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28話「暗がりのねずみ」

暗闇の中、男は眼球の動きだけで周囲を覗った。

 右から左。

 天窓から落ちる明かりだけを頼りに危険を確認する。

 人は居ない。

 だが虎穴にあっては油断一つが命取りだ。

 男は慎重のうえに慎重を期す。

 息を殺し、気配を殺し、さながら人家に忍び込んだねずみのように神経を研ぎ澄ませる。

 敵に見つかればただでは済むまい。

 窃盗や不法侵入の罪科など背負わされる暇さえあるかどうか。

 たとえその場で斬り捨てられたとしても文句は言えないのだ。

 なぜならば、ここは代々の千代田区代官職クラルヴァイン家の所有する倉庫の中なのだから。


「見張りも無し。罠も無し。どうやらここもはずれのようだな」


 ひとりごちて、男、宗方十蔵は物陰から姿を現した。

 薄暗い倉庫内によく馴染む紺の装束に刀一振り。

 しかしそれは普段十蔵が腰に差している太刀ではなく、携行性に優れた小太刀だった。

 家屋に忍び入るのに長物では具合が悪い。

 そう判断しての差し替えだった。


 十蔵は倉庫の中に並んだ物品の間を進んで行く。

 置かれているのは保存の利く食品が多い。

 梱包された缶詰の箱。乾物や非常食の大袋。ペットボトル詰めされた大量の飲料水。

 どれを取ってもまっとうな備蓄品であって訝しむところはない。

 さすがにクラルヴァイン家は東日本を代表する名家の一つと言うところか。

 有事の際の備えにも不備はなさそうだ。

 実際大したものではある。

 いくら代官職とは言え、ここまで律儀な備蓄を用意してあるのは少数波だろう。

 たとえばあのバントライン家の現当主にして渋谷区代官。

 あの放蕩娘ならすべてがスナック菓子だったとしても不思議ではない。

『むしろこの方が栄養価が高いではないか』

 そんな声さえ聞こえてきそうな気がする。

 では逆に、ディートハルト・クラルヴァインは信用に足る男だろうか。

 この倉庫の備蓄品のように、頼り甲斐のある代官だろうか。

 あまりいい噂は聞かない。

 アルトレイア同様若当主らしいが、鼻持ちならないほどの傲慢さらしい。

 上級官吏であっても、気に食わなければ衆目の前でさえこき下ろすことも珍しくないのだ、と。


「まぁ、なんにせよ俺には関係のないことだがな」


 そもそも十蔵がここに来たのは、ディートハルトに関する疑念を明らかにするためではない。

 アルトレイアの依頼は断ったのだ。

 それをこんなリスクを背負ってまで1人ボランティアに励む道理は無い。

 十蔵には十蔵個人の訳と理由がある。

 そのためにこんなところでねずみのまね事をしているのだ。

 だがそれも空振りに終わった。

 ここしばらくクラルヴァイン家を嗅ぎまわってみたが、思うような成果は得られていない。

 何か方針の転換が必要なのかもしれない。


 そう考えを巡らせていた十蔵は、不意に物陰に飛び込んだ。

 しばらく息を殺し様子をみる。

 そこへ無様な音を立てながら珍客があった。

 十蔵が侵入に使った小窓から何者かが入ってくる。

 頭を下にして狭い窓枠をくぐりぬけ、落ちた。

 しかし次の瞬間には外から伸びて来た細い腕がその足を捕まえ落下を防ぐ。

 なんとか体勢を整えた侵入者は、窓枠を掴むと体勢を入れ替えて今度こそ足から床へと飛び降りた。

 続いて二人目。

 先ほど一人目の窮地を救ったと思われる細腕の持ち主。

 その人物は一人目よりはるかに器用に体を操ると、難なく窓枠を突破して侵入を成功させた。


 どうやら二人組らしい。

 それも片方は女。

 若い男と背の高い女に見える。

 盗人の類いにしても、クラルヴァイン家を狙うとは大した度胸だ。

 そう思った矢先、盗賊の1人が不用心かつ不作法とも言える声を上げた。


「おーい。居るんだろ、おっさん。怖くないから出て来てよ」


 十蔵は物陰に隠れたまま眉をひそめた。

 その声があまりに間が抜けていて、しかもこの倉庫に自分たち以外の人間の存在を察知しているようだったからだ。


「シュウジ。こういう時はもう少し警戒するものですよ」


 そう言いつつ、この女もこの女で大胆だ。

 それはまるでクラルヴァイン家の見張りなど居ないと知っているように。


「ともあれ心配いりません。この蔵の中には私たちだけです。私たちも敵ではありませんから出て来てください、ジューゾー」


 十蔵は驚きを隠せなかった。

 名前を呼ばれたことも、自分がここに忍び入っていることも知られている。

 しかも相手はクラルヴァインの者ではなく、どうやら見知った冒険者の2人組のようだった。


「あ、居た居た。いきなりごめん。でもクシャナさんがおっさんの気配がするって言うから」


 相手から見える位置まで進み出た十蔵に、相手の少年はなんとも緊張感無くそう言った。

 初めて会った時から少し普通ではないと思っていたがここまでとは。

 十蔵は感心とも呆れとも判別できない気持ちを抱えつつ、言葉を返した。


「どうしてここに居ると分かった? 単独で動いているから、足取りを掴ませるようなヘマはしていないはずだが?」

「いや。ここに来たのはたまたまだよ。アルトレイアに代官の蔵を探して回れって言われて来たら、クシャナさんの気配察知が、ね」


 侵入者の片割れ、諸神修司と名乗っている少年は、隣に控えたクシャーナに頭を撫でられながらそう言った。

 どうにも場違いな光景に、十蔵は何とも言えない気持ちになった。

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