プロローグ「旅の終わり」
皆さんはじめまして。妖怪筆鬼夜行と申します。
ネット連載は初めてなので手探りでやっていきたいと思います。
構成も大まかにしか決まっていないので、キーワードに関しては取りあえずの目安とお考えください。展開を必ずお約束するものではないです。期待外れになってしまった場合はごめんなさい。
更新は書き溜めがある内は基本的に毎日したいと思います。
それでは少しでも皆さんの楽しみになれますように。
がんばります!
「これで最後の世界転移ですか。ようやくあなたを生まれ故郷に帰してあげられるのですね」
俺のとなりに立つ見た目美しい年上の女性、クシャナさんはいつも通り涼し気にそう言った。
その顔はまったくの無表情と言っても間違いじゃないけど、でもだからって心にも無いことを口にしたんじゃないってことは今までの長い付き合いの中で俺はちゃんと理解してる。
俺とクシャナさんの出会いは今からだいたい6年前、まだ十歳のガキだった俺が、自分の住む世界とは別の異世界へと転移する能力に目覚めた日のことだった。
当時の俺は、ろくでもない親父やどうしようもない母親とできるだけ一緒に居たくなくて、一日中どこか外で暇をつぶしてるようなやつだった。行先は、学校で仲のいい連中の家とかが多かった。そいつらがつかまらなきゃ仕方なく一人で何かしてた。街にはあんまり行かなかった。警察とかも居るし。一回補導されてからは一人の時は行かないようにしてたよ。また親父に殴られたくなかったしさ。
そんなわけで俺は独りの時はたいてい山の中にいた。山って言ってもそんなにたいしたもんじゃなくて、近所の裏山みたいなやつ。そこで虫とか捕ってた。好きなんだよ、カブトとかトンボとか。
その日もそうだった。
俺は夏休みのある日、セミを捕りに一人で山に入った。かなり暑かったせいか大量発生の乱獲し放題。虫取り網を一回振ったら5匹くらい入ってんの。もう虫かごになんていちいち移してらんない。網の部分にセミを直接ストックして、ある程度溜ったら網をクルッてひっくり返して大放出。
そんな感じで何時間も暇を潰したあと、さぁ、そろそろ一回家に帰ろうかって山を下り始めた時だった。
歩いてた山道の進む先の風景がゆらゆら揺れてるのが見えた。
「蜃気楼だ!」
思わず走ったね。だってあんなはっきりした蜃気楼なんて見たことなかったから子供心にテンション上がったんだよ。地面が銀色に光ってるようなやつじゃなくて、ちゃんと空中で変な景色が揺らいでるやつ。
しかもその蜃気楼に映ってた景色は周りの山とは違ってた。
そこの山はセミが多いだけあってモミとかケヤキとかって木が多かった。あとは人間が勝手に植えた桜とか。で、蜃気楼に映ってた景色っていうのが、やっぱり山の中っぽい木ばっかりの景色だった。でも違ったんだよ。生えてる木が。何か見たこともないような、どこかの外国でもないと生えてなさそうな木ばっかりだった。
昆虫少年だった俺は木の種類にも多少詳しかったから、蜃気楼に近づくにつれてそのことに気が付いた。でも大して気にはしなかった。前にテレビでどこか遠くの景色が蜃気楼になって見えることがあるって見たから。
それはいいよ。そういう知識があったんだから気にかけれなかったのはしかたない。でも、蜃気楼に近づいちゃってるってことにはおかしいと思うべきだった。
蜃気楼っていうのは基本近づけないわけじゃん。なのにその蜃気楼は違った。走れば走っただけどんどん近くなって、映ってる景色も、揺らいでるとはいえ、細かいとこまではっきり見えてきた。
今にして思えばどう考えても普通じゃない。怪しすぎる。もっと警戒するべきだった。
でもその時の俺はそんなことはちっとも思わなかった。じゃあ何て思ったか。
「飛び込んでやる!」
それだけ。
ばかだったとは思うよ。でもみんなそんな感じだろ、小学生って。深く考えもせずに面白そうってだけでいろんなことに飛び込んでいける。悪くないよ。そういう生き方ができるやつが億万長者とかスーパースターになれるチャンスを掴むんだよ。
まぁ、その時の俺は違ったけどな。
ジャンプして蜃気楼に飛び込んだ瞬間、あれって思った。ものすっごい何かを潜り抜けた感がしたからな。そのことに気を取られた俺は、マヌケにも着地に失敗して思いっきりずっコケた。つってもコケただけだからすぐに顔を上げて、それで今度は完全に呆気に取られた。
気付いたら、俺はさっきまで居た山とはまったく別の場所に居た。
普通に声を上げて驚いたね。
「うぉぇ!?」
って。
そりゃそうだろ。蜃気楼を通り抜けたと思ったら蜃気楼に映ってた景色の中に入っちゃってたんだから。
そのことはすぐに確信した。周りの木を見りゃ一発だったからな。
いきなりのことでわけがわからなかったけど、とにかくまずいことになってると思って俺はすぐに後ろを振り返った。蜃気楼の中に入っちゃったならすぐに出なきゃってさ。この場合、出口って言ったら飛び込んできた景色の揺らぎしかないだろ。だから俺は速攻でそれを確認したんだ。
だけどその視線の先で、これはもうほんとに最悪なことだったんだけど、俺がもと居た山の風景を映した蜃気楼がスーって消えちゃったんだよ。
俺は慌てて駆け寄ったんだけど、残念ながら時はすでに遅し。ありていに言って、ご愁傷さまってやつだった。
その時の俺がどれだけ取り乱したかっていうのはあんまり言いたくはないな。俺にもプライドってのがあるじゃん? 体面ってのもあるじゃん? だからそこは察してくれよ。
とにかく途方に暮れた俺はとりあえず虫取りを再開することにした。
え? 何言ってるんだって?
