中山香菜
私には、前世の記憶がある。
人間とは相反する存在。憎むべき象徴。
あの子は、自然溢れる森の中に独りぼっちで過ごしていた。
私はあの子で、あの子は私だった。
ずっと、独りぼっち。
「香菜ぷんは、お昼寝の時間だぷーん?」
「吐いていい?」
「ごっくんしろだぷーん」
「うっ、わしまで気持ち悪くなってきた」
「滅するぞ!だぷーん」
「ぷんって言っとけばセーフだと思ってるのかな?アウト以外の何者でもないから」
「美夜ちゃんは鬼だぷんね?槙くんもそうおもぷんよね?」
「ぷんがゲシュタルト崩壊してるぞ」
「もう!みんなぷんぷんしてぷんだぷんね!ぷぷんぷん!」
「ぷんぷん聞きすぎてハエ飛んでる音に聞こえてきた」
「そんな馬鹿な」
「ぷんぷんぷんぷんぷぷんぷん!」
「あ、ほんとだ」
「デカいハエだな」
「迷惑極まりないな」
「滅びればいいのに」
「ぶううううううううんッ!!」
………私の頭の上で何が起きているのだろうか。
悲しい夢を見ていたような気がするのに、全く思い出せない。
いや、思い出したい訳じゃないけど、何か大切な雰囲気を置いてきたような気がする。
そういえば、彼女に声をかけられたときもそんな雰囲気に陥っていた。
何故か人間という生き物が怖くて、周りにびくびくと怯えて過ごしていた。
その日も、新しい環境に馴染めなかった私は、自分は独りなのだと、そう思い込んでいた。
つんざくような叫び声を聞くまでは。
『キエエエエエエエエエエエエ!あたしゃ世界で一番偉い鶏だよおおおおお!皆のもの膝まずくのであるううううう!』
突拍子もなさすぎて思考が停止してしまった。
次第に腹の奥がぐらぐらとまるで湯だっているような感覚が強くなっていった。
臨界点を突破したそれは、私の口から飛び出した。
『あはははははははっはははははは!!に、にわとりってはーはっはっはっ!いーっひっひっひっひっ!げほっげほ!あはっあっはっはっは!!』
初めて腹を抱えて笑った。
彼女を好きになる理由なんてそれだけで充分だった。
今まで黙りだった私に距離を取りかねていたクラスメイトは、私の意外な笑い声に驚いた後、少しずつ近付いてきてくれた。
私は、独りぼっちじゃなくなった。
いや、そもそも、独りぼっち等ではなかった。
何故、私は独りぼっちなのだと、思い込んでいたのだろう。
彼女は、私を思考の闇から救いだしてくれた、私の憧れになった。
光のような彼女には、沢山の人が光を求めて集まった。
『芽生のアホはうつるから。香菜ちゃんもうつされないように気を付けてね』
『中山、何であんなアホをリスペクトしてるんだ?とうとうお前も毒されたか』
『香菜!あんなのを甘やかしてはならぬ!只でさえアホなのに手遅れになる!……いや、もう遅いか』
『あいつって脳ミソあんのか?』
………いや、ちょっと、うん、芽生ちゃんはいい子って、私、知ってるから、うん。
どうしても芽生を褒める人の姿が思い浮かばないけれど、彼女は誰よりも愛されていると知っている。
「あ、香菜みゅるが起きた」
「やめろ!中山がところてんのようにでろでろに押し出される姿を思い浮かべるから!」
「気持ち悪!原の発想が気持ち悪い!みゅる!」
「今忘れてただろ語尾」
「そんなことないみゅる!」
「今神城のウインクした目から何かとんだぞ」
「いやああああ!これは触れるとアホになるという恐ろしい物体よ!」
「うわあああああ!モロに喰らったあああああ!なあ、香菜!わしはアホになったか?!アホになったのか?!」
「え、と。高瀬くんは大丈夫だよ。芽生ちゃんみたいに補習にならないから」
「香菜ちゃあああああん?!あたしがアホだって言ってるよそれええええ!」
「え?!……あ!」
「私もそこまでは言わないわあ。意外と怖いわね香菜ちゃん」
「やるな中山」
「いや!えと、こ、これは不可抗力っていうか、つい本音が出たって言うか、あ!」
「神城芽生はヒットポイント0です。ゲームオーバーです。コンティニューしますか?」
「いいえね」
「いいえだな」
「いいえだの」
「いいえしかないな」
「………いいえ」
「ちくしょおおおおおお!」
独りぼっちの私だったあの子は、独りぼっちじゃなくなっただろうか。
明日、彼女に私の前世の話をしよう。
あの子もきっと嬉しがる。
真剣な顔をした私に、彼女は顔を歪めてこう言うだろう。
「あんたね、そうゆうのを厨二病って言うんだよ」、と。




