3)死神さんと翌日
翌日、僕は黒崎さんを自宅で留守番させて学校へ行った。
初めはぶーぶー言っていた黒崎さんだったが、家にある本を好きに読んでいいと言うと、急に目を輝かせて喜んだ。冥界にいたときから人間のかく小説が好きだったと言う。運動か読書か、と言われれば運動のほうを選びそうな彼女だが、読書が趣味らしい。意外だった。死神というのはよくわからない。
教室に入ると、すぐに上田友樹に捕まった。
「光ー!お前、昨日は寂しかったろぉ!」
朝からこのハイテンション。慣れたので気にならないが、たまに面倒だと思うことはある。
「いや、別にそんなことないよ」
「なんだよ、つれないなぁ」
昨日。そう、昨日は「帰宅部」が活動しなかった。というのも、みんなたまたま昨日だけ奇跡的に予定が入っており、暇人が僕一人だったからだ。そこで一人、自習していたところに准が寄ってきて、あの黒い本を押し付けられたのだ。…そうだ、准。准に話を聞きたい。
「准はまだ来てないの?」
「田中?あいつ遅刻せずに学校来たことないだろ」
そうだ。准はなぜか毎朝遅刻してくる。あるとき噂話で、「田中は朝早く起きられない病気らしい」とか聞いたことがある。それが本当の話なのか、はたまた冗談なのかは判別できないが、本当に前者だった場合が怖くて言及するのをみんな恐れている気がする。
「それよりお前、昨日何したんだ?」
「へ?」
声が裏返る。死神を召喚して仲良くなって、更には同棲することになったなんて言えない。
「なんだなんだ。やましいことでもあるのか?」
「そんなんじゃないよ」
ここは言うべきか、言わないべきか。
「じゃあなんだよ。俺たちがいないとお前は何もできないから心配だったぞ」
「なんだよその言い方。僕は赤ん坊じゃないよ」
僕は人より気弱で運動音痴。方向音痴もあるせいで、人から過度に心配されることが多々ある。けれど僕自身、そこまでか弱い人間じゃないと思ってる。思ってるんだけど、多分ひ弱な人間なんだろうな。
「で、なんなんだよ。昨日の話してくれよ」
どうしよう。考えたが、黒崎さんとの出会いの喜びと感動を人と共有したかった。その欲求が湧いて出たのだ。
「えっと…」
ガラガラガラ。
「やばい、先生来た」
友樹はせかせかと席に戻った。
「じゃあ号令ー」
「先生、チャイムまだ鳴ってません!」
女子生徒が声をあげた。
確かにこの先生はいつもチャイムが鳴る前に号令をかけさせる。
「うるさい!俺がチャイムだ!」
この発言でこの先生のあだ名が「チャイム」になったのは、言うまでもない。
昼食時間になるまでの休み時間を使って、友樹に黒崎さんのことを話した。通常の人間ならそうすぐには信じないんだろうが、流石この馬鹿、すぐに全てを信じた。将来詐欺にあいそうで心配だが。
友樹はみんなにも紹介しようと言う。みんなというのは、帰宅部のみんなだ。
僕はやはりみんなにも教えたい、仲良くなってほしいと思い、それを決意した。
昼食時間になると、いつのまにか来ていた准に話を聞きに行った。
「…で、なんで屋上?」
死神の話をしたいと言うと屋上に連れて来られたのだ。
「皆の前じゃ話しにくいだろう?」
不気味な笑み。いつもの准だ。これじゃあみんな寄り付かないわけだ。本人がそれを嫌がらないのでまあいいのかな、と思ってしまう。
「あれからメールくれなかったじゃないか、切なかったよ」
そうなのか。気づかなかった。というか昨日は黒崎さんと接するのに手一杯で携帯なんて触らなかった。
「どうなったんだ、えぇ?」
「…なんか、女の子が出てきた」
「女の子?」
それから黒崎さんのことを全て話した。前髪が長すぎて右目は見えないが、その間、見えている左目が輝いていた。
「すごい…すごいよ!やはりあの本は本物だったんだ!」
准によると、死神の召喚の儀式についてはいろいろな本が出されているが、どれも嘘っぱちで、成功したためしがないらしい。しかし、これは特殊なルートで手に入れたもので、とても期待していたそうだ。
「自分でやればよかったのに」
「え、嫌だよ。本当に成功したら死んじゃいそうだし」
なんてやつだ。じゃあ僕が死んでもいいと思っていたのか。
「これまでのは嘘だってわかってたから自分でできたけど、今回は違う。本物だってわかってたから、君にやらせたんだよ白井くん」
じゃあやはり僕は実験台だったというわけか。
「じゃあ、これからも話を聞かせてくれよ」
一通り話し終えると、そう残して去っていった。
僕も僕でよく准に付き合っていると思う。准は小学校からの友人で、何かと縁がある。親同士も仲が良い。だから時たま頼みごとをされると、なんとはなしに引き受けてしまうのだ。
面倒な友人をもったなぁ。
これからの苦労を想像しつつ僕は教室へ戻った。