54話「逃走と追撃」
「ヤバいな。さっきのグリフォン完全に見失ったぞ。どこ行ったか分かるか?」
グリフォンの突然の攻撃で足止めを食らった俺たち。
さらにまずいことに、一撃離脱で空に戻ったグリフォンの姿はすでに視界の中には無かった。
「悪いけどダメね。霧が濃すぎて全然分からないわ」
そりゃ残念。
さっきの奇襲はなんと躱したけど、相手の位置が分からないなら状況的にはよくない。
姿が見えないなら、次に攻撃されてもそれも奇襲されるのと同じことになる。
「あいつ絶対また襲ってくるよな。どこからかこっそり近づいて来て、いきなりグワって。例えばこいつみたいに!」
俺は、霧の中から飛び掛かって来た一匹の魔物に、ハイパーバリーで強化した後ろ回し蹴りをカウンターでお見舞い。
ナイスに直撃したその一発で、魔物はきりもみしながら霧の向こうに退場。
我ながらいい反応だったけど、他にも追手の魔物が追いついて来てて自画自賛してる場合じゃない。
「警告。このままでは追手に完全に追いつかれる。速やかに移動を再開するべきだと判断する。――ッ」
「分ってるって。でもこの状況で簡単に動けると思う? っと!」
俺と緒方大尉はお互いに喋りながらさらに魔物を倒した。
それでも地上の魔物はどんどん数を増して襲ってくる。
おまけにさっきから霧に覆われた空のどこかから、あのデカい翼が羽ばたく音が聞こえてる。
魔物の群れに対処しながら、同時にグリフォンの奇襲にまで備えるのは難しい。
どっちかに集中すれば、必然的にもう片方が疎かになる。
「とにかくグリフォンをどうにかしましょう。いくら走っても飛んでる相手は振り切れないわ。どうせまた足を止めさせられるなら、ここで倒してから移動した方がいいもの」
「確かにな。でもどうする? 見えない相手を迎撃するのって難易度高くない?」
「それなら自分に任せて欲しい。恐らくこれで大体の位置をつかめるはずだ」
そう言って緒方大尉が少し大きめの光弾を別々の方向に三発打ち上げた。
その光弾は、花火みたいにゆっくり飛んで行ったあと、急に光の強さを増して辺りを照らす。
「居たわ、グリフォンよ。光で影を浮かび上がらせて見つけるなんてすごいわ」
緒方大尉の光弾はただ周りを明るくしただけじゃない。
強烈な光は、空中に居たグリフォンの影を霧のスクリーンに浮かび上がらせた。
「96式軍用魔法閃光弾。さっきクシャーナの雷撃でデウスの影が見えたのを応用してみた。効果時間は短いが、継続的に打ち上げれば動きを補足し続けられる」
「すげーな。いい感じじゃん。それじゃ俺と白夜が地上の魔物を食い止めるから、グリフォンは大尉に任せていい? もし1人でグリフォン倒せそうになくても動きを教えてくれれば連携とるからさ」
「了解。対空迎撃は任せてもらってかまわない。できるだけ速やかに脅威を排除して移動を再開しよう」
「OK。それじゃ白夜は俺の反対側担当な。大尉の護衛最優先で、あとできる限り援護するってことで」
「分ったわ。一匹だって通さないから安心して」
俺たちのフォーメーションは、結局、最初と同じで緒方大尉を中心にした形だ。
お互いの役割を考えたら自然とそうなったんだから、別にそれはそれでOKだ。
ただ残念なのは、フォーメーションは同じでも、さっきまでと違って完全に足を止めちゃってるってこと。
「そう言うわけでクシャナさん、ごめん。こっちはしばらく動けなくなっちゃった」
『気にしないでください。こちらからも少しづつ近づいてますから、無理せずゆっくりでいいですよ』
「大丈夫。すぐに終わらせて迎えに行くよ」
『ふふ。それなら私が修司を見つけるのが先か、修司が私を見つけるのが先か、競争ですね』
「うん。絶対俺が先に見つけるから、待ってって」
こうなるとやる気出てくるよ、俺は。
こっちは3人居るんだしサクっと片付けよう。
