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32話「邂逅」

 突然ランプが灯って明るくなった地下室。

 身構える俺たちのところに、階段を下りる足音が響いてくる。

 でも侵入者に気付いた警備が飛んできたって感じじゃない。

 一歩一歩悠遊と、あくまでもゆっくりとした足音だ。

 なんかもう、袋のねずみになったまぬけの顔を見てやろうか、って余裕すら感じる。

 出来れば今のうちに逃げたいけど残念。

 足音は唯一の出口の階段を下りてくるんだから、こっちとしても相手を待つしかない。

 それからほどなくして、そいつは俺たちの前に姿を現した。


 痩せた体に鋭い目つき。

 腰には刀を差して、悠然と出口に立ちふさがった一人の剣士。

 俺は別に驚かなかったよ。

 たとえ出て来たのが写真に写ってた男、クラルヴァインの右腕さんだったと言ってもだ。

 そもそもおっさんがこいつを追いかけてたの分かってたんだ。

 そのうえでおっさんと一緒に行動してたんだから、そのうちどこかでぶつかる可能性はあった。

 って言うか、むしろそれを期待してたわけで。

 ただ思ってたよりもかなり早い遭遇になったことにはびっくりかな。

 まぁ、ほんとなら見つけたうえで尾行とかして情報収集する予定だったんだよ。

 でも見つけたと言うより、むしろこっちが見つかっちゃったんだから、それはもう無理。

 作戦が狂っちゃったことはアルトレイアたちには悪いけど、ここはもう真正面からぶつかるしかないよね。


「なるほど。最近ねずみがうるさいとは思っていた。こそこそ嗅ぎまわっていたのは前だったか。十蔵」

「久しぶりだな、左天蝉(ひだり てんぜん)。こうしてお前に会えるのを楽しみにていたぞ」


 天蝉。

 それが男の名前か。

 ふたりは視線を絡ませながらお互いに間合いを測ってる。

 まずはそこからって、仲の悪さは相当らしい。


「楽しみ? 俺は残念だ。出来ればもう会いたくはなかった」

「そうはいくか。お前の仕出かしたことの後始末は、お前以外にはつけられん。取ってもらうぞ。責任ってやつをな」


 おっさんはが小太刀の切っ先を天蝉に突きつける。

 やっぱりおっさんは天蝉に相当な因縁があるらしい。

 抑えきれない殺気が重々しい雰囲気として漏れ出してる。


「責任か。そうかお前はそのためにわざわざこんな東側まで俺を追いかけて来たか」


 対して天蝉は涼しげなもんだ。

 突きつけられた切っ先を気にするでもなく、無防備に突っ立ってる。

 そんなに間合いがあるわけじゃないのに、迂闊過ぎじゃね?

 て言うか、この男にはなんとなく違和感を感じる。

 その感覚の正体を俺が探ってると、クシャナさんが俺の耳元に口を寄せてきた。


「シュウジ。あの男、気配がありません。まるで人形です」

「え?」


 どういうことだ?

 クシャナさんの気配察知は基本的に生き物なら何でも捉えられる。

 もちろん有効距離ってのがあるけど、目の前に居る相手を見逃すはずはない。

 それなのに、クシャナさんは天蝉を人形だって言った。

 つまり物みたいに気配が無いって意味だろうけど、そんなことってあり得るのか?


「理由は分かりませんが、あの男にはまるで存在感がありません。いつから私たちの行動を見張っていたのか、どこに隠れていたのか、私の気配察知では見つけることが出来ませんでした」


 そっか。

 だから天蝉が自分から姿を見せるまで、クシャナさんはあいつの接近に気づけなかったのか。

 でもどうしてだ?

 天蝉はどこからどう見ても人間なのに、どうして気配が無いんだ?

 息を殺して気配を殺して、なんてのでごまかせるほど、クシャナさんの気配察知は甘くないんだけど……。


「十蔵。むかしのよしみだ。今剣を引けば見逃してやる。悪いことは言わん。郷に帰れ」

「見逃してやるだと? 生憎俺はお前を見逃してやるつもりはない。ここで全ての清算を済ませてやる」

「やめておけ。お前の剣は俺には届かない。せっかくの命、無駄にはするな」

「お前がそれを言うかッ」


 声を張り上げるのと同時に十蔵のおっさんが踏み込んだ。

 一気に間合いを詰めて天蝉の懐に潜り込む。

 天蝉は動かない。

 その隙におっさんが握りしめた小太刀を天蝉の胸に突き立てた。


「え?」


 あまりにもあっけない結末に、俺はどう反応していいのか分からなかった。

 天蝉の受けた一撃はどう見たって致命傷。

 完全に心臓を一突きだ。

 なんでだ?

 なんで天蝉は避けなかったんだ?

 たしかにおっさんの踏み込みは鋭かった。

 でも一歩も動かず無反応で刺されるなんて……。

 思ってもみなかった状況に戸惑った俺。

 でもそれで終わりじゃなかった。


「無駄だ。それで殺せる俺ではないと、お前は知っているはずだ」


 心臓を突き刺されたまま、天蝉はこともなげにそう言った。


「ちッ」


 おっさんは舌打ちをして、胸に刺した小太刀をさらに押し込む。

 さらにそこから天蝉を突き飛ばして刃を引き抜く。

 二、三歩たたらを踏んで天蝉が倒れた。

 胸の傷からあふれ出す白い液体。

 なんだ、あれ。

 血じゃない?

 どういうことだ?


「この体も使い捨てるには惜しいが所詮は替えが利く。破壊されたところで俺自身には何の意味もない。だが、生身のお前はそうはいかないだろう。今度はお前が破壊されてみるか、十蔵?」


 そう言うと天蝉は動かなくなった。

 まだ胸から白い液体が流れてるけど、それだけだ。

 死んだ?

 いや、そもそも天蝉は人間じゃないのか?

 何が起こってるんだ?

 俺がさらに困惑してると、突然衝撃が走った。

 天井の一部が崩れて、上から一体の鎧甲冑が降ってきた。


「さぁ、今度は俺から行くぞ」


 鎧甲冑は、天蝉の声でそう言った。

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