62話「祭りと怪異」
俺はクシャナさんとうららにくっつかれるようにして祭りの中を歩いてる。
なんか正直目立ってる気がするんだけど。
だってすれ違う人からかなり視線を向けられるもん。
人って言うか、男からね。
ぶっちゃけみんな目に殺気が宿ってる。
まぁ、クシャナさんは美人だし、うららもぽわっとした感じで可愛いからな。
そんな二人を連れてるんだから、多少の嫉妬を向けられるくらい仕方ないことかもしれない。
そんなことより今は祭りを楽しむことに集中しよう。
そんなわけで俺は周囲を少し観察してみた。
うーん。
このお祭りの特徴は提灯の多さかな?
石畳の道の両側に、壁状態になるくらいびっしりと提灯が並んでる。
1つ1つはぼんやり光ってる感じだけど、これだけ多いと街灯代わりの照明としても十分だ。
それから夜店もいっぱいある。
たこ焼きとか金魚すくいとか。
そうそう。
祭りはこうでなくちゃね。
ヤモリの串焼きとかファンタジーなのは見なかったことにしよう。
「あ、そうだ。せっかくだからなにか買う?」
「えーと、いいんでしょうか? 一応クエストの途中ですけど?」
「いいんだって。俺たちは祭りの中に紛れてないといけないんだから、これも雰囲気出すための小道具みたいなもんだろ」
俺がそう言うとうららは少し納得したような顔をした。
その代わりに言葉で反応したのはクシャナさんだった。
「そんなこと言って、ほんとはシュウジが欲しいだけじゃないんですか?」
「う、それも無くはないって言うか……」
やっぱりクシャナさんにはバレバレか。
でもせっかく久しぶりに日本の祭りに来たんだし、どうせなら楽しまないと損だと思うんだよね。
「それじゃあなにか一つ買って私と半分こしましょう」
「ほんと? やった」
さすがクシャナさん、話しが分かる。
しかも半分ずつならお腹にも悪くない。
いつも通りとは言え、名案だ。
「わ、私も、私もお兄さんと半分こしますっ」
「そうだな。せっかくだしそうするか」
うららもノリノリだな。
でもそうなると何にするかだよな。
道沿いに並んでる夜店の屋台の数はかなり多い。
その中から二つだけ選ぶっていうのはなかなか難しいよ。
「2人ともなにか食べたいのある?」
「私はシュウジの好きなものでいいですよ」
「そうですね。お兄さんが選んでくれたのならなんでも大丈夫です」
「いや。それじゃ俺だけ得してるみたいだし、せめて相談して決めない?」
ただでさえ俺は二人から分けてもらうしね。
選ぶのまで俺が1人でやったらなんか悪い。
「それならせっかくですからシュウジの故郷らしいものが欲しいです」
「つまり日本的ってことかー。えーと、なにがいいかな……」
3人で腕を組んだ今の俺たちの状態だと、出来るだけ片手で食べれるやつがいい。
その上で日本感のあるやつか。
俺は見える範囲の屋台の看板に目を走らせた。
イカ焼きとか焼きトウモロコシって和風?
いや、どっちにしろクシャナさんには似合わない。
もちろんビジュアル的な意味で。
もうちょっとこう、あるだろ?
「シュウジ。あれはなんですか?」
「ああ。あれはたい焼きだよ」
クシャナさんが興味を示したのは屋台の定番メニューだった。
「たい焼き……。魚の形をしていますね」
「うん。鯛っていう魚の形だからたい焼きって言うの。昔からある、日本の伝統料理? かな」
「でしたらこれにしましょう。ちょうど食べやすそうです」
たい焼きとクシャナさん。
ビジュアル的には……、まぁいいや。
和風縛りの時点で選択肢狭いし。
ってことで、俺は屋台のおっちゃんにたい焼きを1つ注文した。
俺が財布を出して、受け取るのはクシャナさん。
男としてはこう言う時はカッコつけたいよね。
家計はいっしょだけど。
「ねぇ、食べてみて?」
俺がそう言うとクシャナさんはたい焼きを小さくかじった。
「どう?」
あっさり決めちゃったけど、口に合うかな?
