50話「横たわる巨体」
デウスの巨体が倒れ、地震みたいな衝撃が足元を揺らす。
それから少し遅れるように、突風が濃霧をかき混ぜるように吹き抜けて行った。
あれだけデカいと倒れた時に起こす風もすごい。
砂だとか木の葉だとかを巻き込んで一種の砂嵐みたいだ。
まともに体に受けると傷だらけになっちゃいそう。
それを俺たちはイベントホライゾンの影にかくれてやり過ごした。
『ものすごい音がしたが、もしかしてやったのか?』
嵐が収まって静けさが戻って来たころ、獅子雄中佐が戸惑い気味にそう言った。
向こうからじゃこっちの様子は見えないからな。
音だけじゃいまいち状況が分からないんだろう。
「いい感じだよ。クシャナさんの攻撃でデウスは倒れたし、かなりダメージ入ったのは間違いないと思う」
『そうか。今までどんな攻撃も効かなかったのにマイオーシスの効果は大したものだな』
「いや。それほどでもないよ。こんなの」
『なに言ってるのさ。それほどもあるに決まってるでしょ。ボクが作ったレトリックがすごくないわけないじゃないか!』
そう言ってわざわざ会話に割り込んでくるのは愛理らしいと言えば愛理らしい。
こいつの辞書には謙遜っていう字が無いのは知っての通りだ。
『とにかく、デウスが動きそうに無いなら近づいてみてよ。とどめを刺せそうならひと思いにやっちゃってね』
「ああ。なんとか出来るだけやってみる。クシャナさん、今からデウスのとこに行くね」
『分かりました。私も合流しますから、注意してください』
よし。行くか。
テンション上がるな、これ。
今までデウスくらいでっかい魔物に近づいたことなんてほとんど無いからな。
なんて言うか、クジラのそばに近づくようなもんだ。
いや、危険度がハンパ無いだけあってそれどころじゃない。
なんかもう逆にわけ分かんないドキわく感があるよ。
そうして俺たちは少し霧が薄くなった中を進む。
デウスがこけた時の突風で、折れた枝とか色々散乱してるからちょっと歩きにくい。
と言うことで困ったときのイベントホライゾン。
白夜が先頭に立って障害物を消去しながら前進だ。
いや、楽ちん楽ちん。
白夜のおかげで移動も捗って割と簡単にデウスの目の前まで辿り着けた。
すげーデカい。
ちょーデカい。
仰向けに倒れたデウスは一面の壁みたい。
で、それが膨れたりしぼんだりって感じで動いてる。
つまりまだ呼吸をしてるってこと。
だから生きてるのは間違いないけど、でも大きくは動かない。
やっぱり瀕死級のダメージだったのかも
それかクシャナさんは雷撃をよく使うからスタンの状態異常か。
どっちにしろ動かないならとどめを刺すチャンスだ。
それがちゃんと出来たら三番目の新機能の効果でかなり面白いことになる。
しかもその効果っていうのが、愛理が考えることだけあってちょっとぶっ飛んでる。
いや、正確に言うとデウスみたいなのにも効果があるってことがヤバい。
「なぁ、愛理。俺、ほんとにこれに変身出来るようになるのか?」
『変身って言うか、存在性の復元だね。相手がゴブリンでもデウスでも、修司が直接討伐した相手なら存在としてのオリジナリティーを完全にコピー出来るはずだよ。理論上はね』
相変わらずさらりと言ってくれるよな、こいつ。
俺がデウスに変身だよ?
諸神修司時々デウス。
三番目の新機能を使えば、そんなバカげたことが出来るようになるらしい。
実は俺は未だにちょっと半信半疑なんだけど、愛理は至っていつも通り自信満々。
自分の仕事がどういう結果を出すか、少しも不安を感じてないらしい。
もちろんそうじゃなかったらそれはそれで困るんだけど。
「でもその存在性の復元ってのがどうもよく分からないんだよ。結局は変身ってことでいいんだろ?」
『全然よくないよ。それじゃ見た目や能力を模倣してるだけだからね。レトリックに追加した3番目の新機能の<メタファー>はズバリ存在再表現機能だよ。分かる? 『再』び『表』に『現』れる。つまり、倒した相手の存在性をレトリック『内』に保存しておいて、必要に応じて修司っていう『表』の存在性と入れ替えることで完全に復元するんだ。それは変身じゃなくて入れ替わり。外見や能力だけじゃなくて、あくまでも自我も含めた完全な置換なんだよ』
モロちんがチカン、いやなんでもない。
そんなこと言ってる場合じゃないくらい、この新機能はとんでもないかもしれない。
「ちょっと待ってくれよ。それって死んだ相手を生き返らせてるってことにならないか?」
『なるよ。ボクは最初からそう言ってるでしょ』
「言ってねーよ。つーか言ってても分からねーよ。なんだよ。死んだ相手と入れ替われるってどういうことだよ?」
いや、俺は単純に変身機能だと思ってたんだよ。
倒した相手なら誰にでも変身出来るってだけでも十分すごいだろ。
でも違った。
死んだ相手を生き返らせるとか、愛理は相変わらずむちゃくちゃだ。
なんたって蘇生魔法とか禁術もいいとこだからな。
そこのところをもうちょっと詳しく聞いておいた方がいいかもしれない。
だから俺は愛理の説明にいつも以上に耳を傾けることにした。