45話「小物と大物」
現在、体の中に直接火属性魔法を撃ち込まれたスライムは阿鼻叫喚の一人芝居の真っ最中だ。
やめとけばよかったのに、どうして世の中にはケンカ売っちゃいけない相手が居るって分からないかな。
そりゃ確かに思ったよりすごいスライムだったのは認めるよ。
でも結局一回も攻めに回れずに負けちゃったらダメだ。
見てる方としては、ああやっぱりって感じ。
つーかこれってわざわざ負けに出てきたようなもんじゃない?
「さぁ、それでは知っていることを喋ってもらいましょうか」
地面の上で身悶えするスライムの前に立ってクシャナさんはそう言った。
「ま、待て、このままじゃ、死ぬ――」
あ、ヤバい。
スライムの体の中が泡立ちながら黒ずんできてる。
なんか生き物としてすごいピンチっぽい。
クシャナさんの怨燃火臨煉獄殺、かなり威力を落としてるみたいだったけど、火が弱点の相手にはちょっと強すぎたみたい。
これじゃ情報を聞き出す前にほんとに死んじゃうかも。
「助けて欲しければ答えなさい。あなたたちはこの小笠原で何をしていたのですか。クラルヴァインは何を企んでいるんです?」
「そ、それは言えない。言えるわけないッ。言ったら殺されるに決まってるじゃないかッ」
「ではこのまま煉獄に焼かれて死にますか? 私は別にそれでもかまいませんが」
わぁ。無慈悲。
ヒールなクシャナさんもイカしてるよね。
「わ、分かった。言う。ここは実験場なんだ。あいつらが改造した魔物を放して、使い物になるか試してるんだ」
「改造とはなんです? あのオーガたちも普通ではありませんでしたね。あれはいったいどういうものですか?」
「詳しくは、知らない……。白い連中が勝手にやってるだけで、僕はただの監視役なんだ」
うーん。
このスライムがほんとにそれだけしか知らないかはともかく、これではっきりしたことがひとつある。
「白い連中……。クシャナさん、あいつらやっぱりなんか企んでるっぽいね。って言うか、例の魔物事件の関係?」
「ええ。どうやら都内に出現している魔物の隠し場所はここのようですね。たしかにクラルヴァインの蔵や倉庫に隠すよりも安全でしょう。それに魔物に手を加える実験をしていたようですし、少し見えてきましたね」
そうそう。
さっきオーガにしろ前に俺が倒したヒュドラにしろ、どこか普通じゃなかった。
あの白ローブの連中が何をやってるのか知らないけど、ようやく尻尾を掴んだらしい。
「改造された魔物には黒曜石のような部分がありますね。あれがあなたの仲間のやった改造ですか?」
「そう、だ。あれがなんなのかは僕にも秘密にされてたけど、ああいう改造をされた魔物は特殊能力を付加されたり、命令を聴かせられるようになるんだ」
なんとなく魔物の生物兵器化とかそんな感じっぽい?
もしほんとにコントロール出来るなら結構危ないよな。
オーガはともかく火耐性ヒュドラは結構厄介だったし。
「しかしどうしてそんなことを? 何のために魔物を改造しているのですか?」
「あいつらは人の集まる時を狙って何かする計画を練ってた。魔物はその時に使う予定だって」
「人の集まる時?」
「そうだよ。人の集まる時。もうすぐだって言ってたけど、それしか知らない。なぁ。そろそろいいだろ。早く体の中の火をどうにかしてくれよぉ……」
あれ。
スライムがいよいよ限界っぽい。
せっかくの捕虜だしここで死なせるのはあれだよね。
そう思ってクシャナさんを見ると、やっぱり同じ意見みたいで頷き返してきた。
「いいでしょう。まだまだ聞きたいことはありますし、一度楽にしてあげます」
と言いつつクシャナさんの処置は豪快だった。
空中に作り出したでっかい氷柱の槍でスライムを串刺しにする。
スライムはバラバラになりかけながら吹き飛んだ。
そのの体から、怨燃火臨煉獄殺の炎が外に出た。
燃やす燃料を失った怨燃火臨煉獄殺はしばらく空中を漂って消滅。
それでようやく地獄の苦しみから解放されたスライム。
もぞもぞと動いて人間の形に戻った。
「はぁはぁ。これで、なんとか……」
生き延びられてよかったな。
やっぱり人間素直にするのが一番だよね。
まぁ、スライムだけど。
「それではあなたには私たちと一緒に来てもらいましょう。ここから先は軍の尋問で――」
そこまで言いかけてクシャナさんの言葉が止まった。
それは鈍い振動と重たい音がどこからか伝わって来たからだ。
なんだ、今の?
何か遠くですごく重いものが落ちたような……。
まただ。
一定の間隔でドシンドシンって。
「は、はは。あいつ、なんていいタイミングで目を覚ましてくれたんだ」
音を聞いた途端、スライムの様子がおかしくなった。
さっきまで瀕死寸前で泣きそうだったのに、今はなんかちょっと元気になってる。
「お前ら、よくも僕をいたぶってくれたねぇ。この借りはたぁっぷりと返させてもらうよ。あいつを使ってねぇ」
あいつって、まさかこれ足音か?
だとしたらめちゃくちゃデカいやつだ。
これはつまりあれだろ?
目当てのあいつが出て来ちゃったんだろ?
「どうやらシシオたちの予想は正しかったようですね。この気配、前に一度見た時と同じです」
「やっぱり怪獣? まさかほんとにこんなとこにいるなんて……」
こういう『絶海の孤島に潜む巨大生物を追え!』みたいなのって絶対見つからないと思ってた。
だから俺もわりと気楽に構えてたのに、これはちょっと計算が狂うよ。
「とにかくこれでシシオへの借りが返せます。私がやっつけてあげますから、大丈夫ですよ」
無表情にも頼もしくそう言ってくれたクシャナさん。
いや、俺だってクシャナさんを一人で戦わせたりしないよ。
今回は愛理にもうるさく言われてるし。
そうしてついに霧の向こうにそいつの影が映った。
デカい。
マジでデカい。
一回見てるけど、改めて見ると超デカい。
……。
やっぱりこれと戦うのはちょっと無謀かも。
内心ちょっとビビっちゃった俺を無視して、怪獣が霧の中から姿を現した。