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現代はどんなに最強でも寿命には逆らえない

初めての投稿でお見苦しいとは思いますが暇つぶしにでも読んでいただけると幸いです。

 ウエディングソングが聴こえる。


 今日は最愛の少女が嫁ぐ日だ。


 体が不自由な自分を気づかって、また未だ受け入れられない気持ちを慮って、彼女は特等席を用意してくれた。


 外につながる大きな扉。


 新たな未来に向かって新郎新婦が歩く道の両脇に、式の参列者が並んで新たな夫婦の門出を祝っている。


 それを見下ろす位置の二階の窓。


 座り心地の良い椅子に腰をおろし、シワの刻まれたしかし白く美しい手を膝の上で重ね彼女はため息をついた。


「ああ、あの仕様がない男のものに本当になってしまうのか…。何ということ…!大事に育てた掌中の玉をあんなものに渡さないといけないなんて…。ああ、でもやはり美しい、ケイ。純白こそ君にふさわしい。口惜しいが、私では君を支える時間が足りない…。

 老いたこの身のなんと嘆かわしいことか…」


 老いた身を嘆く老齢の女性は、しかし老婆というよりは貴婦人というのが相応しい。


 ピンと伸びた背筋にしなやかな仕草。上流階級の品格を漂わせており、嘆く姿にも何処と無く品がある。


 今日は新たに夫婦となった二人の祝うべき門出。


 しかしどうやら彼女にとっては望ましくない展開であるようだ。


「私はなんと無力なのか…。ここまで育てた可愛い弟子をこんな形であの男に渡す羽目になるとは…。何とかして抹殺せねばならんな。あの子が悲しむだろうが、なに、強い子だ。乗り越えられるだろう」


 嘆いていたはずの婦人から、何やら物騒な発言が飛び出してきた。

 彼女の後ろに控えていた金髪碧眼白人の二十代後半の男性がためらいがちに口を開く。


「あの、できればそういうことは一人の時に仰ってください。…そもそも今回ここに私と二人でいなければならないのは、貴女が数度に渡り彼を暗殺しようと目論見んだからというのをお忘れなきよう…」

「…やかましい監視役だな。イヌはイヌらしく人の言葉を話すな」


 男の言葉にムッとしたように婦人は棘のある言葉を返すが、男は動じない。


「イヌではありますが、私の飼い主は私に人間らしく振る舞うことを望まれていますので、主人以外の命令でそれに背くことは出来ません。…誰よりもご存知でしょうに」


 最後はため息交じり。婦人は怒りよりも飽きれたような男の態度に少女のようにほほを膨らませる。


「わかっているさ。ケイは素晴らしい子。お前はイヌに選ばれ、その能力をあの子は完璧に使いこなしている。本家の跡取りとして申し分ない」


 しかしあの男はいかん!


 婦人は美しい眉をひそめる。


「そもそもスパイだったのが信用ならん。うちのせいで消えた会社の後継者だった男だぞ?いつ裏切るかわかったもんじゃない。はじめからケイに取りいるつもりでお前やアランを陥れたのに、なぜそう肩を持つ?」


「まあ、諸事情がありまして。後はケイ様が彼を選ばれたので、私どもは従うのみです」


 淡々と感情を出さずに話す男を、彼女は鼻で笑った。


「ふん、わたしが何も知らんと思っているのか?元々ケイの右腕兼伴侶としてお前とアランのどちらかが選ばれ、不要になった方は破棄される予定だったところを哀れに思ったケイが都合よく利用できそうなあの男を使って状況を打破した…。どうせそんなところだろう」


「…分かってらっしゃるなら、なぜそう彼を目の敵に?ケイと彼は利害が一致し結婚した。それだけでしょう。ケイも彼の危険性は理解して…」


「馬鹿が!」


 男の言葉を遮り、彼女は目を釣り上げて睨みつける。


「それだけではないから危うく思って居るんだろうが!…生涯の伴侶を持たない私ですら気づいたぞ。どう見てもケイはあの男を愛している。…だからこそ、あの男は抹殺せねばならんのだ」


 激昂する彼女に、男は怪訝な顔をする。


「なぜですか?それがわかるならば、彼が憎しみと怨恨の狭間で彼女への愛を自覚したことくらいわかるでしょう。障害はありますが、二人なら乗り越えられる。

 私たちもいる。何か問題があるのですか?」


 主人への敬称を略し話す口調にはどことなく主人への馴れ馴れしさがある。それは彼女の癇に障る言動と理解しているが、彼への敵意を逸らすためには有効と彼は考えていた。


「…ケイには様をつけんか愚犬め。私を煙に巻くならばそれなりの話術を使わんか。そんな挑発には乗らん。私の命ある限りあの男を抹殺するために動くぞ私は。お前なんぞ眼中にないわ」


 浅はかな従者の目論見を鼻で笑い、彼女は続ける。


「愛があっても人は裏切る。その時愛があるからこそケイは苦しむだろう。それは死が二人を別つより辛いこと。愛し合うがゆえに憎しみ合うのは地獄だ」


「それは…」


 未来のことなんて誰もわからない。絶望を前提に動く彼女に反論しかけた彼を遮り、彼女は続ける。


「…しかし共通の敵がいる限り、二人は共闘して行ける。命を狙われていれば、あの男も妙な誘惑に惑わされることもなかろう?」


「あ…」


 男はハッとする。


 先ほどまでの怒りを鎮め、微笑みすら浮かべながらそう話す彼女を見て。


 そしてその笑みの邪気のないまっさらな、少女のような瞳に胸をつかれる。


「…あなたは」


 しかし続ける前に再三彼女は遮る。


「まあ気に食わんから本気で狙うがな」


「…」

 そのいっそ清々しいほどの毒に言葉をなくし、呆れたような顔をした後。


 飽きることなく窓の外の二人の姿を一心に見続ける彼女に、男は苦笑する他ないのであった。


 主人を思うがゆえに、不器用にしか支えることの出来ない彼女。

 信念を曲げることを嫌うが故に、そう動くことしかできないのだろう。

 そして必ず彼を守り切る主人を知っているからこそ、それを良しとする自分たち。


 不思議なバランスで成り立つ関係に妙な安心感すら抱く自分に飽きれながら彼は監視を続ける。


 ひょっとすると彼女もまた、けして目的を達成できないと理解しているからこそ、そうしてしまうのだろうか…。


(穿った考え方だな)


 苦笑を深め、それでも彼は穏やかな気持ちでその日を過ごす。


 二人が伴侶となったからと言って、なにひとつ変わるものはないのだと。


 そう信じて。






 未来のことなど誰にも分からない。


 敵でありながら、敬愛すべき存在であった彼女の訃報は、この三日後に届いた。


 安らかな最後だったと。





 自分を愛し、最期まで自分のために生きた師匠の死に、彼女の最愛の少女は慟哭した。







 悲しみと、何かが終わってしまった虚無感。

 彼らの胸中に彼女が遺したほら穴がどう変化するのか。


 敵が消えたにもかかわらず、あの日彼女と話した従者は不安に襲われ、


 しかしそこから先は彼らの物語。









 そして彼女の物語はこれから始まるのである。









 誰かのために尽くしその生涯を閉じた女性の魂が救われるよう祈る気持ちと、




 彼女を求める強い気持ちが重なりあい、



 そして奇跡を生む。



 あるいは、あらかじめ定められた運命か。










 始まりは、海。


ありがとうございました。

誤字・脱字などありましたら宜しくお願いします。

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