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勇者ゼノン・デルフィアについて

 

 彼は、正義の塊のような人だった。


 だから、まあ、こんな状況になるのも仕方ないっていうか、うん。


「いやさあ、もういいからさ、顔上げてほしいかなーと思ったり…」

「本当に申し訳ない!入水する貴女を自殺していると勘違いした上に、は、裸を見てしまうなんて……このゼノン・デルフィア、我が命を捧げることは出来ないが、腕ならば……」

「あんたの腕なんかどうしろっていうのさ!お金くれたとしてもそんなものいらないよ!!」

「そう言わずに……!」

「あんたのその自己犠牲精神はどこから沸き上がってくるの?!」


 水浴びをしている僕を溺死寸前の自殺願望者だと勘違いした彼は、綺麗なフォームで飛び込むと僕を抱き上げた。

 まあ、水浴びですからね、裸になっているわけで、それを彼はがっつりしっかり見てくれやがったという訳だ。

 そして冒頭に戻る。


「あんたこそ、何でこんなとこにいんのさ」

「ああ、まだ名乗っていなかったな。俺は勇者ゼノン。この先にある城を乗っ取っている魔王を倒しに来たんだ」

「……へえ。それは御苦労なこって。僕には関係ないし、ここでお別れだね。じゃ、がんばって」

「ああ、さらばだ」


 そう言って歩き出した彼を僕は引き留めた。


「あんたさ、どこいってんの?魔王城はあっちだけど」

「………ああ、すまんな。それでは、さらばだ」

「………………………………ねえ、わざとなの?そっちじゃないって言ってんじゃん」

「む?いや、こっちだと言われたから進んだのだが………」

「………もしかして、あんたって、方向音痴?」

「ああ、何故か周りの者にはよく言われるぞ」

「……………」


 彼は、とてつもなく鈍臭かった。


「真っ直ぐだな!」

「そう!真っ直ぐ歩いて!真っ直ぐ!真っ直ぐだってば!何で真っ直ぐ向いてんのに真っ直ぐ歩けないんだよ!」

「む、小鳥が怪我をしている!助けねば!」

「あああ!それは見た目の割に凶暴すぎる鳥型の魔物だからあああ!」

「うおおお!景色がいきなり暗闇になったぞ!魔王のせいか?!」

「あんたが穴に落ちただけだよ!」

「魔物が襲ってくる!危ない!」

「ぎゃああ!無闇に剣を振り回すなああ!あんたが危ないわああ!」


 何でこんなのが勇者なんだ。

 疲れきった僕に彼は「大丈夫か?」と手を差し出して来た。

 誰のせいだと。


「……ねえ、あんた、何で勇者なの。鈍臭すぎて向いてないと思うんだけど。それに何で1人なのさ」

「む?ああ、町の皆がな、お前しかいないと言ってくれたんだ。お前は強いから、1人で倒せると。皆にかけられた期待を裏切る訳にはいかないからな!俺は魔王を倒さなくてはいけないのだ!」


 それって、馬鹿真面目なあんたに押し付けただけでしょう。

 そう思ったけれど、僕は言わなかった。

 代わりに、忠告してあげた。


「………あんたみたいな鈍臭いのは、帰った方がいいよ。今ならまだ引き返せるから」

「それは出来ん!何でも城には人間の人質がいるそうじゃないか!俺はそいつだけでも助けると決めたんだ」


 意外と頑固な彼に溜め息を吐いて肩を竦めた。


「……あっそ。とりあえず真っ直ぐ歩けるようになってから偉そうにしてほしいもんだけどね」

「真っ直ぐ歩いてるぞ?」

「じゃあもうあんたは横に歩けよ」

「貴女は馬鹿なのか?真っ直ぐ歩くのに何で横に歩く必要があるんだ?」

「これほど人を殴りたいと思ったことは未だかつてないよ」


 城に着いた彼は、僕に最後まで笑顔でお礼を言った。


「感謝するぞ!またどこかで会えるといいな!」

「……うん、そうだね」


 僕は彼の姿が見えなくなるまで見送った。


 自分の部屋へ戻った僕は大きな真っ黒なローブを頭から被り、主人の元へと急いだ。

 その部屋へ近付くにつれて、剣をぶつけ合う音が聞こえてきた。

 ああ、もう始まっている。

 扉をくぐった僕の目に入ったのは、戦う勇者と魔王の姿。

 彼は先程の鈍臭さが嘘のように、素人目で見ても凄いと思わせる剣捌きで魔王を圧していた。

 自分の現状が不利なことに気付いた魔王は、僕を見て叫んだ。


「我に従順な人間よ!我の盾となるがいい!」

「なっ……!」


 それに動揺した彼を、魔王は卑劣な笑みを浮かべて切り裂いた。

 極悪非道な卑怯者。だから、魔王は魔王と呼ばれるのだ。

 魔王は息絶えた勇者に剣を突き立て、僕を呼んだ。


「今回もよくやったな。お前がいると都合がよいわ。次の勇者も近いうちにやって来るようだからな。準備をしておけよ」

「………はい」


 それだけ告げると魔王は去っていった。

 僕は倒れている彼に近付き、彼の見開いている目を閉じた。


「…だから、帰れって言ったじゃん」


 魔王の側近である僕は、勇者たちを揺さぶる為の餌でしかない。

 だけど、せめて、僕に笑いかけてくれた優しすぎるあんただけは、助けたかったのに。

 彼の頬を、一筋の涙が流れていった。






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