「よし。二人ともグリフォンなんかさっさと倒してクシャナさんを迎えに行こう」
「……。諸神君のやる気に不純なものを感じるのは自分だけだろうか?」
「私もそう思うから間違ってないわ。って言うか、修司のは完全にクシャーナに会いたいだけじゃない」
「いいだろ。もともと合流する予定だったんだからッ!」
二人に反論しながら俺はまた魔物を倒す。
クシャナさんに会いたいか会いたくないかで言えば会いたいに決まってる。
でも予定的にはなにも変更は無いんだし、別にいけなくはないだろ。
「はいはい。分かったから早くグリフォンを倒しましょう」
そう言って白夜はなんか呆れたって顔をした。
くそ。
こうなったら一刻も早くクシャナさんと合流して慰めてもらおう。
ってことで俺はさらに魔物に対して応戦の手数を増やしていく。
とにかく今は緒方大尉を守るのが俺の仕事だ。
そんな中で、緒方大尉は追加の照明弾を打ち上げる。
さらに両手の親指と人差し指で三角形を作ってその中にグリフォンの影を捉えた。
そう言えば前にリザードマンのラーズが似たようなことやってたっけ。
たぶんターゲットの指定みたいな意味なんだろう。
それで狙いをつけた緒方大尉が照明弾とは違う種類の光弾を放った。
「誘導弾!」
打ち出された新しい光弾は割と速いスピードで飛んでいく。
でもグリフォンだって動いてるんだし、当たるのか?
と思って見てると、緒方大尉はグリフォンの移動に合わせて指で作った三角形の照準を動かした。
そしたらそれに引っ張られるみたいにスティンガーの光弾も軌道を変えてグリフォンを追いかけ始める。
なるほど。誘導弾ね。
対空スキルとしてはすっごい便利そう。
実際、スティンガーはどんどん距離を詰めながらグリフォンの背後に迫る。
危険を感じたのか、グリフォンも激しいドッグファイトで対抗する。
それでも緒方大尉はロックオンを途切れさせることなく追い詰めていく。
あとちょい。
そう、あとちょいでスティンガーが命中するかって時だった。
突然、どこからか笛の音が俺たちのところまで響いてきた。
なんだ? 天蝉か?
いや、笛って時点であいつしか居ないんだけど、こんなタイミングでどういうつもりだ?
俺が天蝉の行動に戸惑ってると、今度は白夜が叫んだ。
「グリフォンが向きを変えたわ。突っ込んで来る気よ!」
げ。ほんとだ。
さっきまであっちこっち蛇行しまくってたのに、急にこっちに向かって真っすぐ向かって来てる。
「さらに言えば、魔法攻撃も加えるつもりらしい。下に向かって落雷させながら接近して来る。ライン爆撃に近い」
だね。光りまくりでバンバン雷の音も鳴ってるもんね。
でもそれが分かっててなんでそんなにクールなんだよ!
「白夜、防御頼む! 大尉ももっと慌てて!?」
「任せて!」
「了解。極めて咄嗟に退避する」
白夜がイベントホライゾンを頭の上に浮かせて、俺たちはその下に潜り込む。
そのさらに上をグリフォンが落雷させながら通過。
ギリギリのところで俺たちは雷撃を回避した。
「ふう。まさかいきなりこっちに突っ込んでくるなんてな。逃げきれないって分かって特攻してきたのか?」
「あの笛の音。さっきの天蝉って鎧武者があれで魔物を操ってるんじゃない?」
「その可能性は高い。今ので自分が回避動作を強いられたせいでスティンガーのロックが外れてグリフォンに逃げられた。もしこれを狙って反撃に転じたのだとしたら、魔物にしてはタクティクスが的確過ぎる」
かもね。
途中までグリフォンは完全に逃げに徹してた。
それが笛の音が聞こえた途端、急に行動を変えたんだから天蝉の指示に違いない。
俺はグリフォンが遠ざかっていった方向を見る。
照明弾の光も落ちて、そこには影も形も残ってない。
でもこれで分かったことが一つ。
「天蝉のやつ、どこからか俺たちのこと見てるっぽいな」
俺は白夜と緒方大尉にそう言った。