まぁ、クシャナさんは好き嫌いとかあんまり無いから大丈夫だとは思う。
「ん。甘くておいしいですよ」
「よかった」
俺はクシャナさんの柔らかい無表情に少しうれしくなった。
やっぱり自分の国のものを気に入ってもらえるのっていいよね。
「はい。シュウジも食べてください」
腕組みしたままのクシャナさんがたい焼きを差し出してくる。
それに迷うことなく俺は噛り付いた。
あ。おいしい。
夜店の屋台ってけっこう当たり外れあるけどこれは当たり。
生地はボリュームがあってもちっとしてる。
中のアンコもさっぱりとした甘さで食べやすい。
これだったらあと何個か食べれそう。
だけど今はクシャナさんと半分こだ。
「クシャナさんももっと食べて」
一つの物を分け合って食べるのは我が家ではいつものことだ。
だから今回も順番こでパクパクやってたんだけど、
「は、半分こって、そう言うことだったんですか……?」
俺たちを見て、うららが目を丸くしてた。
「ん? ああ。家族だしお祭りだし、別にいいだろ?」
実際、変な話でもないよな。
みんなこれくらいやってるだろ。
「お祭り……。そうですよねっ。お祭りだから普通ですよねっ」
「そうそう。お祭りお祭り。楽しまなくっちゃ損だからな」
「じゃあ私はこれにします!」
「って、お前。それは……」
うららが指差したのは、こともあろうかソフトクリーム屋だった。
「おいおい。祭りで普通のアイスって、……いうのは別にいいけど、半分にするのはどうなったんだよ?」
だってうららが選んだのはほんとに普通のソフトクリームだからな。
どう見てもスプーンすらついてないし、直接口をつけて食べるしかないやつだぞ。
「大丈夫です。お祭りなので、大丈夫です」
大丈夫大丈夫って、目が座ってるぞ。
ほんとに大丈夫なのか?
俺のそんな心配を他所に、うららはさっさとバニラ味のソフトクリームを注文する。
俺は慌てて財布を取り出して売り子さんに言われるままにお金を払った。
そうしてうららの手に1つのソフトクリームが握られることになった。
俺とうららの、2人で1つのソフトクリームだ。
「では、お兄さんからどうぞ」
って言われてもどうすればいいんだ。
とりあえず端っこでも舐めとくか。
仕方がないから、俺はソフトクリームの、うららから見て裏になる場所に少しだけ舌を這わせた。
「ん。うん」
味は、おいしいと思う。
舌を通して脳へと届けられる濃厚なミルク感。
遠く北海道のジャージー乳牛に感謝したくなるくらいだ。(別にその手の売り文句は屋台には書いてないけど)
これはこれでもっと味わいたくなるおいしさだ。
でも問題なのは、このソフトクリームを食べるのはうららとのターン制だってこと。
そして先手の俺は、すっごい地味な一手でこの対局を始めた。
将棋で言うと、一番端の歩を1マス前に出しただけみたいな。
いや、ソフトクリームだけに舐めプしてるわけじゃない。
正直に言うと、俺はまだ心の準備が出来てない。
このままターンが進めば、進めた駒がぶつかり合う。
つまり、お互いがソフトクリームを舐める位置が交わるってこと。
うららはほんとにそれでいいんだろうか。
俺とクシャナさんは家族だからいつものことだけど、うららまで無理に付き合う必要は無い。
そもそも女同士ならともかく、普通は異性相手にはそういうの気にするんじゃないか?
どうしよう。
しばらく様子を見て、途中で適当にうまいこと言って無効試合にするべきなのか?
「それじゃあ私も失礼して、パク」
そして蹂躙されるソフトクリームの頂上部。
いや、被害はそれだけじゃ収まらない。
大胆にパクつかれたソフトクリームは、たった一手で中腹近くまでがうららの支配地域に置かれた。
卑怯だろ、それは。
ちょっとずつ舐めあって様子を見ようとした俺の作戦は速攻で破綻だ。
うららならもう少しお淑やかに攻めて来ると思ってたのに、とんだ計算違いだ。
でも俺は見誤ってた。
このうららと言う好敵手を、決定的に、絶対的に、致命的に、俺は舐めていた。
「次はお兄さんの番、です」
うららはそう言って、ソフトクリームの溶けた頂上部を俺に突き出して来た。
そう。
頂上部だ。
まだ誰も舐めてない場所が残ってる側面じゃなくて、自分で思いっきり口をつけたあの頂上部だ。
(ウソだろ。逃げ場が……、無ぇッ)
信じられるか?
この状況は将棋で言うなら禁じてもいいとこだろ。
つまり後手のうららが、一手目でいきなり俺の王将の目の前に自分の玉将を打って来た、みたいな感じだ。
あまりの展開の早さに、自分じゃなにがどうなってるのか分からない。
俺は今、王手をかけてるのか、それとも王手をかけられてるのか――?
