29話「おっさんと情報交換」
「そうか、アルトレイア殿の指示か」
俺は、十蔵のおっさんにこっちの事情って言うか経緯って言うかを一通り話し終えた。
まぁ、別にたいした内容じゃない。
おっさんがアルトレイアの頼みを断ったあの日から、俺たちは特になんの成果もあげれてない、って話し。
「俺たちで千代田区の代官所を何日か張り込んだんだけど、全然空振りだったんだよね。だからちょっと作戦変更って感じかな」
張り込み初日以来、俺たちはローテ―ション的に交代しながら何日もがんばった。
でもやっぱり代官も写真のおとこも姿を現さなかったから方針転換もしかたない。
むしろアルトレイアがその辺ちゃんと指示してきたほうが驚きだよね。
「アルトレイアはクラルヴァインの所有する数々の蔵のどれかに生きた魔物を集めてあるのではないかと言っていました。ここの蔵、と言うより倉庫には居ないようですが、ジューゾーは他の場所を見て周りましたか?」
後ろから俺を抱きしめながらクシャナさんはそう言った。
一方、聞かれたおっさんは、堅い表情で視線を返しただけだった。
「あなたが何故アルトレイアの依頼を断りつつも個人的にこの件を追いかけているのかは問いません。ですが可能な範囲で情報共有くらいはお互いの利益になると思いますが?」
「え、あの写真の男のこと聞かないの?」
どうせなら名前とかくらいは教えてもらってもいいんじゃないかと思うんだけど。
クシャナさんもアルトレイアに写真を見せられた時のおっさんの反応、絶対気付いてたよね?
「シュウジ。人にはそれぞれ事情があります。個人的なことはあまり詮索してはいけませんよ」
後ろから俺の肩に顎を乗せてクシャナさんがそう諭してきた。
やっぱりそっか。
あの時のおっさんはほんとに普通じゃ無かったからな。
クシャナさんがそう言うなら、聞いちゃダメなんだろう。
と思ったら、おっさんはばつが悪そうに頭を掻いた。
「クシャーナはただ者じゃないと思ってたが、小僧にも気取られているとはな。俺も修行が足りんと言うことか」
「いや、おっさんすっごい怖い目してたって。マジで殺し屋かと思った」
「表情には出してなかっただろう? それでも悟られるならまだ未熟と言うことだ」
「そう卑下しなくとも、最近のシュウジが殺気を読めるようになってきたというだけです。他の3人は気付いていなかったでしょう」
「マジで? 殺気読めるなら俺もそのうちクシャナさんみたいに気配察知できるようになるかな?」
出来たらすごくない、俺?
自然界でも生存率かなり上がるよ、あれは。
「それは難しいだろうな。少なくとも普通の人間に出来る芸当とは言えん」
おっさんが答えてくれたけど、夢の無い話しだな。
つまり亜人とか獣人とかじゃないとダメってことだろ?
だとしたら、純粋な人間の俺には望み薄か。
「ですが十蔵は似たようなことが出来るのでは?」
「そうなの?」
「外から気配察知で動きを追っていましたが、私たちが倉庫に近づくと身を隠しましたからね。ある程度こちらに気付いていたのでしょう?」
「ほんとに気配察知じゃん、それ」
なんだよ、人間には出来ないんじゃないのかよ。
おっさん言ってることとやってることが違うよ。
「ただの経験則から来る勘なんだがな。そんなに大したものでもない」
そーか?
十分すごいと思うけどな。
て言うか違いがいまいち分かんない。
「経験や勘と言うのは重要なものですよ。時には単純な能力よりも頼りになります。そのうえで聞きますが、ジューゾーの
勘ではやはりクラルヴァイン家には後ろめたいことがありそうですか?」
「どうだかな。まだ分からんが、思っていたよりまともかもしれん」
おっさんはアゴを撫でながら言葉を続ける。
「ここの倉庫に保管されてる食料、こいつは非常時に配給する救援物資の類いだ。代官には自分の区民の面倒をみる責任があるからな。こうして備蓄してあるんだ。だがそうは言っても金がかかる。代官の中にはろくな備えをしてない奴も居るらしいが、ここを見る限り千代田の代官様は責任分の備えくらいはしてそうに見える」
話しを聞いて薄暗い倉庫の中を見回してみる。
たしかに色んなものがきっちり整頓して保管されてる。
これ全部支援物資ならかなりの値段分の備蓄になりそうだ。
「ここ以外の蔵や倉庫も立派なものだったが、取り立てて不審なところはなかった」
「ではアルトレイアのクラルヴァイン黒幕説は間違いということでしょうか?」
「いや、今はまだ判断するには早いだろう。クラルヴァインが魔物を集めていたのが事実なら、その理由を確かめるまで白とは言えないからな」
その魔物を探してるんだけど、ここには居ないのか。
おっさんもまだ見つけてないみたいだし、どこに隠してんだか。
「とにかく地道に調べていくしかないな。ここの近くにもう一つクラルヴァインの倉庫がある。次はそれを見に行くつもりだが、お前たちはどうする? アルトレイア殿に見て周るように言われているんだろう?」
たしかにその通りだ。
偶然とは言えせっかくおっさんと鉢合わせになったんだ。
せっかくだから一緒に行動してみるのもいいよな。
俺たちは3人でもう一つの倉庫へ向かうことにした。