37話「霧のたちこめる島」
獅子雄中佐の無茶な頼みは、話しを聞くだけ聞いて断ろう。
そう思ってたのに、どうしてこうなったのか俺にはよく分からない。
分かるのは愛理を連れて行ったのが裏目に出たってことだけだ。
いくらなんでも怪獣を倒せなんてどんだけバカげてるか、あいつの口から説明させようとした俺がバカだった。
よりにもよって、『面白そうだね。ちょうどレトリックの新機能を試してみたかったんだよね。取り合えずその怪獣で実験してみよっか』なんて言い出すとはな。
あいつは自分のレトリックに相当自信があるんだろう。
でも実際に戦う俺の身にもなってくれって話だよ。
今回ばっかりはさすがに命に関わる気がしてならない。
言ってみれば、俺は今まさに自分で死地に向かってるような状況だった。
「見えてきたぞ。あれだ」
獅子雄中佐の声で俺たちは船首側の窓に集まった。
そう俺たちは船に乗ってる。
獅子雄中佐が倒して欲しいって言った怪獣は、東京都内のどこかに居るんじゃなくて、少し沖に出たとある島に隠れてるって話だ。
そんなわけで、俺たちは船に乗せられてその島に連れて行かれてる途中ってわけ。
面子は俺、クシャナさん、愛理、獅子雄中佐、緒方大尉、それに白夜。
白夜に関しては、一見関係なさそうに思えるかもしれない。
けど、イベントホライゾンが役に立ちそうだから、って声を掛けられてついて来た。
怪獣は物理耐性を持ってる可能性が高い。
それはかなりやっかいなスキルだけど、消去系能力のイベントホライゾンなら関係ないからな。
スキルのせいで巻き込まれたって感じかな。
そんな俺たちを乗せた船は東京湾を出港。
南に向かった。
行先は小笠原諸島。
そこが決戦の舞台、らしい。
って言うかもう見えてるけど。
「へー。あれが小笠原諸島か」
俺たちの視線の先には結構大きい島がある。
でも霧が出ててあんまりよく見えない。
「正確には小笠原諸島の父島だ。人も住んでるし、港もあるぞ」
「すごいとこに住むね。けっこう遠かったよ、ここ?」
「東京から1000キロだからな。まる1日の船旅だったな」
1000キロだよ、1000キロ。
出発前に見せてもらった地図だと日本の本土からかなり離れて見えた。
正直ここが日本、それも東京の一部とか言われても実感無いよ。
「でさ、ほんとにここに怪獣いるの? 人住んでるんでしょ?」
「恐らく、な。海中を移動する怪獣をソナーで追ったら、こっちに向かってた。途中で見失ってるから確実じゃないが、可能性としてはここ以外に無い」
「見つかってはないんだ」
「ああ。小笠原には島が30くらいあるが、島民の数も少ないから目撃情報が無い。本当ならもっと多くの人が住んでるはずなんだが、これも世界改変の影響かもしれないな」
だとしたら変なとこで出るね、影響。
何がどういう基準で異化するのかよく分からないけど、人口が減ったりっていうこともあるのかもね。
「とにかく上陸して島民から情報収集をしよう。もしかしたら心当たりがあるかもしれない」
俺的にはあんまり怪獣に居て欲しくないんだけどね。
出来れば穏便に、もう二度と姿を現さないでくれるのが一番だ。
なんてことを思いつつも、俺たちを乗せた船は島の港に入っていった。
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「こんなところまでよく来なさったな、本土の方」
到着するなり俺たちを出迎えてくれたのはマスター・○ーダ、に似たちっさい爺さんだった。
ホビット的な身長にローブを羽織って杖をついてる。
絶対意識してるよね?
してるだろ?
「いきなり押しかけてすみません。僕は日本国連邦陸軍の獅子雄と言います」
「ああ、事前に軍の人から聞いとるよ。わしは村長のゼム。なんでも怪獣を探しにここまで来たとか?」
「はい。先日、都内に現れた怪獣の行方を追った結果、この小笠原のどこかに潜んでいる可能性があります。何かそれらしいのを見た島民の方はいませんか?」
「そういう話は聞かんな。もっとも少ない住民は皆父島にかたまって生活しておる。ほかの島のことはわしらでも詳しくは分からんよ」
「父島だけ? 母島も無人島ですか?」
「うむ。ほかの島には魔物がおるからな。母島には特に強いのが多くてわしらでは近づけん」
なるほど、魔物の楽園か。
こんなところじゃ冒険者も来ないだろうし、野放しなんだろうな。
この島以外は案外危険地帯なのかも。
「海の方はどうです? 海中を移動する何かを見たと言う話しは?」
「それも無いな。見ての通り、小笠原は常に霧に包まれておる。昼間でも見通しが悪くて居ても気づかんよ」
いっつも霧が出てるのか。
今もなんか薄暗いし、一年中これとか洗濯物乾くのかな?
「分かりました。我々は調査のためにしばらく滞在させてもらいます。念のために島民の方に話しを伺ってもかまいませんか?」
「わしらにはそれくらいしか協力できんからな。好きにするといい。じゃがあんまりみんなを怖がらせるようなことだけはせんでくれよ?」
村長さんはそう言って霧の中に消えていった。
なんかあれだね。
殺人事件でも起きそうな雰囲気だね。
いや、ただでさえ怪獣って問題を抱えてるのに、そんなこと起こってもらってもこまるけど。
とにかく、俺たちはこの島で情報収集をすることになった。