円環
マリの目の前で父は殺され、母は強姦された。
そしてマリ自身も―
―10年後。
マリはかつての〝自分〟に銃口を突きつけていた。
「手に持っているものは何?」
あの頃のマリが怯えながら言う。
「お使いの……」
マリはびくつく自分を殴りつける。
「ヒャッ!?」
痩せっぽちのマリは簡単に地面に倒れる。
「物資は全て軍部に提供のはずでしょ?」
小さなマリは目に涙をためて抗う。
「でも、お薬だから。ママの……」
マリは力もないくせに抵抗する自分を蹴りつける。
「あんたんが何と言おうと、駄目なものは駄目なのよ!」
マリは怒鳴りつける。小さなマリの体はそれだけで震える。
「でも、でもママが……」
「うるさい!」
マリは諦めの悪い自分に銃口を向ける。
「やめて!」
どこから現れたのか、ボロをまとった女が小さなマリに覆いかぶさる。
「お願いです! どうか、どうかこの娘だけは……!」
「ッ!」
母に守られる小さなマリ。マリはそれが気に喰わない。十分に与えられることのなかった愛情に、包まれている小さなマリが気に喰わない。自分が味わうことのなかった幸せを、手にするマリが気に喰わない。マリは自分が許せない。
「例外は認められない」
鳥たちが一斉に飛び立つ。
戦争だから―全てはその一言で済んでしまう。
「銃を撃ったことは?」
「ありません」
「ナイフは?」
「ありません」
「すぐ死ぬだけだ。やめとけ」
「かまいません」
「……どうなってもしらねぇぞ?」
「かまいません」
小さなマリの小さなてのひらから、何か大切なものがすり抜けていく。それを何と呼ぶのか、マリにはもう分からない。ここには教えてくれる人もいないのだから。