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錆色

作者: 山石 光軍

サークルで色に関した創作ってのがあってやりました、格好つけて錆とか選ばず赤とかにしとけばよかったです

 ある所に一人の少年がいた。

 その少年は裕福でも貧相でも無い極々一般的な家庭で親の愛を受け、何一つ不自由ない場所で育った。

 その少年は世界の色が大好きだった。

 燃える炎の赤、続く水平線の青、命育む山々の緑、宇宙まで届く空の水色、永遠のような砂丘の砂色。

 彼が愛したのは自然の色だけではなかったのだ。

 力強く動く鉄、技術の粋を集めた夜景、そして人の肌。

 見える世界を愛した彼は常人と異なる感性を生かし芸術家となった。

 結果は大成功、破竹の勢いで彼の描いた絵は全世界へと飛び歌は学校すら存在しない地で歌われた。

 彼は一人では使いきるにはあまりにも大きすぎる富を、全て世界に飛び立ち新たな色を知るために費やした。

 芸術家としての名声にはやがて冒険家としての肩書がつくこととなった。

 しかし、そんな彼には愛した世界に対し一つだけ脅える物があった。

 自分の老いだ。

 彼は、老いを気にするにはあまりにも若く、周囲の人間には滑稽とさえ見えた。

 しかし、世界を愛しすぎた彼は自分の目が腐り世界の色を正しく把握出来なくなるのが何にも勝る恐怖だった。

 世界が錆色になる、そう思い始め行動を起こした。

 知名度が世界に広く知れ渡った彼は共に旅をした友人の情報を使い、ある一つの存在を求めた。

 条理の外にはみ出ている存在、魔法使いだ。

 飛躍した発想に思われたが、冒険者の中では有名な存在だった。

 曰く、悪魔とともに日夜踊っている。曰く、齢500を超えた老女だ。曰く、時代を導く争いの戦地へ顔を出し世界を操っている。曰く、世界の全ての道理を知っている。

 眉唾モノとしか思えない話だったが数多くの目撃者がいる以上、神秘を求める冒険者の間で広がるのは無理のない話だった。

 世界から外れた物に対し興味を持たなかった彼だが、老いという理と対峙するためにも心から魔法使いを求めた。

 魔法使いは拍子抜けするほど簡単に見つかった。 探すという決意を嘲笑うかのように、彼のアトリエで呑気に茶を啜っていたのだ。

 理から外れた存在、と割り切っている彼はそんな所になんの関心も抱かず本題を切り出した。


 俺を不老不死にしてくれ

 出せるものはなんでも出す


 魔法使いが出した対価は雲の中にある真珠と渓谷の先に見える炎の灰、この世の最初の人間の骨と心臓だった。

 どれも冒険家として名を馳せた彼ですら魔法使いと同じ伝説上の存在だと思っていた物だった。

 しかし、やるしかない。その決意とともに多くの仲間と彼は死地へと赴いた。

 多くの仲間の存在は彼の旅自体を今までの人生の中で最も彩り豊かなモノにした。

 友情、恋愛等の感情と無縁だったわけではなかったが冒険の艱難辛苦を共に乗り越える仲間の心強さに綺麗な温かさを見て、道半ばで倒れた親友に悲しみの色を見た。

 その旅を達成し、魔法使いへの献上品を手にアトリエへと戻った。魔法使いは数年の旅の間微動だにしていなかったかのように同じようにその場所に居た。


 魔法使いよ、これがお前の要求したものだ

 約束を果たせ

 

魔法使いは何も言わず怪しげに笑いながら消え去っていった。

見た目が何か変わったわけじゃ無い、しかし彼には自分が不老不死になったという確信が存在した。

 


 不老不死になった彼はやがて伝説を求めるようになった。

 仲間との命がけの冒険、そしてその先にある至宝を忘れられなくなったのだ。

 やがて世界の神秘のみを求めるようになり、絶景と同じく好んだ当たり前の色を軽んじるようになった。それが、仲間との絆の赤き色にまで及ぶのにそう時間はかからなかった。

 相反するように、美術家としての評判は上がった。世界の果ての存在を知った彼の創り出す物は全ての人間に新たな美を思い知らせた。

 


 彼が世界に疑問を抱き始めたのは生き続けて三百年ほど経ってからだ。

 共に世界を飛び回った冒険者の子孫と対面した時、その違和感は走った。


 なんだこれは

 世界が色褪せている、酸化している、錆びついていっている


 あんなに多彩を振り撒いていた彼等の色がどんどん混ざり、薄れ、錆びていっていると感じたのだった。

 そこからは悲劇だった。 世界を果てまで知ってしまった彼を新たに慰める景色は存在せず、猛々しさ、雄々しさを有している個人も異常な速度で減っていっている。

 哀れにも彼は気付けなかったのだ、世界が酸化しているのではなく自分の脳が新たな色を認識出来ないのだと。

 鮮やかな色彩を映す彼の目も三百年生きた彼の脳には届かない。

 やがて彼は不老不死の自分の肉体を疎むようになった。

 むしろ三百年でこの世界の全てを見れた、ならもう必要ないとすら考えるようになった。

 彼はもう一度魔法使いを探した。

 いる場所の予想は付いていた。

 案の定、魔法使いは彼のアトリエに初めて会ったときと変わらない恰好で佇んでいた。


 魔法使いよ、どんな代価でも払う

 俺の身体に時を歩ませろ


 彼は、死ぬためにどんな覚悟もしていた。

 世界の隅々を回りきった彼にとってどんな要求も恐れるに足りなかったのだ。

しかし、魔法使いは代価を求めずただ一つの確認を取った。


 お前の思いは何があっても変わらないか、願いが半ばで途切れればお前は更なる地獄を見るぞ


 意味はわからなかったが、彼には躊躇いが無かった。 色褪せた地獄を見続けるなら鮮やかな苦痛に悲鳴を上げる方が良いという物だ。

 魔法使いは薄く笑った。

 その直後、彼の身体は急速に老いて行った。固定されていた時間が一気に流れ出したのだ。

 だが、待ち望んだそれは彼にとってそれは未知の恐怖だった。

 老いを忘れていた彼にとって自分の身体が腐っていく様は想像を絶する絶望と衝撃だった。

 その絶望に彼の純粋な死にたいという願いは途絶えた。


 やめろ

 やめてくれ


 無様に泣き散らしながら彼は叫んだ。

 その言葉が終わると同時に彼の身体の老いの進行は止まった。

 なんと、再び彼の中の時が止まったのだ。

 しかし、その身体は醜く折れ曲がり人間としての機能すら十全に無いものだった。

 魔法使いはそれを満足げに眺め虚空へと消えて行った。

 魔法使いと二度と会えなくなる、本能的に察した彼は皺だらけになった手を必死に虚空へと伸ばすが届かず空を切る。

 色褪せた世界に老いた彼は一人残された。



 世界的な芸術家であり不老不死という都市伝説めいた彼がいくら経っても戻ってこないという事に世間は賑わった。

 どこへ消えたのか、熱心な信者がいくら調査してもその痕跡すら掴めないという。

 退場出来なくなった彼がどうしたのか。

 唯一確かなのは、彼を偲んで建てられた像は酸化し錆びているということだけだった。


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