58話「破壊の神」
天蝉の罠にかかった俺たちは、またしても魔物の襲撃を受けてる最中だった。
霧の中から飛び出して来るグリフォン。
それを光弾で迎撃する緒方大尉。
他にも次から次に魔物が襲って来て、俺たち3人はその対処に大忙しだ。
「なぁ、白夜。生きてるか?」
「おかげさまで何とかね」
「そりゃよかった。大尉は?」
「一応」
「グリフォンは?」
「とりあえず追い払うことには成功した。だが回避行動をとられたせいで、攻撃は命中しなかった」
「そっか。でも仕方ないよね。その場しのぎにはなるし、ありがと」
って言っても参った。
状況ははっきり言ってかなり悪い。
一度はほとんど止まってた魔物の襲撃が今は大盛況だ。
状況的に言って、俺たちの居場所は完全にバレてる。
じゃなきゃここまで襲撃が続いたりはしない。
でも実のところそれだけなら最悪じゃない。
もっと最悪なことは別にある。
「あー、ヤバい。来てる来てる、これは来てる」
一歩ごとに震える大地。
一吠えごとに痺れる大気。
突然、活動を再開したデウスの圧倒的な存在感。
そう。
一番最悪なのは、復活したデウスがどうやらこっちに向かって歩いて来てるってことだ。
「お、おお、落ち着きなさいよ。とにかく上手く切り抜ける作戦を考えないと――」
「お前も落ち着けって! って言うか緒方大尉、なんか作戦ちょうだい!?」
「悪いが絶体絶命過ぎてなにも思いつかない。強いて言うことがあるとすれば、下手に動くとそれだけで命取りになりかねない、と言うことくらいだ」
「なにそれ。的確っぽいようながっかりっぽいような、大尉的には運命に身を委ねよう的な感じ?」
「大丈夫だ。こういう時のために、自分たち軍人は常に遺書を用意している」
「あ、なんかそれすごい社畜の鑑っぽい。もっと自分を大切にした方がいいと思うよ?」
とかなんとか言ってみたところで、現状シナリオの分岐点がバットエンドルートに入りかかってるのは間違いない。
だからこういう時こそ行動だ。
悩むより動け。
動いてから悩め。
そんな感じで行動あるのみ!
「よし。とにかくここから逃げよう!」
「囲まれてるのにどうやって!?」
「じゃあ今すぐ天蝉を探して倒して魔物のコントロールをダメにするとか!」
「この布陣で敵の司令官が前線に出ているとは思えないが?」
「それじゃまるで打つ手無しみたいじゃん?」
「それだから困ってるんじゃない!」
そこをなんとかしたいんだけど、なんとかならないのかこれ。
「現状ではデウスとの会敵は避けられないだろう。諸神君、熱かく乱はもう無意味だから応戦の準備を整えてくれ」
「うわ、マジで? マジで戦っちゃうんだ、俺たち」
仕方ないか。
だってもう逃げ場もないからね。
こうなったら覚悟を決めてやるだけやってみるしかない。
「来るわよ!」
デウスが動いた。
それは俺が温風ファイヤーストームを停止したのとほとんど同時だった。
霧の向こうが雷雲みたいになってデウスのシルエットが浮かび上がる。
口から魔力波動を出す魔力ブレスの予備動作だ。
あんなのフルパワーで撃たれたら直撃じゃなくても普通に死ねる。
「白夜!」
「分ってるってば!」
俺たちの命綱はイベントホライゾンだ。
でもデウスの攻撃力を考えるとそれだけじゃキツイ。
俺はジューグマを撃ってデウスとパスを繋げる。
その上でマイオーシスを共有。
ただし最初と違って減衰するのは耐性スキルじゃない。
今回狙うのは攻撃スキルのレベルの低下だ。
焼け石に水かもだけど、無いよりはマシ。
その効果がちゃんと発揮されることを祈りつつ、俺はイベントホライゾンの後ろに飛び込んだ。
直後――
俺は前を向いたまま、背景が消し飛ぶのを悟った。
轟音と衝撃波。
その二つの情報だけで大体なにが起こったか分かる。
不味ッ!
