31話「地下工房」
オンボロ倉庫の中に地下へと向かう階段を見つけた俺たちは、おっさんの用意してた明かりを頼りに下へと降りてってる真っ最中だ。
「生き物の気配はありませんが、トラップには気を付けてください。暗いですから、見落としやすいですよ」
そう言ったクシャナさんは最後尾。
その前が俺で、先頭はライトを持ってるおっさんだ。
「大丈夫だ。一応警戒はしている。何かあったら止まるから押すなよ?」
「一応聞くけど、それほんとは押して欲しい時のフリじゃないよね?」
「当たり前だッ。冗談でトラップにかかったら死んでも死にきれん。クシャーナ。頼むから小僧から目を離さないでくれよ?」
わざわざ振り返って確認するおっさん。
なにもそんなに疑わなくったって。
「心配しなくてもシュウジはふざけて味方を危険に晒したりはしませんよ」
「そうそう。間違えないように確認しただけだって」
「ならいいんだがな。なにせ入り口を隠してあったくらいだ。何があるか分からんから気を引き締めてくれ」
念を押したおっさんが先に進む。
ライトの光が当たって階段の終わりが見えた。
そこにあるのは木でできた一枚のドア。
建物と違って真新しくてきれいなもんだ。
「開けるぞ」
おっさんがゆっくりと扉を開く。
中は階段にも増して真っ暗だ。
本気で外からの光が届いてないからな。
夜目の利くクシャナさんはともかく、俺とおっさんにとってはライトの明かりだけが頼りだ。
「暗くてよく分からないが、この様子じゃただの倉庫の地下室とは言えないだろうな」
ライトにたらされた室内は広い。
さすがに上の倉庫ほどじゃないけどかなりのもんだ。
そこには棚や小さな台があって、色々なものが並べられてる。
分厚い本がたくさんあれば、短剣とか水晶とか術具もあれる。
ほかにもよく分からないガラクタがいっぱいだ。
見た感じ術士の持ち物を集めたって感じだけど、ちょっと節操無い気もする。
ただなんとなく落ち着くって言うか、何かが分かる気がするんだよね。
自分でもよく分からないけど、不思議とここには親近感を感じる。
「アイリの工房に似ていますね」
ポツリとクシャナさんがつぶやいた。
ああ、それでか。
このごちゃごちゃした感じはあいつの工房にそっくりだ。
錬金術師として必要な物をあれこれもってたり、本だって山のようにある。
それは他の術士も一緒だろうけど、愛理の持ち物にはよく分からない物も多い。
日用品みたいな物もあれば、どこかの部族の怪しい仮面みたいなのもある。
そう言った節操のなさが愛理の工房と共通してるから、俺にとっては慣れた場所に感じるのかもしれない。
「どっかの術士の隠れ家か何かなのかな?」
見た感じ、ただ道具を集めた倉庫って感じじゃない。
ほんとに術士が使ってる工房って感じ。
でもそうなるとどんな奴がここの持ち主なんだろう。
多少埃っぽい気もするけど、放置されてるって感じも薄い。
今も出入りがあるなら、ほんとに誰かの工房なのかもしれない。
「まさか千代田区の代官じゃないよね?」
俺が一番に思い浮かべたのは、建物の持ち主のクラルヴァインだった。
まぁ、土地と建物の所有者だし、誰でも考えると思う。
けど、
「それはないだろうな。少なくともクラルヴァインの現当主、千代田区代官のディートハルトが術士だと言う話しは聞かない。剣はかなりの腕らしいが、魔術や魔法の類いは使わないらしい」
そうなのか。
アルトレイアも剣士だったし、代官には多いのかな。
「それに仮に知られてないだけで魔術を扱うにしても、わざわざこんなところに自分の工房は作らんだろうな。どうせなら自分の屋敷に設えた方が手っ取り早い」
だよね。
クラルヴァインは代官の中でも格が高いらしいし、当然金持ちだろう。
そうなったらやっぱり屋敷もデカいわけで、工房の一つや二つ用意出来るはずだ。
じゃあここはなんのための工房なんだって話しだよ。
他に使ってる奴が居るなら、そいつは代官とどういう関係なのか。
もちろん手下だろうけど、それにしてもずいぶんなとこに工房を持たされてることになる。
「もう少し見て周るか」
おっさんがそう言うなら仕方ない。
だってライト持ってるのおっさんだけだから、こっちはついて行くしか選択肢は無い。
いろいろと照らしながら、おっさんは奥へと進んでいく。
「これは、なんだ……?」
立ち止まったおっさんが何かにライトを当てる。
見てみると、それはなにかの動物の体の一部分のホルマリン漬けみたいなものだった。
って言うか、そういうのがいっぱいあった。
「ずいぶん趣味の悪いコレクションだな。何の目的か知らんが、気味が悪い」
たしかに真っ暗な中で見ると不気味と言えば不気味だ。
でもまぁ、術士の中にはこういうのをいっぱい集めちゃうヘンタイも居るんだよな。
愛理とか。
もっともここの主がどうしてこんなもの集めてるのかは見当つかない。
術士の工房って言うのは、基本的にそいつの事情や考え方が支配してる異空間みたいなもんだからさ。
ちょっと見ただけじゃ理解出来ないのは仕方ない。
だからこのホルマリン漬けも誰かさんの趣味と同じかと思ったら、クシャナさんが神妙に一つを手に取った。
「シュウジ。これを見てください」
言われて俺はそれを見た。
おっさんも興味を持ったらしく、ライトの光を当ててくる。
暗闇の中で浮かび上がったそれは、何かの『手』だった。
ただし、普通の動物じゃなさそう。
たぶん魔物の類いだな。
しかも魔物にしても異常な状態だ。
なんたって手の先端、指の何本かから肘の方に掛けて、黒く硬貨してる。
それは行ってみれば黒曜石みたいな質感だった。
「これ、魔結晶エーテル?」
少なくとも俺にはそう見えた。
ただそれを詳しく調べてる余裕は無かった。
いきなり部屋の壁に取り付けられたたくさんのランプに火が入った。
一つ一つはぼんやりした明るさだけど、数が多いからライトが無くても動ける明るさだ。
逆に言えば、俺たちの姿も周りからバレバレになったわけで。
「見つかったか」
言っておっさんが腰の小太刀を抜いた。
ミスったな。
こうなったら力づくでも逃げるしかない。
俺は敵の襲撃に備えて周囲に気配を配った。