐を呼んだ俺は板挟み的な立場で辛いよ。


「なるほど。親玉が悪さしてるなら、確かにこれは僕らの任務の範疇だな。諸神君。悪いがディートハルト・クラルヴァインを捕まえるのを手伝ってくれ」

「は?」


 クラルヴァインを捕まえる?

 今、確かにそう言ったよ?


「だって、さっきアルトレイアには協力しないって……」

「ん? 僕は責任の取りようが無い人に責任者は任せられないと言ったんだ。なら責任を取れる人間が代わりを務めれば、あとでなにかあっても君たちが割を食う心配は無くなるということさ」

「で、でもそれって、いざって時は獅子雄中佐が責任を取らされるって意味なんでしょ?」

「なぁに、ちょっとクビを飛ばされるかもしれないが、問題無いさ」


 問題無いって……。

 いきなり変なこと言い出した獅子雄中佐に、正直俺は呆気にとられた。

 いや、俺だけじゃないな。

 主にアルトレイア側の陣営は顔を見合わせてる。

 みんな獅子雄中佐が何考えてるのか分からないって感じだ。


「中佐。一応、部下として進言しますが、わざわざ責任を背負い込むようなことをしなくても――」

「やめときな。言っても無駄だぜ、大尉」


 途中まで言いかけた緒方大尉の言葉を、ラーズのガラガラ声が遮った。


「俺はこれでも中佐とはそこそこ長げぇ付き合いだ。だから分かっちまうんだよ。俺らの指揮官はあっちの代官様とどっこいのお人よしだってよ。ほんと、救えねぇぜ。よしときゃいいのに自分から貧乏くじを引きたがる奴は」


 そう言ってラーズは呆れ顔で悪態をつく。

 でも自分だって反対意見っぽいことを言おうとした緒方大尉を止めたじゃん。

 それこそ『どっこいのお人よし』なんじゃないの?


「まぁ、それはともかくだ」


 今のでばつの悪そうな顔になった獅子雄中佐は改めて俺たちを見る。


「クラルヴァインとその手下である天蝉が僕らの秘匿作戦上に居るなら、一般の部隊には核心的な部分に関与させられない。つまり人員不足ってことだ。そこで諸神君以外の冒険者諸氏にも協力を仰ぎたいんだが、どうか頼まれてやってくれるだろうか?」

「それってつまり?」


 ここまで来れば獅子雄中佐がどういうつもりなのか、俺にだって分る。

 て言うか、他のみんなも理解したみたいでそれぞれ微妙な顔で喜んでる。

 でも一応確認。

 大事なことなのにあんまりバカバカしいから、ついちゃんと言って欲しくなっちゃう。


「つまり責任も費用もこっち持ち。君たちは好きなだけ暴れてくれればいいから、さっさと行ってクラルヴァインをぶん殴ってやろう」


 いいね、その感じ。

 手伝いを頼んだのはこっちだったはずなのにね。

 まさかこんなまとめ方するなんて、獅子雄中佐って思ってたよりずっとイカしてるね。

 ただその申し出にアルトレイアはまだちょっと戸惑ってるみたいだ。


「本当に、よいのか?」


 まぁ、立場的に言って、詐欺みたいな都合のいい話に思えるのも無理は無い。

 だからそんな不安を吹き飛ばすように。


「もちろん。正義を愛する冒険者としてなら、気兼ねなく市民のために戦えるでしょう?」


 獅子雄中佐はそんな屁理屈を言ってみせた。

 ほんと、ラーズの言う通りのお人よしだよ。

 でもそれでアルトレイアの表情にも生彩さが戻った。


「うん。そう言うことなら指揮は貴官に任せよう。その代りディートハルトは必ずや私が斬る」


 いや、いきなり斬っちゃうのはさすがにマズいと思う。

 取り合えず、アルトレイアが若気で至っちゃわないように気を付けようと、俺は思った。

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