48話「スニーク」
濃い霧の中、クシャナさんとデウスの激しい戦いは未だに続いてた。
爆発と閃光。
魔法が使われるたびにデウスの巨体が影として浮かび上がる。
お互い強固な魔法障壁を持ってるだけにまだまだ決着はつきそうにない。
放っておけばほんとに長期戦になるかも。
これは早いとこマイオーシスをデウスに撃ち込まないと。
「さてと。とりあえずデウスに近づくにしてもどういう感じで行くか悩むな。ジューグマの射程だってそこまで長くないし、けっこうギリギリまで行かないとダメかも」
「クシャーナが戦ってる正面は避けるとして、やっぱりデウスの後ろからがいいんじゃない? それが一番邪魔にならないわ」
一理あるな。
クシャナさんが一人で戦ってるのは、デウスの目を俺たちから逸らす陽動の意味合いを含んでる。
それなのにわざわざ俺たちから近づいたら意味が無くなる。
そうなると白夜の言う通り、後ろからってのが常套手段か。
「いや。それは止めておいた方がいい」
あれ。
俺は賛成だったんだけど、緒方大尉は反対か。
「デウスの後背には長い尻尾がある。近づいた時に振り回されると危険だ」
「それもそうね。そうなると、必然的に――」
「横槍。可能な限り秘密裏に接近。マイオーシスによる弱化を試みる」
「OK。目立たないように、こっそり、だな」
そういう意味じゃこの霧はいいカモフラージュだ。
少なくとも黙って大人しくしてればかんたんには見つからないと思う。
簡単な方針を決めた俺たちは、さっそくそれに従って進路を定めた。
好都合にもクシャナさんとの魔法戦の影響で、デウスのシルエットは確認出来る。
それを利用して側面に回り込むってわけ。
それもクシャナさんのためにも可能な限りのダッシュ。
別に回り込むくらい簡単だと思ったんだけど、案外そう単純にはいかなかった。
「ストップ。何か居るわ」
もしもの時のために先頭を走ってた白夜が急停止して小声でそう言った。
前方をよく見ると、たしかに2匹の魔物が周囲の様子を警戒してるのが見えた。
「あいつら、あんなとこでなにしてるんだ?」
「おそらくクシャーナとデウスの戦いに驚いて、自分が安全かどうか確認しているのだと思う」
「ああ。ウサギが耳を立てる的な? どうしよう。邪魔だし倒して進む?」
「いや。目立つことをするとデウスに気づかれるかもしれない。霧に紛れて迂回しよう」
「なんか潜入ミッションみたいだな。緒方大尉はそういうのやったりするの?」
「一応、あらゆる状況に対処出来るように訓練されている。ここからは自分が先行するからついて来てほしい」
訓練されている、ね。
なんか他人事みたいな言い方だな。
冷静なタイプの人ってこういう言い回しするよね。
ともかく緒方大尉は軍人だけあって動きに無駄が無い。
移動する時の姿勢は低くて足音だってほとんどしない。
それに行動にメリハリがあって、動く時は動くし、止まる時は止まるってことがはっきりしてる。
それでもし霧の向こうに魔物の影を見つけたら、地面に伏せて状況確認だ。
もちろんそれにも多くは時間をかけない。
すぐに別の迂回ルートを組み立てて移動を再開。
避けられる障害は徹底的に避けてどんどんとデウスに接近していく。
すげーな。
ここまで一回も魔物に見つからなかった。
もうそろそろジューグマの射程に入りそうだし、隠密行動様様だな。
と思った矢先、緒方大尉が足を止めたまま動かなくなった。
さっきまで順調だったのに、どうした?
「あの魔物は何か様子がおかしい。ここまでデウスの近くに居て逃げ出さないどころか、むしろ戦車の随伴兵のように死角をカバーしている。もしかしたらあれも改造された魔物かもしれない」
「なにそれ。魔物がチームプレーかよ?」
「だからそういう風な命令でも植え付けられてるんじゃない? だとしたら厄介だわ」
「少し周囲を探って来る。二人はここで待機していてくれ」
そんなこと言って緒方大尉は一人で霧の中に消えていった。
なんて言うか、仕事熱心だな。
先導に偵察に、自分から率先してやってくれるんだから助かるよ。
「ねぇ。あんたは怖くないの? もしデウスに気づかれたら、私、あんたを守り切れる自信ないわよ?」
「いや。そこは『あなたは死なないわ。私が守るもの』、くらい言ってほしいんだけど?」
「なによ、それ。むしろ私の死亡フラグっぽいじゃない」
「大丈夫だって。多分、二番目三番目の白夜が現れるから」
「言っとくけど、私が死んでも代わりは居ないわよ。私がデウスにやられたらあんたも道連れなんだからね」
「そりゃ怖い。それじゃお前が死なないように、デウスにきっちりマイオーシスを叩き込んでクシャナさんに勝ってもらわないとな」
「そう願ってるわ。私だってこんなところで死にたく、ってどうしたのかしら、あれ?」
急に怪訝な表情になった白夜の視線を追う。
その先には、俺たちの行く手を塞いだ魔物が倒れてた。
なんだ?
どうして勝手に死んでんだ?
俺たちが理解に苦しんでると、霧の向こうから人影が現れてこっちに近づいて来た。
あれ?
緒方大尉だ。
さっき別の方向に行ったのに、なんでこっちから出てくるんだ?
「やはり他にも取り巻きの魔物が居た。接近ルートを確保するために何匹か処理したからこのまま進もう」
うそ?
仕事早ッ。
ほんとに淡々と任務を遂行するね、この人。
まぁ、なにはともあれもうすぐデウスのすぐそばだ。
ここからが俺の出番ってわけだ。
そうして俺たちはついにデウスの間近に忍び寄ることに成功した。