36話「獅子雄電話逆相談室」
それは十蔵のおっさんと天蝉が戦った2日後のことだった。
その日、俺とクシャナさんはクエストも受けずにホテルでゴロゴロしてた。
ちょうどクラルヴァイン関係でやることもなかったし、たまにはのんびり休みにしようって話し合った結果だ。
プランとしてはこう。
まず目が覚めてもベッドからは起きない。
クシャナさんと抱き合ったり、ひたすらイチャイチャしながらまどろみを楽しむ。
もちろん二度寝三度寝もあり。
寝たいだけ寝るし、クシャナさんを楽しみたいだけ楽しむ。
それからお腹が減ってきたらセルフごはん。
昨日の晩に買っておいたサンドイッチとかを食べる。
って言うか食べさせてもらう。
そして食べさせてあげる。
そのあと、体が完全に起きてるみたいだったら、服を着替えて外でデート。
この世界に帰って来てから、なんだかんだでずっと忙しかったからね。
もうちょっとクシャナさんに俺の生まれ故郷を見てもらいたい。
ぜんっぜん様変わりしちゃってるけど、そこは愛嬌。
いっしょに見て回ればなんだって楽しいはず。
少なくとも俺はそう。
だってクシャナさんといっしょだから。
それにアナザー東京は俺にとっても未知のことだらけだ。
当たり前のことが当たり前じゃなくなったりしてるからいろんな発見がある。
それだけ『おいおい』ってなることも多いけどね。
とにかく、今日はそんな感じでまる1日まったり過ごすつもりだった。
そう、あの1本の電話がくるまでは。
『諸神君か? 久しぶりだな。最近様子はどうだ?』
電話の相手は獅子雄中佐だった。
中佐とは愛理を連れて帰って来た時以来、あんまり連絡を取ってなかった。
電話もそうだし、それこそ直接会うことなんて1回も無し。
だってこっちからはほとんど用事なんて無いわけだしさ。
中佐の方からだってほとんど何も言ってこなかったから、必然的に縁遠くなっちゃってた。
原因は例の怪獣のせい。
俺たちが前に見た怪獣、あれはあの日結局東京湾から海に潜って消えたってニュースで言ってた。
街にはあんまり被害が出なかったらしいけど、怪獣が生きてるからまた来るのは間違いない、警戒が必要だ、って。
で、実際に警戒にあたるのが日本国連邦軍で、獅子雄中佐はその陸軍だ。
しかも『怪獣が居る』なんて風にこの世界が異化しちゃったせいで、中佐の受け持つ任務も変化があったみたい。
つまり、怪獣退治に参加しないといけないってことだ。
それで中佐の方が動けなかった。
この世界が異化してる原因を探すより、まずは目の前の怪獣をどうにかする方が先。
うん。
仕方ないね。
「中佐、ひさしぶり。こっちは冒険者の方もまぁまぁだよ」
俺はあえてその程度に答えを濁した。
中佐には冒険者になったこと自体は言ってある。
でもアルトレイアとのことは内緒。
だってクラルヴァインも代官なんだもん。
今の俺たちのクエストは、代官が他の代官の悪事を暴くって言う構図だからね。
迂闊には他の人には喋れない。
『そうか。ホテル暮らしの方はどうだ? 不自由してないか?」
「いや、別に。全然いい感じだよ。色々ありがとね」
『ああ、別にいいんだ。元々おたがいさまの協力関係なんだ。何か要望があったらなんでも言ってくれ』
そう言った中佐の声はやけに上機嫌だ。
ウキウキしてるって言うか、やたらと楽しそう。
『食事はどうしてる? いつもホテルのじゃ飽きてこないか? 僕がどこか連れて行ってもいいぞ?』
「え? 別にいいよ。普通においしいし。ここのごはん」
『じゃあどこか遊びに行くか? 遊園地を手配するから、クシャーナと二人で遊んで来たらどうだ?』
「……」
なにこれ、気持ち悪い。
なに?
なんなの?
中佐が明らかに不自然なんだけど?
そりゃ中佐は最初から割といい人だったよ?
でも今日は親切過ぎて逆に怪しいひとだよ?
『知ってるか? 今あのネズミランドで怪獣コラボアトラクションをやってるんだ。それがかなりの人気で何時間も並ばないといけないんだが、僕ならVIPパスポートを確保出来る。すぐに入れるぞ』
「いや、それは今はいいよ。あんまり人が多いとこは疲れるし」
『なら都内はどうだ? ちょうど大怪獣博もやってることだし、そっちはそんなに人は多くないはずだ』
「中佐、なんか妙に怪獣推すね」
『……』
俺がそう言うと、電話越しに中佐が息をのむのが分かった。
『諸神君。君は怪獣のことをどう思う?』
「どうって、俺は別に……」
『怪獣そのものはともかく、怪獣被害には思うところもあるだろう。この間、僕たちが見た時はすぐに帰って行ったから被害も少なかったが、異化した今のこの世界の記録じゃ結構大きな被害も出てたりするみたいだ』
そりゃあんなに大きいのが暴れれば大変なことになるのは分かるよ。
分かるけどさ、それでなんで俺たちを怪獣博とかアトラクションに行かそうとするのか、だよね。
『最近の僕の任務にはあの怪獣をどうにかするっていうのも含まれてるんだが、これが結構厄介なんだ。なんたって通常兵器がほとんど効かないからな。どうもレジストみたいな能力を持ってるらしい』
それって物理耐性ってこと?
だったらかなり厄介だよ、それ。
『そこでだ。諸神君には敵に弱点を付加する能力があっただろう。ヒュドラを倒した時のあれだ。あの能力が怪獣にも通用するならすごく助かるんだが……』
「いや、効く効かないで言うと効くと思うけど、それはちょっと……」
正直あれはオクシモロンで性質を付加してるだけだ。
やることは単純だし効果も確実だけど、問題なのは直接接触じゃないと付加出来ないってこと。
それも一瞬じゃ無理だから、相手の動きを止めないと反撃される。
それをあのバカでかい怪獣相手にやれてって言われても困るんだけど……。
『諸神君。頼む。市民の安全のためだ。あの怪獣を倒して欲しい』
いやいや、無茶だって。
あんなのと戦ったらさすがに死んじゃう。
『お互い持ちつ持たれつ。ただで使ってるそのホテルの生活、『全然いい感じ』だろう?』
うわ。
最悪だ。
だからあんまり借りを作りたくなかったんだよ。
こずかいの前借で後から義務を果たさないといけない億劫感。
この場合それとは比較にならない辛さだよ。
でも中佐によくしてもらってるのは事実だし、とりあえず話しを聞いてみようってことになった。
しかも早い方がいいって言うから今日すぐにだって。
あーあ。
せっかくのクシャナさんとのデートが台無しだよ。