2)死神さんと僕
「そう、なんだ…」
僕は死神というと、もっと凄まじい外見の、やばい奴を想像していた。が、恐らく僕が召喚したとされるその死神は、愛らしい、黒色のワンピースがよく似合う美少女だった。タイプだ。
「君が召喚したんでしょ?」
「ああ、まあ、一応そうだね」
年が同じに見えるせいか、初対面とはいえすぐに雰囲気に馴染んだ。人当たりが良さそうな死神のおかげもあるかもしれない。
「よかったー、怖そうな人じゃなくて」
「え?」
「いや、召喚したのが怖い人だったら嫌じゃない?いじめられそうでさぁ」
確かにそれはある。けれど、
「死神だからそういうのどうにかできるんじゃないの?」
「いや無理無理。私なんかは低級だし、死にかけの小動物を連れてくぐらいしか」
死にかけの小動物?どれだけ無能なんだ。それじゃ死神としてやっていけるのだろうか。
「でもさ、君も物好きだよね。今時死神なんか要らないでしょ?」
そうだ。死神は生物が死んだ際、冥界に連れて行くことしかしない。いつかに准がそう言っていた。生身の人間には無害だと。それならば、准が召喚させるのを死神にした理由もわかる。まあ死神であっても、実験台にされたこちらは迷惑といえば迷惑だが。
「いや、友達に言われてさ。断れなくて、召喚したんだ」
頼りないやつ、みたいに思われたくなかったけれど、嘘をつくわけにもいかないと思った。
「へー、…でもいいの?」
「何が?」
「死神って、召喚した人が死ぬまで一緒にいるんだよ?」
え。
どういうことだ。死ぬまで一緒に?そんなの聞いていない。
「待って。死ぬまで?死ぬまでって…死ぬまで?」
「うん。死ぬまで」
…しまった。やはり面倒事だった。准にはめられてしまった。
いや、でも待てよ。この可愛らしい少女と死ぬまで一緒にいれるんだ。それほど幸せなことがあるだろうか。恋愛経験の少ない僕の思考はそう回った。
「そっか。いや、大丈夫だよ」
「あはは、じゃあこれから仲良くしてね」
差し出された白い手は握手を求めていた。僕は優しく握った。
死神は部屋の片付けを手伝ってくれた。そのうちに死神に感じていたちょっとした気まずさも消えていった。
「あ、そういえば。君に名前はあるの?」
彼女ははっとして、その後俯いた。
「どうかした?」
「私ね、本当の名前を人間に知られたら冥界に戻らないといけないの」
そういうルールになっているのか。
「そうなんだ」
「あ、」
死神は顔を上げた。
「君の名前は?」
「僕?僕は、白井光」
その名前の紹介をきっかけに、数々の自己紹介を求められた。僕はその一つ一つに答えた。年齢、学年、血液型、星座、家族構成。僕は死神というのは人間のことをあまり知らないものじゃないのかと思っていたが、彼女曰く熱心に勉強していたらしく、何を語っても理解した。
「じゃあ光くん。私に名前つけてよ」
想定していなかった要望に少し戸惑う。しかし、ここはちゃんと考えてやろうと思った。そして、
「愛、とか」
「アイ…恋愛の愛?素敵!」
彼女はとても気に入った。
「苗字は?」
続けて聞いてきた。
「苗字?えっと…。黒崎…とか」
「クロサキ!黒色に長崎の崎?」
「そう」
「いいじゃんいいじゃん!」
彼女はそちらもいたく気に入ってくれた。いずれも小学生の頃好きだった女の子の名前で、それを組み合わせただけなどと口が裂けても言えなかった。けれど、彼女は「愛ちゃん」よりも「黒崎さん」よりもかわいらしく、僕好みの女性だった。
「じゃあ、愛って呼んでね」
「えっ」
僕は女子を下の名前で呼んだことないから、黒崎さんじゃだめかな。そう言うと彼女は仕方なさそうにわかったと言ってくれた。
「じゃあ、改めてよろしく。黒崎さん」
「うん!よろしくね、光くん」
少しして、二人の表情に笑みが浮かんだ。
黒崎さんは、僕の家で暮らすことになった。僕が一人暮らしだったのが幸いだ。一生一緒にいるのは困るが、きっと何か解決策があるはずだ。准にまた相談してみればいい。そういえば名前が知られれば冥界に戻らなくてはいけないとか言っていた。いざとなればそれも考慮すればいいだろう。しかしこんなに可愛らしい女性と一緒にいられるのだ。すぐに手放したくはない。そう思う自分がすこし気持ち悪く思えて、自己嫌悪に陥りそうになったが黒崎さんの笑顔に度々それも忘れさせられた。
こうして、僕と黒崎さんの非日常的な日常が始まったのである。