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39話「霧の中の影」

「それにしても本当にすごい霧ね。周りが全然見えないから迷いそうだわ」


 二人で歩きだしてすぐ、俺たちはこの島を覆ってる霧のすごさを実感することになった。

 なんたって視界はせいぜい数十メートルだ。

 ちょっと歩いただけなのにもう元居た場所さえ見えない。

 なんか船で遠くから島全体を見た時よりも霧が濃くなってる気がする。


「ここの村は周りより低くなってる場所にあるみたいだから、それで霧が集まってるのかもしれないわね。坂を上って行ったら少しは見晴らしもよくなるかもしれないわ」

「そうだな。じゃあ上の方に行ってみようぜ」


 今の俺たちには特別目的は無いからな。

 とりあえず気になった方向に行ってみるだけだ。

 って言っても視界が悪い。

 どの道も基本的に細いうえに、どこにつながってるのか先も見えない。

 だからとりあえず上り坂になってる道を適当に進んでみることにした。


 それからしばらく坂を上がると、だんだんと霧が濃くなってきた。

 晴れるどころか悪化してる。


「おいおい。大丈夫かよ、これ。なんかもう目の前くらいしか見えないんだけど?」

「ちょっと。あんまり先に行かないでよ。はぐれたら絶対見つけられないわ」

「分かってるからちゃんとついて来いよ。もたもたしてると置いて行くぞ?」

「全然分かってないじゃない。待ちなさいってば」

「うはは。待ってほしければ捕まえてみるがいい。ダッシュ」

「あ。こらっ」


 視界最悪の濃霧の中を逃げる俺。

 後ろからはなんだかんだで白夜がぴったりついてくる。

 あいつの方が足速いからな。

 まっすぐ走ってる限りはぐれることはない。


「っと。行き止まりか?」


 しばらくして、急に立ちふさがった壁に俺は急停止した。

 そこに白夜が追いついて来て俺の隣に立つ。


「ほら。危ないから走らないでよ。クシャーナに怒られても知らないわよ」

「クシャナさんはこんなことじゃ怒らないんだよ。それよりこの壁なんだろうな。なんかすげー雑だけど」


 その壁は普通の壁とは違ってきれいな垂直にはなってなかった。

 かなり斜めになってるし、表面もデコボコしてて材料のコンクリートも妙にざらざらだ。


「壁って言うより、山の斜面が崩れないように固めてあるだけじゃない?」

「そう言われるとそうっぽいな。やっぱこれだけ急だと危ないし。あ、階段」


 その壁だか斜面だかをよく見渡してみると、上って行けるように小さい階段が作られてた。


「階段、にしてはちょっと急ね。もうほとんどはしごみたい」

「たぶんあれだ。忍者用の階段。ちょっと上ってみようぜ」

「忍者用ってなによ? こんなところにあるんだから村の人が使ってるに決まってると思うけど、どこに出るのか見えないわ。勝手に上ったら怒られるかもしれないわよ」

「だからそれを確かめるために行ってみようぜ」

「はいはい。分かったからあんたから先に上ってよ」

「なんだよ。もしかしてこういうの怖いのか?」

「違うわよ。スカートなんだからこれだけ急だと、見えちゃうじゃない……」

「いや。正直あんまり興味無い――」

「それはそれで失礼ね!」


 えー。

 見せたいんだか見せたくないんだか。

 女はたまに気難しいよね。


 ともかく白夜に後ろから押されて、俺が先になって階段を上る。

 あ。ほんと急だわ、この階段。

 実際上ってみるとかなりヤバい。

 だって普通に手が着くからね、階段に。


 そんな感じで何とかてっぺんまで上がりきることに成功。

 そこは割と平坦な草地だった。

 って言うか、よけいに霧が濃くなってほとんど何も見えない。


「どこだ、ここ。なんか広場みたいなとこ、なのか?」

「それより何か聞こえない? 誰か居るみたいな……?」


 たしかになんか音が聞こえる。

 人が暴れてるみたいな足音と、何かを振り回してるみたいな風切り音だ。


「あっちの方からか?」

「ちょ、ちょっと」


 俺は耳を頼りに音のする方向に進む。

 近づいてる近づいてる。

 だんだん音がはっきり聞こえるようになってきた。

 なんだろ。

 聞き覚えがある感じの音なんだよね。

 もっと言えば俺も昔こんな音させてたと思う。

 師匠だった人にやらされて、な。

 だから俺には分かる。

 こいつは初心者にもなってない、ひよっこだってな。


 と、そこまで考えたところで、霧の中から茶色い棒状の物が襲い掛かってきた。

 木刀だ。

 突然、白いカーテンを割って俺の頭めがけて打ち込んで来る。


