9話「代官山攻防戦 買取査定編」
代官山には代官が住んでるって噂を聞いたことがあるか?
え? それはもういいって?
いや、だって代官だぞ、代官。「あーれーお代官さまごかんべんをー」「よいではないかよいではないかー」の代官だぞ? そんなのがリアルに居るって言われたら気になるだろ。いや、実際どんなのかは分からないけどさ。
ともかく俺とクシャナさんは代官山までやって来た。
あのリョウスケって駅員が言ってた通り、この辺にくると急に警備兵っぽいのが増えた。明らかに警官じゃないアイアムソルジャーな連中がライフル背負って歩いてる。魔物系の種族が多いと治安維持も大変だね。まさかそれとは関係なしに単に恐怖政治が敷かれてるだけとは思いたくもない。
俺の経験上、そういうとこの統治者は無駄に突っかかってくるから厄介だ。おまけに引き際ってのをしらないから、いったんことを構えたら行くとこまで行っちゃう。んでクシャナさんが力づくで解決した結果、新たな邪神伝説が生まれるパターン。
いつも思うけどけしからん話しだよ、実際。クシャナさんを邪神呼ばわりするやつはこの俺が許さないぜ。
ましてやここは俺にとっては元の世界だからな。クシャナさんがそんな呼ばれ方しないように気を付けないと。
それはさておき、まずはお金の工面が先だ。
今、俺たちは駅で教えてもらったアイテム換金ができるショップの前まで来てる。
リョウスケにお勧めされたショップは、何て言うか、中古品売買のチェーン店だった。氏曰く、場所が分かりやすいだの個人店は初心者には敷居が云々で逆にチェーン店の方がいいって言われた。
その辺にこだわりはないから別にいい。異世界じゃ個人店が普通だし。魔女だか占い師だか分かったもんじゃないババアに「よく来たね、若いの」なんて言われるのにもいい加減飽きてる。
でもこうしていかにもチェーン店丸出しな店構えを目の当たりにすると何か不安になってくる。ちゃんと適正価格で買い取ってくれるんだろうな。つかそもそも俺の持ってるものがこの世界でも売れるのか自体が謎だ。
まぁ、いきなり警察沙汰にはならないだろうし、とりあえず持ち込んでみるしかない。
「シュウジ。お金なら後でどうとでもできます。手持ちのアイテムがこの世界で不審がられるようなら無理に売る必要はありませんからね?」
さすがにクシャナさんは俺が何考えてるか分ってるな。でもそんなに心配しなくたって俺だってこの状況で目立つようなことをするつもりはない。代官が来るからね。代官が。
「大丈夫。お金のこともあるけど、まずは今のこの世界でどんなアイテムとか素材が取引されてるのか探ってみるよ。それで売れそうなら売るし、ダメそうなら他の売れそうなの持って来るよ」
「ええ、それで構いません。いい子ですね、シュウジは」
よし。クシャナさんに褒められた。
これは頑張って稼いで美味しいもの食べさせてあげないとな。
とは言え、今、俺の手元にあるアイテムはそう多くない。何せこの世界がこんなになっちゃってるとは思ってなかったから、必要のないものはあんまり持ってきてない。
俺とクシャナさんはいくつかの世界に隠れ家的な拠点を持ってる。そこに素材やら装備やらを保管してあるから、必要に応じて取りに戻ればいい。最悪こっちの世界で生活に困ったらそっちで食事とか寝床とかも用意できる。クシャナさんがあとでもいいって言うのはそういう意味だ。
そういうわけで俺は特別気負うこともなく店のドアをくぐる。
自動ドアか。何かいいな。
「いらっしゃませー」
店に入るなり入店を歓迎する店員の合唱が響き渡る。こういうとこはやっぱり日本だ。
中に入った俺は買取カウンターに向かいつつ、店内の棚にどんな商品が並んでいるかをそれとなく確認する。置いてあるのは装備品とかばっかりだ。
素材は買取だけで売ってないのか?
残念。結局どんな素材が流通してるのか確認できないまま、買取カウンターにたどり着いてしまった。
こうなったら出たとこ勝負だ。俺はカウンターに居た人間の若い女店員に声をかける。
「すいません。買取お願いします」
「あ、はい。お売りになりたいアイテムはなんでしょうか?」
女店員は朗らかな笑顔で対応してくれた。
さて、何を売るかだけど最初は無難なとこから攻めた方がよさそうだ。
俺は腰につけたアイテムバックから緑色の液体が入った小瓶を3つほどとりだしてカウンターに置いた。
「ポーションをお願いします」
これを最初に出したのは店の中にポーション高価買取中の文字が張られてるからだ。つまりとりあえずの様子見。これの値段がどうなるかで他の世界とのアイテム価値の差がちょっとは予想できる、気がするけど実際には俺は計算が得意じゃないからフィーリングで行くしかない。
「ポーションですね。3つで1万2千円になりますがよろしいですか?」
お、おお。3個で1万2千円なら一個4千円ってことか。まぁ、妥当っちゃ妥当か。
ポーションてのは言ってみりゃ栄養ドリンクのすごいやつみたいなもんだからな。疲れた時に飲めば体力が戻るだけで、別に怪我が治るとかいうもんじゃない。そう考えれば一本4千円って買取価格は悪くないだろうな。売値はたぶん二倍くらいだろうけど。
まぁ、普通の仕事してる人には高いかもしれないけど、冒険者にとってはある意味保険の意味もある。疲れて動けなくなって死んだら目も当てられないし、安いもんだろ。
「それでお願いします。あとこれなんですけど――」
俺はアイテムバックから素材を一つ取り出しカウンターに置いた。
「ああ、ハーピーの羽ですね。それでしたら千2百円での買取になります」
安っ。さすがに雑魚モンスターの素材は金にならないな。
でもまぁ、この手の素材も普通に売れるっていうのが分かった。値段的にもまぁまぁ納得の範囲内だ。
そうなるとちょっと確認してみたいものがある。こいつの扱いがどうなってるのかぜひともしておきたい一品だ。売れれば結構な値段になるのは間違いない。逆に売れないなら素材の元の魔物がこの世界でどういう存在として扱われてるのか知る手がかりになる。
「それもその値段で買取でいいです。あと最後にこれ見て欲しいんですけど……」
俺はそう言って赤茶けた一枚の鱗を差し出した。
「えっと、これは……、すみません、何でしょうか?」
女店員はそう言って露骨に戸惑った。
なるほど。これが何か分からないってことはあんまり流通してないってことだ。いや、そもそも鱗の持ち主がこの世界には居ないのかもしれない。
だとしたら少しボカシて言った方がいいな。
「人から貰ったんで俺もよく分からないんですけど、何でも竜の鱗らしいんですけど……」
そう。その赤茶色の鱗は前にクシャナさんが倒した竜の竜鱗だ。素材としてはもちろん超高級品のはず。
でも俺が知りたいのはこの世界にも竜が居るのかってことだ。何せ竜族はクシャナさんにダメージ入れられる数少ない種族だからな。安全のためにも一応確認しとかないと。
「りゅ、竜ですか? ちょっと店長を呼んできます」
女店員はそう言ってカウンター裏へと消えていった。