神城芽生
「私、前世が悪役令嬢だったの」
皆さんが、お昼御飯のなかなか掴めないウインナーと格闘している時に、たわいもない話のようにそう切り出されたらどうしますか。
とりあえずあたしは、弁当箱から飛び出たウインナーを口に放るために、箸を垂直に降り下ろした。床に落ちた。
あたしの口に入らなかったやつは食べ物とは認めない。
最早ゴミと化したそれを放っておいて、あたしは目の前の友人に助言してあげた。
「あんたね、そうゆうのを、厨二病って言うんだよ」
「うん、ごめん。ウインナーを踏みそうになってかろうじて避けてゴミ箱に突っ込んだ原くんが可哀想だから先に拾ってあげて」
「原はゴミだから問題ない」
「せめてこっち向けよ神城おおおお!」
煩いな、お前もあれだろう。
先週あたしに「俺、前世が勇者だったんだ」って放課後に厨二病発揮してきたの覚えてるんだからな。
キメたつもりかもしれないが、カラスの鳴き声に被って笑える感じになってたからな。
「でも笑っちゃったあたしに「俺のために泣いてくれてんのか?やっぱりお前に言ってよかった」って1人で浸ってたのには笑いを通り越して泣きそうになったなあ」
「え、なにお前、あれって笑ってたの?!」
しまった、つい思ってたことが口に出てしまった。
あたしは肩を掴んで揺さぶる原に「嘘だぴょーん」と満面の笑みを向けたのだが、「お前が俺に笑ってる時は大抵嘘吐いてんだよ!」と揺さぶりが大きくなっただけだった。おえ、吐く。
「ごめん、話戻してもいいかな?」
「ほら、原のせいで美夜が気い使っちゃったじゃん」
「あ、ごめん。って、そもそもお前がウインナー落とすからだろ!」
「あれはウインナーではない。原だ。間違えた、ゴミだ」
「何で間違えた?!ゴミか?!俺がゴミって言いたいのか?!」
原、間違えた。ゴミのことは置いといて、あたしは美夜に「あんたまで厨二病になっちゃったの?そこのゴミみたいに」と手を掴んだ。「神城おおおお!」と涙声で叫ぶ声が聞こえた気がした。気のせいか。
「本当なんだけどなあ。芽生は私のこと信じられない?」
「美夜のことは信じたいよ?でも、流石に突拍子もなさすぎて。ってか、何でそれをあたしに言おうと思ったの?」
「おい!俺への態度と差がありすぎだろ!」
「うん。芽生はね、私の前世の時のルームメイトで、友達だったの」
「橘も続けるなよおおお!」
煩いゴミを目潰しして静かにさせた後、あたしは美夜の両手を繋いだ。
「え!前世ってやつでもあたしは美夜の友達だったってこと?!これって運命だね!結婚しよう!」
「あの、ごめん。嬉しいのは分かるんだけど、結婚は好きな人としたいかな」
「ちっ」
「こら。舌打ちしながら原くんを踏まない」
「あんたがあたしとの深い友情をより深めようとそんな話をしたんじゃなかったら、何で話したの?」
「原くん、苦しそうなの通り越して安らかな顔になってるんだけど………まあいいや。うーん、特にこれといった理由はないの。何となく、かな」
「そっか。何となく、か!」
「ぐえ!」
踏み続けていた原に最後に蹴りを御見舞いしてやると、ぴくぴくしていた身体が全く動かなくなった。はー、今日もいい仕事した!
「あ、原くん死んでる」
「今日も気持ちいいくらいやられてるな」
「授業始まるよー」
原が毎日あたしに可愛がられて白目を向く姿を見すぎたクラスメイトは、慣れたものとばかりに原を踏んずけながら教室に入っていく。
原が踊り食いされてる白子みたいになっているのを横目で見ながらクラスメイトに挨拶する。
「やっほー、槙くん。今日のパンツは何色?赤?」
「おい、生徒に親父混じってんぞ。橘、責任持って連れて帰れよ」
「私、お父さんと縁切ってるから」
「あんたも薄情になったね、お父さんは悲しいよ」
よよよ、と涙を拭う振りをするあたしを呼ぶ「芽生!」という声の方向に消しゴムを飛ばした。
するりと避けたそいつに舌打ちして「何の用」と短く問いかけた。
「はっはっはっ、この九尾様がいつも同じ手を喰らうと思っているのか!もう終わりか!はっはっ……おぶ!」
「何の用かって聞いてんだろおがあ!」
仁王立ちしていた高瀬に筆箱を投げ付けた。
もう来ないと思っていたのか、高瀬はモロに喰らい原の上に重なるように倒れた。
「……特に、用は、ない」
「だと思ったよ、あんたはそういうやつだよ。原と仲良くねんねしときな、よ!」
「ぐふっ」
2つの屍が出来上がった。
一仕事終えた私は調度よく鳴ったチャイムを聞き席に座った。
ガラリと扉が開いて教師が入ってくる。
「せんせー、原くんと高瀬くんが寝ていまーす」
「またかー、神城ー」
「わーってまーす」
面倒くさいなあと思いながらあたしは大きく息を吸った。
「あっ、あんなところに魔王と鵺が!!」
「「何?!」」
がばりと起き上がった二人に教師が「早く席につけー」と声をかけるが、二人は「どこだ?!」「早く倒さなければ……!」とうろうろしている。
「神城……」
「あたしのせいじゃありませーん」
「そう言わずにだな……」
眉間を揉む教師に「内申書上げてくださいねー」と約束をとりつけながら席を立ち、二人に近付いた。
「神城選手ー………振りかぶってー……………蹴った!」
「蹴った?!」「投げたんじゃなくて?!」「パンツ見えた!」おい最後名前言え。見えていいやつだけど金とるから。
二人の横腹にキレのいい蹴りをいれ、跨がっている馬鹿共を見下ろしながら言った。
「せ き に つ け」
「「イエス……」」
これだから厨二病は嫌なんだ。
教師の「今日は昨日やったここから……」という声を子守唄に、あたしは眠りについた。