「さぁ、遠慮せずにどうぞ」
どうする?
俺は舐めるのか?
家族でもない女の子が舐めたソフトクリームを?
間接キスってレベルじゃねーぞ?
でもうららのあの期待した顔を裏切れない。
いや、そもそもなんでこんなこと期待されてるんだ?
なにもかもよく分からないまま追い詰められた俺は、引き寄せられるようにソフトクリームに顔を近づける。
ヤバい。
溶けた表面が妙に艶めかしい。
まるでそれ自体がうららの舌みたいに思えてくる。
そして俺はゆっくりと自分の舌を伸ばし、
「うお――ッ!?」
突然、俺の体をすり抜けた幽霊にすべてを中止させられた。
「え? ちょ、なにこれ?」
俺は、なにが起こったのか確認しようと周りを見る。
そして幽霊さんたちみんなの様子がさっきまで違うことにすぐに気が付いた。
だってさっきまで祭りに溶け込んでた幽霊さんたちが、一斉に一方向に向かって押し寄せてる。
いや、違うな。
むしろどっちかって言うと逃げまどってるみたいだ。
人や障害物をすり抜けて、なりふり構わず飛び去っていってる感じ。
その方向は祭りのメイン会場とは逆。
ってことは、俺たちが向かってた先になにかあるのか?
俺がその必然的な答えに辿り着いたのとほとんど同時に、クシャナさんが声を上げた。
「なにかよくないものが近づいてきます」
言われてその視線を追いかけると、やっぱり祭りのメイン会場の方になにかが見えた。
なんだろう。
あれも幽霊の集団に見えるけど、なんぼんやりとした赤い光に包まれてる。
しかも見た感じ骸骨の幽霊だ。
どう考えても不吉すぎるそいつらは、蛇行するように空を飛びながら集団でこっちに向かって来る。
「どういうことだ? 普通の幽霊の人たちはあれから逃げてるのか?」
「さ、さぁ。分かりませんけど、いつものみたま祭りはこんな感じじゃないです」
「って言うか、あいつらなんか人襲ってないか?」
俺の見間違いじゃなければ、あの骸骨たちは一般のお客さんの体からなにか青白い光の玉を抜き取ってる。
それをされた人は、意識を失ってるのかその場で倒れちゃってる。
あの骸骨は危険だ。
周りの人たちにもパニックが広がってるし、マズい状況だ。
「どうやらゴースト系の魔物のようですが、どうして急に……」
「ど、どうしましょう。お兄さん。皆さんを逃がすかあの骸骨をやっつけるかしないと」
「たしかにな。でもこの人混みじゃ身動き取れないぞ」
大きい祭りだけあって、元々人は山のように居る。
それがパニックを起こして濁流に変わろうとしてるんだ。
もう少しすれば俺たちの居るここもヤバい。
そうなったら戦闘も避難誘導もあったもんじゃなくなる。
こういう時、どうするのが正解なのか。
「っと、アルトレイアから電話だ」
俺は突然鳴り出したスマホを取り出した。
画面には別行動中のクエストリーダーの名前。
たぶん今起こってることについての連絡だろう。
さすがに反応が早い。
俺はコール画面にタッチして電話を繋げた。
「アルトレイア。これ見てるか? なにがどうなって――」
「もちろん見ている。これはディートハルトの仕業だ。目的は分からないが、それだけはたしかだ」
「クラルヴァインの? どうして分かるんだよ?」
「私たちはもう境内に居る。骸骨たちの出どころは神社の本殿だ。ディートハルトもいつの間にか来ているが、事態を収めようとしている様子が無い。むしろ事の成り行きを見守っているようだ」
それはたしかにおかしいよな。
クラルヴァインがこの千代田区の代官で祭りの主催者なら、こんな状況見て見ぬフリなんて普通はしないはずだ。
「それで、どうする? クラルヴァインを倒しにいくか?」
「いや。護衛が多くて私たちだけでは無理だ。それに骸骨たちのやっていることも気になる。それについても詳しく分析出来る人物の意見も聞きたい。ここは一度後退して合流して戦力を整えよう」
「だったらちょうどいいやつを一人知ってる。すぐに来るように呼んでみるよ」
「あまり長くは待てないかもしれないが、大丈夫なのか?」
「そのへんについても考えがあるから任せて」
どっちみち戦力になってくれそうな味方も必要だしね。
超法規的な行動が出来そうなあの人にも電話して協力を頼んでみよう。
そういうわけで、俺は一度この場を離れながらとある人物たちに電話するのだった。