威力半減させてこれかよ。
まるで世界の終わりだ。
俺たちはイベントホライゾンの陰で、圧倒的な暴力の通過に耐え忍ぶ。
「痛てて。なんかめっちゃ土とか石とか降って来るんだけど!」
「耐えるんだ。例えどんな理由でも、今、防御を上げることは出来ない」
分かってるよ。
俺たちが生き残るには、徹底的にデウスの魔力ブレス対策に徹するしかない。
そのためにも防御を展開するのは『前』だ。
でも、
「うわっ。スイカクラス落ちて来た!」
魔力ブレスの余波で空に舞い上げられた物の中には結構おっきいのがある。
今、落ちて来たのだって、元は土に埋まってた大岩の破片だと思う。
あんなの頭に当たったらそれはそれで即死だ。
それでもそんなのは無視しなきゃいけない。
それくらい俺たちは蛇を前にしたカエルなわけで……。
「魔力ブレス第二波、来る!」
「それはちょっと容赦無くない!?」
今度は横に薙ぎ払うような二撃目。
爆風じみた横殴りの衝撃が砂嵐みたくなって襲ってくる。
攻撃間隔短じか過ぎ!
こんなのマジでカメになるしか出来ないじゃんか。
「不味いわね。私の魔力が持ちそうにないわ……」
「げ、マジで?」
マジでって言うか、マジだ。
だってイベントホライゾンが空間の歪みみたいに揺らいでる。
本来なら奈落の穴っぽく真っ黒なのに、それが今は明らかに不安定っぽい。
「あのブレス、魔力量が多すぎるのよ。イベントホライゾンでもこっちの魔力も一気に削られるわ」
「くそ。やっぱり相手強すぎ? こうなったらいちかばちか――」
閃光――。
そして浮遊感。
体の重みが無くなるのと同時に目が回る。
焦点を合わせることも出来ずに、視界の中をたくさんの色がぐちゃぐちゃに流れていく。
なにがどうなったのかも分からない。
まるで現実感の無い混沌。
自分の存在感さえ見失いつつ、それでもゆっくりとした時間の流れだけは妙にはっきりと感じた。
一瞬か、それとも数秒か、実際にはどれだけのあいだの出来事だったんだろう。
思考の処理が追いつかないまま、俺は突然何かに叩きつけられた。
ものすごい衝撃だった。
なにかに当たったというより、凄まじい圧力をかけられたみたいだ。
全身が痛い。
関節に力が入らず、呼吸も出来ない。
それでもまだ俺は生きてる。
全身ボロボロっぽいけど、それが自覚出来るってことは死んでない。
魔力ブレスに吹き飛ばされて、地面に叩きつけられたみたいだ。
なら白夜と緒方大尉は?
俺は軋む体をなんとか動かして周囲を見回した。
居た。
二人はそれぞれ少し離れた場所で、俺と同じように地面に倒れてる。
ただここからじゃ怪我の具合は分からない。
少なくとも動いてないから気絶してるか、あるいは――。
バカ。
変なこと考えるな。
俺が生きてるなら二人だってきっと大丈夫だ。
それよりデウスをなんとかしないと。
今、動けるのは俺だけだ。
だからせめて時間稼ぎをしないと。
俺は視線を巡らせてデウスを探す。
見つけるのに苦労は無かった。
なぜならまた閃光を発してシルエットを浮かび上がらせていたからだ。
次の魔力ブレスが来る。
とにかく対策しないと。
俺は立ち上がろうと体に力を入れる。
痛い――。
手足を動かすどころか、激痛が反ってくるだけで動きやしない。
それどころかかろうじて保ってた意識まで遠のいていく。
ダメだ。
こんなんじゃ二人を守れない。
必死に意識を繋ぎとめてデウスを睨む。
そんな俺をあざ笑うみたく、デウスはとどめの一撃を放った。
圧倒的な威力の魔力ブレス。
その閃光が俺の視界を埋め尽くす。
くそ。
ここで終わりか。
結局俺は一人じゃなにも出来ないまま、誰も守れないまま終わるのか。
そう思ったとき、俺は光の中に人影を見た。
長い髪をなびかせ、暴力的な魔力波動の前に立ちはだかる最愛の人。
「クシャナ、さん――」
その声が届いたのか、その人はふと俺の方を振り返った。
無表情にも優しい微笑み。
デウスの攻撃を前にしても、少しも余裕を失わないいつものあの安心感。
俺はそれを見て、ついに意識を手放した。