つーか何やってたんだろうな、当時の俺は。
あれだな。人間追い込まれると、とりあえず何かに没頭して現実逃避しちゃうんだろうな。まぁ、どっちにしろその時の俺にできることなんてなかったんだから別にかまわなかったと言えばそれまでだ。
そんなわけで見たこともない森の中で見たこともない虫を探し始めた俺は、ふいに背後に大物の気配を察知した。虫取り職人の感ってやつだ。
「そこか!」
振り向きざまの一閃。俺の虫取り網は確かに獲物を捕らえた。
ただ思ってたのと違ったのは、そこに居たのは牛よりも遥かにデカい、形だけで言うと蜘蛛に似た魔物だったってこと。俺の振るった虫取り網は、その魔物の頭にかぶさってた。
「お、おお。怒りを鎮め給え、この森の主よ」
いや、ほんと相手が温厚で良かったと思うよ。じゃなきゃ俺、確実に死んでたし。
「オオ、イカリ、・・・ヲ、シズメタマエ、コノ、モリノ、ヌシヨ・・・」
「・・・。お前、喋れんの?」
「オマエ、シャベレ、オマエ」
自分で言っててウソくせーけど、それが俺とクシャナさんの馴れ初め、懐かしの出会いのエピソードってわけ。
ん? クシャナさん? クシャナさんは今でこそ人間の女、それも超絶美人に化身してるけど、本当はめちゃ強くてめちゃイカした魔物の女王よ?
何でもクシャナさんって生まれつき世界転移能力を持ってたんだけど、今まで親兄弟はおろか同じ種族の仲間にすらあったことがない天涯孤独の身の上だったんだってさ。だから自分がいったい何者なのかを知るために色んな世界を旅してたって。んで、初めて見つけた自分以外の転移能力持ちが俺ってわけ。
びっくりした? 俺も聞いた時びっくりした。
あっという間に日本語を覚えたクシャナさんが教えてくれたんだけど、俺は超自然的な力とか他の誰かとかに世界転移させられたんじゃなくて、あくまで自分の力で世界と世界の間を渡ったらしいんだって。
だからクシャナさんは同じ種族の仲間かどうか確かめるために俺の前に現れた。
結論から言うと、もちろん俺はクシャナさんの種族とは関係なかったわけだけど、同じような転移能力持ち同士ってことで俺はクシャナさんに拾われた。
それから俺はクシャナさんに育てられながら、世界転移能力を使いこなせるように努力した。とりあえず自分の意思で発動できるようになるまでそんなに時間はかからなかった。でも転移する世界を意図的に選択するには条件があるってことが分かって、その条件をそろえない限り元の世界には帰れなかった。
だからその条件を満たすために二人でいろんな世界を旅して周ったんだよ。その途中で色んなことがあった。目をつぶればいろんな思い出が蘇ってくる。
――魔王だとか言って調子こいてた魔族の統領を丸かじりにしたクシャナさん。
――最強種だからって、財宝を貢がせるわ生贄を要求するわ、人間をさんざん食い物にしてた邪竜をあっさり食べ物にしたクシャナさん。
――まだ何もしてないのにクシャナさんの溢れんばかりの魔力に勘違いして、「邪神め、この命に代えても――」って突っ込んできた自称勇者のなんとかさんの命を正当防衛的にその日の糧に変えたクシャナさん。
いや、ほんと色々あったよ。色々、ね。
でもまぁ、そんなこんな旅しながら、俺たちはようやく元の世界へ帰る条件を揃えた。
「あれがあなたの生まれ故郷ですか。ずいぶんと長くかかりました。本当はもう少し早く連れて帰ってあげたかったのですが・・・」
無表情にも申し訳なさそうにそう言ったクシャナさん(無表情でも俺には分かる)とその隣に並んで立つ俺の前には、周囲とは違う風景を映した蜃気楼が揺らいでいる。
これこそが俺が発動した世界転移能力で出現したゲートだ。最初にこの能力に目覚めた俺を異世界に放り出した時以来、6年ぶりに元の世界を映している。
「大丈夫だよ。クシャナさんと旅するのは楽しかったし、別にたいして帰りたい場所ってわけでもなかったしさ」
そうなんだよ。正直なところ、俺にとって元の世界ってのは全然居心地のいい場所じゃなかった。少なくとも、あのろくでなしの両親の居る家にいまさら帰ってどうするんだって話し。今となってはクシャナさんこそが俺の唯一の家族だと思ってる。
「せっかく帰れるんですからそう言わないでください。私もあなたのもと居た世界を見てみたかったんですから」
「それはいいけどさ、これから先どうするの? 俺を送り届けてクシャナさんがそのままどっか居なくなっちゃうなんて、俺やだからね?」
「大丈夫ですよ。ひとまずしばらくは羽を休めましょう。あとのことはあとで考えればいいことです」
クシャナさんはそう言って無表情にほほ笑んだ。
「では行きましょうか。シュウジ」
クシャナさんは俺の手を取って蜃気楼へと一歩を踏み込む。
そうして俺、諸神修司はこの旅にひとまずの終止符を打った。