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殺人鬼ウィーバー・ブレッドについて

 

 彼は、優しい笑顔をする人だった。


 その優しい笑顔で、彼は私に言った。


「ねえお姉さん、僕と今夜ランデブーしない?」

「………………」


 何故私は喫茶店の店員に口説かれているのだろう。

 しかもお釣りを握られている為、逃げることも出来ない。

 私が無言で彼と向き合っていると、店の奥から怒鳴り声が聞こえた。


「ウィーバーアアアア!今度店で口説いたらクビにするっつったよなああああ?!」

「いやん、マスター。それ5回目!どうせ人手が足りない癖に!」

「…そうなんだよなあ、どうしてこんな洒落た店なのに誰も働きたがらないんだろうなあ」


 首を傾げながら出てきたのは、隆起した形のよい筋肉をつけた強面の男性だった。


 不思議そうにしているところ申し訳ないが、きっと貴方のせいでもあると思います。


「マスターがマッチョだからじゃいだだだだだだ!」

「ああ?!何だって?!もう一回言ってみろ!」

「やひゃや、まふはーあまっほやはらやないお!」

「何言ってんのかわかんねえなあ!」


 もう帰ってもいいだろうか。

 踵を返そうとする私に、「待ってお姉さん!」と声がかけられた。


「また来てね!待ってるから!」


 お釣りを渡してふわりと笑った彼に「………気が向けば」と呟き私は店を出た。




「いらっしゃいませ!待ってたよお姉さん」


 ………また来てしまった。

 従業員がどんなであれ、店自体は清潔感もあり落ち着いた寛げる素晴らしい空間なのだ。従業員がどんなであれ。


「………女の人皆に言ってる癖に」

「そうでもないよ〜。お姉さんは特別!だってお姉さんのその個性的な鼻も個性的な輪郭も個性的な目ももう一回みたいと思ってたから!」

「全て個性的と言えば許されると思うなよ」

「お姉さんの潰れた鼻もお姉さんの四角い輪郭もお姉さんの糸みたいな目ももう一回みたいと思ったから!」

「あんた口説く気ないだろ」

「ええ!僕はこんなにも熱い気持ちをお姉さんにぶつけているのに!」

「私は心にハンマーでもぶつけられているのかと思ったよ」

「お姉さんは面白いねえ」

「あんたは可笑しいねえ」

「あははは!本当に面白い!ねえ、真面目に僕と付き合わない?」

「世界が滅亡する5秒前だったら考えてもいい」

「つれないなあ。じゃあ気が向いたら声かけてよ」

「生きてるうちに気が向けばいいね」

「そんなに?!」



 私は何故か、ウィーバー・ブレッドという変な従業員のいる、この喫茶店に通い続けた。


「いらっしゃいませ!今日もハチミツ入りチョコかけバニラキャラメルラテ?」

「私がいつそんな聞いただけで胸焼けのしそうなものを頼んだ?ブラックコーヒーだよ」

「マスター!砂糖たっぷりミルクココア1つー!」

「握りつぶされたいの?」

「何を?!」



「いらっしゃいませ!今日は寒いからホットかな?」

「そうしてもらえると助かるね」

「マス」

「優しい気の使えるここの店員に限って氷9割冷や冷やアイスコーヒーなんて持ってこないだろうからね」

「………………」

「図星かよ」



「いらっしゃいませ!今日はマスターの新作デザートがあるんだ!是非頼んでよ!」

「何々?『いつもは冷たくしてるけど、本当は心の中では熱い想いで一杯なの!私を食べて暖まってほしいな』ワッフル……?」

「いやー、そんなに熱烈に告白されたら断らない訳にはいかないなあ」

「お望みとあらば」

「待って何で右手に熱々のワッフルを持ってるの何でそれを僕に向けるの何で振りかぶってるああああああ!」


 そんな風に、くだらない軽口を叩いては密かに笑っていた。

 こんな日常も悪くないと、そう思っていた。





 その日は、激しい雨が降っていた。


「気を付けて帰ってね。……こんな日は、よくないことが起こりやすいから」

「そうだぞ。最近じゃあ殺人鬼がでるって噂じゃねえか。用心するにこしたことはねえからな」

「ありがとう。でも大丈夫。私、御守り持ってるから」

「そうなんだ。僕も願かけてあげるね!…大好きな大好きな大好きな大好きな大っっ好きなお姉さんを僕のこの世界より大きい愛が守ってくれますように!」

「それを世間では呪いという」

「え?!」

「本気で驚かれてもこっちが驚くわ」

「…まあ、こいつはこんなやつだ。諦めろ」

「……はあ。まあ、気持ちだけ受けとっとく。ありがと」

「うん!じゃあねえ!」




「はっ、は、さい、あく…!」


 私は店を出たあと、何かにつけられている気配がして走った。

 予感はあたって、後ろの気配は私を追いかけてきた。

 角を曲がった私は自分の失態に気付いた。


「…っは、しまっ、た…!」


 行き止まりだ!

 私は振り返り、鞄を抱き締めた。

 ゆっくりと近付いてくる気配。

 激しい雨のせいで、顔がはっきりと見えない。

 目の前まで来たそれは、私の首に手をかけた。

 それは、そいつは、


「……ウィーバー」

「…なんで、助けを求めないんだ」


 こちらを睨み付ける彼だった。


「叫んで叫んで助けが来ない現状に絶望しろよ!僕はその顔を見るために生きてるんだ!せっかく時間をかけて仲良くなってやったのに!お前も満更じゃなかっただろう?!好きだろう?!愛してるだろう?!それなら泣けよ!何であなたがって!信じてたのに、っ、て、え?」


 彼は途中で言葉をなくした。

 きっと、自分の胸に刺さるそれに気付いたからだろう。

 彼はふらりと私から離れて、崩れ落ちた。


「……言ったでしょう。私は護身用ナイフ(御守り)を持ってるって」

「ち、くしょ、おぉ……」




 それからぱたりと殺人鬼の噂は消えた。

 マスターは只でさえ人手の足りない店で、いなくなった彼に対して怒りながらも心配している様子だった。


 私は、今日もマスターの入れたコーヒーを飲む。


「………苦い」


 いつもより、少しだけ苦くなったコーヒーを。





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