59話「嵐の前に」
「で、小笠原くんだりまで怪獣退治に行って、相手もボコボコにしてやったけど自分もボコボコにやられた、ってのが今の話しの要点かよ?」
パンク兄ちゃんは俺の話しを聞き終えると、そう言って面倒くさそうな顔をした。
説明するのに30分くらいかかったんだけど、省略すると3行でOKな感じだ。
つまり小笠原での『ことの顛末』は単純明快。
俺や白夜、それに緒方大尉はデウスにやられて、そのあとクシャナさんが仇を取ってくれたってこと。
まぁ、そうは言っても、こっちは俺を含めて大怪我ってほどの怪我はしてない。
白夜も緒方大尉も普通に生きてるし、ちょっと病院のお世話になったくらいだ。
むしろ残念なのは、黒幕の天蝉に逃げられたことかな。
でもそれは今更言っても仕方ない。
デウスを倒せただけでも良しとしないとね。
って感じで小笠原から帰って来て二日後の今日。
俺はアルトレイアに呼び出されて代官所に来てる。
いつもの客間だか応接室だかみたいなとこで連絡会みたいな会議中。
「まぁ、簡単に言うとそういうこと。結局、怪獣はクシャナさんが倒しちゃったから、戦力的にあっちには大ダメージじゃん?」
「かも知れねーけど、お前らよく生きてたな。見たとこひでー怪我だし、そっちのクシャーナさん、って呼ぶんだったか? なんかまたちっちゃくなってんぞ?」
パンク兄ちゃんの言う通り、今の俺は包帯と絆創膏で負け犬感出ちゃってるのは否めないと思う。
でもそれより大事なのは丸テーブルで俺のすぐ隣に座るクシャナさんだ。
その姿は、ちょっと前そうだったように9歳児みたくなってる。
「これは少し余計な魔力を使い過ぎただけです。気にしないでください」
つまりそう言うことだ。
俺たちがデウスにやられちゃった後始末を一人でしたクシャナさんは、結果的に魔力を使い過ぎた。
なにせ相手はデウスを含めて、あの時襲って来てた魔物は全部だ。
当然、それをやっつけてくれたクシャナさんの負担は大きかった。
そのせいで魔力の残りが解呪の腕輪に必要な分を下回って、その効果が切れたってこと。
あの時、ちゃんとサポートがあればそこまで消耗しなくてすんだと思うんだけど、俺ってば不甲斐無さすぎ。
ごめんね、クシャナさん。
「で、でも魔力が少なくなると体がちっちゃくなっちゃうなんて大変ですね」
「そうだな。それにその状態だと力を使えないのだろう? あとどれくらいで元に戻るのだ?」
「正確には分かりませんが、とりあえず腕輪が再起動するだけならそう長くはかかりません。少なくとも近日中には元の姿に戻れるでしょう」
クシャナさんはうららとアルトレイアに向かってそう答えた。
今日、ここに集まってるのは、俺とクシャナさんの他に、呼び出した本人のアルトレイアとパンク兄ちゃんにうらら。
基本的にはクラルヴァインのクエストのメンツだけど、今日はそれに加えてもう一人多くイスに座ってる。
「すまない。どうやら天蝉の奴がまた迷惑をかけたみたいだな」
そのもう一人、十蔵のおっさんは子供の姿のクシャナさんを見ながら渋い顔でそう言った。
まぁ、それも仕方ない。
今までおっさんが個人的に行動してたのは天蝉の存在があったからだ。
昔の二人の間になにがあったのか、俺は詳しく知らない。
それでも昔の親友で今は仇っていう複雑な関係なのは前に聞いた。
だからその天蝉が悪さをしてることに色々思うこともあるはず。
そんなわけで今日はこっちから連絡して来てもらったわけ」。
文句があるんじゃなくて、情報交換的な意味でだ。
「いえ。今回のことはただ単に私たちが自分たちで請け負ったクエストの途中で彼と鉢合わせただけです。別にあなたが謝ることではありませんよ」
そうそう。
元々、俺たちがデウスと戦ったのは獅子雄中佐に頼まれたからだ。
結果的にその後ろに天蝉が居たけど、そのこと自体ただの偶然だしね。
俺もクシャナさんもそれを理由におっさんに謝ってほしいとか思ってないよ。
とまぁ、そうは言っても――
「ですがこれだけははっきり言わせてもらいます。天蝉は私の修司をいじめすぎました。今後もし天蝉が私の視界に入ったなら、私は即座にあの男を殺します。確実に、徹底的に、一切の慈悲無くです。ですからあなたが天蝉を自分でどうにかしたいと思うのなら、せいぜい私より先に見つけることです。分かりましたか?」
なんて言うか、ぶっちゃけクシャナさんが怒ってないってことはない。
十蔵のおっさんを直視するその無表情にも言葉以上のプレッシャーが乗っかってる。
『わかりましたか?』じゃなくて、『分かったな』的なやつ。
「あ、ああ。委細承知した。あいつが自分で蒔いた種だ。そちらもそちらで自由にやってくれ……」
おっさんは若干歯切れ悪くそう答えた。
どこか顔が固いし、目もちょっと泳いでる。
クシャナさんの有無を言わさないプレッシャーに圧されちゃったか。
悪いのは天蝉なのに、ばつが悪いのは十蔵のおっさんの方だ。
「そうそう。そこでなのだが、これからは十蔵どのも私たちと共に行動してはどうだろう?」
そう言って会話に割って入ったアルトレイアの声はいつも通り過ぎてなんか浮いてる。
おっさんとクシャナさんの間のびみょーな空気感とか読めないのかな?
読めないんだろうな。
だってアルトレイアだもん。
「どういうことだ?」
「うん。単純な話し、私たちと居た方が天蝉と出会う確率が高いと思うのだ。と言うよりほぼ確実に天蝉をおびき出す作戦がある。それに協力してくれるなら、十蔵どのが優先的に天蝉と立ち会えるように便宜を図ろうと思う。もっとも、クシャーナがそれを承知してくれるのなら、なのだが」
アルトレイアはそう言ってクシャナさんをちらっと見た。
「私は別にかまいませんよ。私が許せないのは、天蝉がまた修司に近づくことです。逆に言えば、あの男が私の視界の外でどうなろうと、それは私の預かり知らないことです」
まぁ、このへんがクシャナさんらしいところかな。
クシャナさんは基本的に専守防衛で、自分からはほとんど戦いを仕掛けない。
もちろんやられたらやり返すけど、それだってむやみに相手を追い回したりもしない。
「ふむ。だそうだが、十蔵どのはどうする? 一人で行動するよりはよっぽどいいと思うぞ?」
「そうだな……」
おっさんは一度目を瞑って考え込む。
今までの単独行動も考えが有ってのことだったんだろう。
それでもこれから先、天蝉がどう動くか予想がつかなきゃおっさん一人で捕まえるのは難しい。
たぶんそういうこともあって、アルトレイアの提案がおっさんにとって悪い話じゃないのは確かだ。
「……、まずはその作戦とやらを聞かせてもらおうか」
目を開いてそう言ったおっさんは、俺にはもう答えを決めてるように見えた。