57話「罠」
イベントホライゾンを出した白夜。
ターゲットのグリフォンに視線を固定してじっと様子を伺う。
その表情はいつにも増して鋭い。
攻撃を仕掛けるために集中力を高めようとしてるみたいだ。
いけるいける、大丈夫。
白夜のアレは当たりさえすれば最強だ。
不意打ちのチャンスが回って来た今、これはもうやる前から勝負は決まってるも同然。
先手を取ればイベントホライゾンの勝ちは確実だ。
本人もそれは十分に分かってるはず。
白夜は慎重に歩き出して、グリフォンの背後に回り込んでいく。
低い姿勢で、一歩一歩音を立てないようにゆっくりと、だ。
俺と緒方大尉はその後ろを邪魔しないように少し離れてついていく。
全員一緒だと気配を察知されるかもだからな。
さらにだ。
俺は温風ファイヤーストームの風力を少し上げて、出来るだけ白夜の存在感をごまかしてやる。
今の俺はこのスキルを止めるわけにはいかない。
止めたら俺たちの居場所が天蝉にバレる。
だから出来ることと言ったらこれくらい。
ほんと、頼りないバックアップで申し訳ない。
それでも白夜は順調に距離を詰めて間合いに入った。
距離感曖昧だけど、足を止めたからそうだと思う。
一方、グリフォンにはこっちに気づいた様子は無い。
まぁ、この距離でもぼんやりとした影にしか見えないんだけど。
それはたぶん、俺たちよりもうちょっと接近してる白夜にとっても同じだろう。
でもそれで十分だ。
相手の位置さえ確かなら、イベントホライゾンで攻撃するのにはなんの問題も無い。
一呼吸。
タイミングを計った白夜は、無言でイベントホライゾンをグリフォンの背中に突進させた。
直撃だった。
寸分の狂いも無い直撃だった。
音も無く突き進んだイベントホライゾンはグリフォンの胴体を後ろから前に向かって通過。
その巨体をあっけなく飲み込んで綺麗さっぱり消去していった。
ほら見ろ、簡単だったじゃんか。
濃い霧で視界が悪い中で、白夜は狙いを外すことなくきっちり不意打ちを成功させてくれた。
この結果に俺は大満足。
やっぱりイベントホライゾンは強力だ。
それこそ触っただけで何もかも消えてなくなる最強の消去能力。
思わず小躍りしたくなるくらいのあっけない勝利だった。
「やったな、白夜。これでとりあえず――」
「待ってくれ。なにかおかしい!」
「え?」
緒方大尉に制止されて、俺は白夜に向けかけた視線をもう一度グリフォンに戻す。
そこに見たのは消滅したはずのグリフォンの影。
確かにイベントホライゾンに体の大部分を飲み込まれたはずなのに、そいつは嘘くさいくらい完全な形でそこに居た。
「マジかよ。これって、再生?」
パッと見、俺にはそうとしか思えない。
だってさっきイベントホライゾンは絶対にグリフォンに直撃したんだから。
「まさか――」
突然、グリフォンに向かって走り出した緒方大尉を俺は追いかける。
なんだ?
大丈夫か?
グリフォンは完全復活してるぞ?
下手に近づくとカウンターもらうんじゃないか?
それでも緒方大尉は走る。
グリフォンに向かって一直線だ。
「って、あれ?」
このままだとほんとにヤバい。
そう思ってグリフォンの動きに注意を向けた俺は、その様子が不自然なことに気が付いた。
「今ので無反応って、どういうことだよ!?」
そう。
グリフォンは攻撃されたことが無かったことみたいに平然としてる。
最初と同じ様に、辺りの気配を伺いながらゆっくりと歩き続けてるわけ。
どう考えてもおかしいだろ。
再生したからって問題無いってことはない。
仮にダメージが無かったにしても、敵である俺たちが近くにいるのに、それを無視するとか意味が分からない。
「答えは単純だ!」
緒方大尉がグリフォンの懐に飛び込む。
ほんとなら特攻もいいとこだけど、結果だけ言うと今回に限っては大丈夫だった。
腹の下に潜り込んだ緒方大尉が地面からなにかをひったくるように取り上げる。
その瞬間、グリフォンの大きな影が空中で横倒しになった。
「浮いた!?」
いやいや、マジかよ。
飛んだとかじゃなくて、体が横向きになって浮いたよ。
ぐるりん、って。
「いや、浮いたと言うのは違う。これは元々実体のないホログラムだ」
そう言って緒方大尉が見せてくれたのはカブトムシくらいの大きさの昆虫型ロボットだった。
「ハルーシ・コックローチ。背中のプロジェクターでホログラム映像を映し出す欺瞞装置だ」
ずいぶん簡単な説明だけど、実物が見たままその通りだからそれ以上は聞かなくていい。
単純にゴキブリっぽい形した小型移動ホログラム投影装置だ。
で、緒方大尉に捕まえられたそいつは、いまだに明後日の方向にホログラムを投影し続けてる。
つまり歩き回るグリフォンの影を。
「ってことは俺たち騙されたってこと? でもなんで?」
「通常、これは囮として利用される。どうして獲物を罠にかけようとするのか、考えることは誰でも同じだ」
「だよねー」
なんて答えた次の瞬間、霧の向こうから獣が猛然とダッシュしてくる足音が聞こえて来た。
ちくしょーハメられた!
囮を使って天蝉をおびき出すつもりが、逆にこっちが居場所を突き止められたじゃんか。
卑怯くさいぞ、天蝉!
「偽物のグリフォンでおびき出して、本物のグリフォンで攻撃……。やってくれるわね」
「いや、恐らく状況はもっと悪い。こちらの仕掛けた罠をそっくりそのまま仕返してくるような指揮官だ。この状況で戦力を出し惜しむとは思えない」
「っぽいね。間違いなく全方位から色々来てる感じじゃん?」
「だからいやだったのに、こんなことになったのあんたのせいなんだからね。責任取りなさいよ?」
責任か。
参ったね、これは。
俺たちは天蝉の罠にハメられて完全に包囲されてるっぽい。
360度、魔物の群れに取り囲まれた形だ。
「まぁまぁ、なんとかなるって。って言うか、俺がなんとかしてみせる」
とかなんとか言ってみたり。
いや、別に状況を舐めてるわけじゃないよ?
単にここで弱気になったらその時点で負けかなって思ってさ。
少なくても味方の士気が下がらないように的な意味で。
ところが――。
「――――!」
聞こえて来たのは並みの魔物とはけた外れの咆哮。
ついでに地響きみたいなでっかい足音。
ヤバい。
デウス復活してきた。
「それじゃあ、あんたに全部任せるわね?」
「……いやいや、ご冗談を」
何気に俺たちはあっさりピンチだった。