「見切った。真剣白刃取り!」


 俺は頭に衝撃を受けつつ両手を合わせて木刀を挟んだ。

 止めたのは頭。

 捕まえたの両手だ。


「当たってるじゃない。あんた、頭大丈夫?」

「どっちの意味の心配だよ。言っとくけど、けっこう痛かったんだからな?」


 俺は一度捕まえた木刀を放して言った。

 木刀はもう襲ってくる気配は無い。

 木刀って言うか、持ち主の子供がだけど。


「な、なんだよ。人んちの庭に勝手に入ってくる方が悪いんだからな」


 俺がじっと見ると、木刀少年はそう言って自分の非の無さをアピールしてくる。


「庭? そっか、ここお前ん家の庭か。勝手に入って悪かったな」

「俺ん家って言うか、俺の秘密の特訓場。ここで強くなって、冒険者になるんだ」


 自分家じゃねーのかよ。

 まぁ、別にいいけど。


「お前冒険者になりたいのか?」

「悪いかよ? 俺は最終的に冒険王になって、世界のすべてを手に入れるんだ」


 そこはかとなく聞いたことあるストーリーな気がするな、それ。

 でもその場合、作者の方が先に漫画王になると思う。

 いや、がんばって欲しいよ。俺は。


「そっか。俺も冒険者だから応援しとくわ」

「マジ? ほんとに冒険者?」

「ああ。今も仕事でここに来てるからな」


 まぁ、ギルドを通した公認クエストってわけじゃないけど。

 冒険者の俺が受けた仕事なんだから、冒険者の仕事でいいと思う。


「じゃあさ、剣とか使えないの?」

「剣? そりゃ使えることは使えるけど?」

「ほんとか? だったらちょっと教えてくれよ。この島には道場なんて無いから、いつも一人で練習してるんだ」

「一人でか。そりゃ大変だな。じゃあちょっとだけ教えてやるよ」

「ちょっと修司。本気なの?」

「別にいいだろ。どうせヒマなんだから」


 元々大して目的もないんだ。

 ここはひとつ、未来の冒険王に恩を売っておいてやろう、ってね。


「よし。見てやるからちょっと素振りしてみろよ。悪いとこあったら言ってやるから」

「分かった。じゃあいくぞ」


 そう言って木刀少年はちょっと離れて剣を構えた。

 それは見覚えのある、肩に担ぐような構え方だった。


「ちぇすとー!」


 気合を入れて素振りを始めた木刀少年。

 なんだろう。

 構え方といい、掛け声といい、一撃必殺スタイルといい、最近見たことあるスタイルに似てる。

 って言うか、十蔵のおっさんとか天蝉にそっくりかも。


「お前、それどこで覚えたんだ。島には道場無いんだろ?」

「道場は無いけど、ちょっと前まで侍が居たんだよ。直接は教えてもらってないけど、その人が練習してるの勝手に見たんだ」

「侍? ほんとに侍だったのか?」

「たぶんね。目つきが怖くて喋りかけられなかったけど、西側の本物の侍だったと思う」

「そっか……」


 目つきが悪くて剣を肩に担ぐ構えの侍、か。

 まさかとは思うけど、特徴は一致してるよな、天蝉と。


「なぁ、ほかにその侍のことで何か知らないか。名前とか特徴とか」

「なんでそんなこと聞くんだよ?」

「ちょっとな。いいから教えてくれよ。代わりにちゃんと剣術見てやるから」

「そんなこと言われても他には別に何も知らないよ。名前も分からないし。あ、でもたまに白い連中といっしょに居たっけ」

「白い連中?」

「白色の魔法使いみたいな恰好した連中。時々侍といっしょにどこかに行ってたみたい」


 白い魔法使いみたいな恰好……。

 ローブってことか?

 それってゲオルギウスの原理主義者みたいなあの連中か?

 あいつらもクラルヴァインと無関係じゃないっぽかったし、ますます怪しくなってきたな。


「おい。その侍の住んでたところってどこだ?」

「村のはずれだよ。今は誰も住んでないけど、それがなに?」

「よし。今からそこに連れてってくれ。大至急だ」

「は? いきなりなに言ってるんだよ。剣術教えてくれるんじゃないのかよ」

「そうよ。急になんなのよ、あんた?」

「いいから。あとでとっておきの必殺技教えてやるから、案内してくれ」

「必殺技? いいぜ。案内してやるから、ちゃんと教えろよ」


 まだ確定じゃない。

 確定じゃないけど、確率は高い。

 もし天蝉と白ローブの連中がここに来てたなら、絶対何か理由があるはずだ。

 偶然とは言え、あいつらの手がかりを見つけられたらクラルヴァインを追いつめられるかもしれない。

 そう期待して、俺は木刀少年の案内で村のはずれに向かった。

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