42話「鬼退治」
俺たちの前に現れた1匹のオーガ。
そいつはこっちをじっと見つめて様子を覗ってるみたいだ。
「妙ですね。確かにあの角の素材は魔結晶エーテルに見えます。ですが、そんな角が自然に生えるなんて聞いたことがありません。オガタ。この島の魔物には何か特別な変種が生まれると言う話しがありますか?」
「無い。少なくとも過去に地質や生態の調査で上陸した人間から、そういう報告は上がっていない」
「それよりまず魔結晶エーテルってなによ? いきなり言われてもなんのことか分からないわ」
「今は説明してるヒマないからあとでな。オーガは狂暴だから気を付けろよ」
そうだ。
オーガって魔物は基本的に闘争本能の塊みたいな奴だ。
他の種族を見つけたら問答無用で襲い掛かる超危険な性格。
異世界によっては人間並みに知能が高かったりするけど、それでもやっぱり好戦的だ。
「ねぇ。あのオーガ、なんでまだ襲ってこないのかしら?」
「さぁ。なんでだろうな。完全にこっちに気が付いてるのは間違いないけどな。もしかしてクシャナさんにビビってるのか?」
実際、そこのところは微妙だ。
今のクシャナさんは威圧感が半減してるはずだしね。
しかもオーガってのは相手がどんなに強くっても戦う以外の選択肢を持ってない。
そのくらいブチ切れた戦闘狂のはずなんだけどな。
「どうやら1匹ではないようですですね。他にも居ます」
クシャナさんが周囲に視線を走らせるのを真似して俺もあちこち見まわす。
そしたら居るわ居るわオーガの群れ。
ジャングルみたいに森が深いから正確には分からないけど、どうやら俺たちは囲まれてらしい。
「こんな敵意剥き出しの魔物群れに気づかないとは、私の気配察知も使えなくなったものです」
「仕方ないよ。今は状況も状況だし、場所のせいもあるし、クシャナさんが悪いんじゃないよ」
自嘲ぎみなクシャナさんのメンタルケアをしつつ、背中をあずけた俺は臨戦態勢に入る。
白夜と緒方大尉も近くに集まって身構えた。
「どうしよう。俺が向こうに飛び込んでブレイズトルネードでも使おうか?」
「いえ。ここまで視界が悪いとリスクが高いでしょう。このまま全員で固まって応戦した方がいいと思います」
それもそうか。
同士討ちの危険もあるし、クシャナさんの言う通りだ。
ここは安全策で防御に徹した方がいいかもしれない。
なんて思った矢先、クシャナさんが先制攻撃に出た。
魔力を収束させたマジックアロー。
無造作にそれを放った次の瞬間、茂みの向こうでオーガが悲鳴を上げた。
どうやらクシャナさんの攻撃は、1匹のオーガに正確に命中したらしい。
野生動物と同じように、魔物の鳴き声にも意味がある。
聞こえてくるのは威嚇か警告か。
それに反応したのは残りのオーガだった。
クシャナさんに倒された仲間の悲鳴をきっかけに雪崩れ込むように襲い掛かってくる。
それにむかってクシャナさんは得意の雷撃を放った。
たった一撃。
たった一条の雷撃が一匹のオーガをあっさりと絶命させた。
さらにその雷撃は2匹め3匹め4匹目と、飛び火するように次々に敵に襲い掛かる。
連続して響き渡る、破裂するような雷の音。
結局、クシャナさんの攻撃はあっと言う間におよそ半分の敵をなぎ倒した。
ほんと瞬殺もいいところ。
でも意外だったのは残ったオーガたちの反応だ。
俺のカーガ感から言えば、あいつらは仲間の死なんて気にしない。
味方の死体だろうが踏み越えて敵に向かって行く。
ところが残りの連中は違った。
仲間がやられて出来た包囲網の穴を埋めるように陣形を整え直してる。
「変ね。何か考えがあるみたいで嫌な感じだわ」
「そうなんだけど、オーガが頭使うなんてことあるか?」
「今使ってるじゃない。相手を取り囲んで追い詰めるなんて、普通のオーガは絶対やらないわよ」
やっぱりそうだよな。
こんな慎重な戦い方、どう考えたってオーガらしくない。
「警告。敵残党に一斉攻撃の兆候あり。各自回避用意」
緒方大尉の淡々としたセリフで周囲を確認する。
たしかにオーガたちは黒い角に魔力を集中して攻撃魔法の準備態勢だ。
「くそ。こいつら魔法まで使うのかよ」
これもオーガにしては珍しいことだった。
もっと人間に近くて知能が高い場合はオーガだって魔法を覚えることもある。
でもこいつらみたいに野生の鬼って感じの場合は、基本、物理攻撃で暴れまわるだけだ。
まして群れで連携して包囲網を敷いてから一斉魔法攻撃なんて、そんな戦術っぽいことするはずない。
「ビャクヤ。イベントホライゾンを。全員うしろに隠れてください」
クシャナさんの指示で一塊になってイベントホライゾンを後ろ盾にする俺たち。
ただこの絶対防御も一方向限定なんだよな。
こう囲まれてちゃ全部は防げない。
そんな心配を他所に俺たちを背中に庇うクシャナさん。
胸前で交差させた腕を、外に開くように振り払った。
その両腕からそれぞれ一条の赤い閃光が奔って周囲を薙ぐ。
一瞬の空白。
僅かな時間差を置いて、閃光が奔った軌跡を爆炎が追いかけた。
すげー。
まるで爆撃でもされたみたいだ。
地形ごとオーガの群れが爆散してる。
都合、クシャナさんの腕が振られた180度範囲の敵は、文字通り一瞬で跡形も無く消えた。
残りはイベントホライゾンを挟んだ向こう側に居る半分だ。
そいつらは頭の黒い角に魔力を集中させて、いつでも魔法を撃てそうな態勢だ。
でもここまでの展開から言えば残りの連中なんてどうってことない。
ぶっちゃっけクシャナさんの敵じゃないしね。
もう一撃で全滅だってさせられそう。
それかイベントホライゾンを上手く盾に使いつつ、俺たちで確実に一匹づつ仕留めていってもいい。
どっちにしろもう勝ったも同然だ。
そう思って俺が一息つこうとした時、視界の隅にひとつの影が映った。
「これはまたずいぶん一方的にやられたものだ。やはり魔物と言えど生身のままではこんなものか?」
現れた1人の人間。
そいつは状況を見るなりくだらなそうにそう言った。
「お前、なんでこんなところに……」
「ちょっと、どういうことなのよ?」
俺たちの前に出てきたのは、天蝉らしき侍の住処に案内してくれた木刀少年だった。