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九尾シュラフについて

 

 彼は、とても強い獣だった。


 妖の中でも一等強い九尾と呼ばれる存在で、彼は誰にも屈しない貫禄を携えていた。

 だけど、彼には1つ秘密があった。


「お清は今日も可愛いのお」

「嫌だ。朱羅麩(シュラフ)ったら、皆が見ている前で…」

「そんなこと関係ないだろう?のう、今夜行ってもよいか?」

「……はい」

「恥ずかしがるお清も可愛いぞ!」

「きゃっ!朱羅麩!もう!」


 うぜえ。

 間違えた。微笑ましいなあ。


「お前さん、心の声が顔に出てるよ」

「おっといけない。微笑ましい顔をせねば」

「……遅いと思うけど……まあ、あの二人も朝からよくやるねえ。見てるこっちが恥ずかしくなるってもんだよ」

「本当に」


 彼には愛する恋人がいる。

 それが、妖と結ばれてはならないと固く禁じられている、人間であるお清だ。

 お清は彼が妖だと知らない。

 何故あたいだけが知っているのかというと、一度食べられそうになったからだ。

 そこにお清が来て庇ってくれたのはいいのだが、彼はその時お清に一目惚れしたらしい。

 翌日、一度見た人間の姿でお清に告白している彼を見て、意識がとびそうになった。

 何度も通う彼にお清がとうとう折れてからというもの、朝から晩まであの憎たら……微笑ましい姿を隣で見ている。

 さて、日課の時刻かな。


「おっとー、ごめんよー見えなかったもんでねー」

「うわっちぃ!何だこれは?!熱した湯か?!」

「只の清めた水だよー。妖によく効くって言うね!」

「わ、朱羅麩、大丈夫?!それにしても、清水が熱いだなんて……」

「き、きのせいだったみたいだの!ほれ、全然熱くも痒くもないわ!」

「あ〜、よかった〜。もしかして、朱羅麩が妖かもなんて思っちゃった〜」

「実はその通」

「ははは〜そんなわけないだろう?!お前、すこーしばかり面を貸してくれんかのおおおお?」

「嫌」

「着いてきてくれるかあああ!お前は優しいのおおお!」

「いってらっしゃーい」


 裏の通りに引っ張って来られたあたいは、壁を背に彼に押し付けられた。

 きっとお清がされると怪しい雰囲気になるはずなのに、あたいだと色気のいの字も出てこない。何故だ。


「毎度毎度何だ、貴様は!お清との時間を邪魔するでない!」

「じゃあせめて見えないとこでやってくれるかな?!お清はいいとしてもあんたの存在は鬱陶しいんだよね!」

「只の僻みだろう!悔しければお前も好い人をつくれば良いではないか!」

「出来るもんならしとるわ!」

「………や、何か済まん」

「そこで謝られるととてつもなく殺意が沸くからやめろ」

「どうしろというのだ!」

「お清と別れろ!」

「嫌じゃ!わしはお清が叩かれて蔑まれてあえて放置されるのを好んでいても好きでいるのだ!別れるなぞ考えられん!」

「嫌だあああああ!聞きたくなかったああああ!」

「それに!」

「何?!」


 まだ何かあるのかと耳を塞ごうとしたあたいは、彼の顔を見て黙ってしまった。


「わしは、お清と共に生きる」


 去っていく彼に、あたいは声をかけることが出来なかった。

 あたいは、泣きそうな顔をしたやつを追い込むほど、人をやめたつもりはなかったから。





 お清が、死んだ。

 隣の家であるあたいは、御悔やみに来る人にお礼を言って家へ通していた。

 お清は早くに両親ともをなくし、1人で生きてきた。

 だから、お隣であるあたいとお清は本当の姉妹のように過ごしてきた。

 そのお清が、最近口にしていたことを思い出す。


『何だか最近、妖が人を襲っているんですって。怖いわねえ』


 ああ、彼がいると思って安心していた。

 あたいは、死んだお清の身体を見た時、叫んでしまった。

 お清の背中には、獣に引き裂かれたような痕があった。





 あたいは、恐らくここへ出現するであろう妖を鍬を両手に持って待ち伏せしていた。

 彼は、あれからあたいの前に現れなかった。

 薄情だとは思うけれど、お清がいなくなったのだから諦めがついたのだろう。

 だけど、あたいは、お清の仇をうつのだ。


「ぐふ、ふふ、ええ匂いのする娘じゃあ。わざわざわしに喰われに来たんか?さっそく頂くとするかのお」


 はっと後ろを振り向いた時には、目の前に大きな口が広がっていた。

 目を瞑ったあたいは、どさりという落ちた音を聞いて目を開いた。


「…お、まえ、無事、かのう」

「あ、あんた!何で……!」


 そこにいたのは、満身創痍の九尾だった。

 あたいを食べようとしていた妖は細切れになっていたのを見るに、彼が倒してくれたのだろう。

 血をぼたぼたと落としながら彼はゆっくりと倒れた。


「あんた!しっかりしなよ!あんたは強いはずでしょう?!何でこんなに……!」

「……お清と、生きる、為、だったの、じゃ。鵺、め。ああ、悔しい……けれど、最後、に、お前、を守れ、た。これで、わしもお清の、元に、いける、のお」


 そう言った彼の尾は残り1つだった。

 彼は幸せそうに微笑んだまま、息絶えた。


 只の村人のあたいは、掴んでいた鍬を使って彼の墓をつくってやることしか出来なかった。

 彼とお清が、どうかどこかで幸せになれますようにと、願いながら。






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