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えこひいきの寄せ集め


 エンバルマーは苛立っていた。

 時々顔を合わせるだけで、親しくもない俺でもよくわかる。ゆがんだ口元、覗く歯が軋むほど食い縛られている。

 だが、彼は理性的だ。

 まだ精神的余裕が伺える。

 無骨にミラを追い払おうとはしていない。

 つまりどこか『かっこつけ』ているのだ。

 

「ええい! 小娘めっ! 出し惜しみしていたが、ここらで私の実力を貴様の骸で示してやろうではないか!」

 そう行ってエンバルマーは、仰々しくマントを翻した。

 無駄なかっこつけのようだが、威圧と自らの精神均衡のために行っているのだろう。

 あ、もちろん単なるかっこつけの要素もあるに違いない。

 ただ、そういったかっこつけや威圧行動を行うことで、自分が優位性を持っていると自己暗示をかけているようなものだ。

 

 エンバルマーの手が腰の剣に伸びる。

 ミラは立ち尽くしている。

 俺はエンバルマーの凶行を防ぐため、今更ながらに駆け出した。

 ミラの身体が傾き……叫んだ。


「イニシャライズカット!」

 スカートを翻し、ミラの細く白い足が伸びた。

 学校指定らしい革靴の底が、エンバルマーの剣の柄尻を蹴る。抜きかけられていた剣は、ガシャンと鞘に収まり戻った。


「なっ!」

 エンバルマーは一瞬、自分の手元と剣を見てしまった。

 致命的な隙だ。

 

 隙だらけのエンバルマーの胸甲。そこ目がけて、ミラの両手が振り下ろされる。

 蹴りを放った瞬間に、体が伸びて重心を上がったことを利用して繰り出される諸手の平手突き。

 

「ぐおっ!」

 短くぐもった声を上げ、エンバルマーの身体が大きくよろめいた。

 エンバルマーも然る者で、衝撃をうまく逃がしつつ転倒を間逃れている。

 さすがのミラもそれを見て、追撃を諦めたのか体勢の低い空手の構えを取った。

 エンバルマーは綺麗な顔を蒼白とさせた。

 彼女に隙が一切ないと悟ったのだろう。小娘のどこにそんな力があるのかという驚愕と、自分の力がどこまで通用するのか心配している姿だ。


 反してミラの横顔には笑顔が浮かんでいる。

「よし、決まった! 剣を持った暴漢への奇襲攻撃! 習っててよかった!」

「現代日本のどこで剣を抜く相手への対策を教える武道があるんだ?」

「通信空手」

「21世紀にも通信空手ってあるんだ……」

 ツッコミどころじゃなく感心してしまったぞ、俺。

 だが中二病直撃の通信空手だからこそ、思いつきのような実用皆無の上にどう考えても無理のあるこの一連の攻撃が教本に掲載されているのだろう。

 たぶん……。

 しかし、それをエンバルマーという強者相手に決める。

 これはおそらく神から与えられた才能の賜物だろう。


「お、おのれぇ……この小娘がぁぁ……」

 いつもは何かと理由を付けて立ち去るエンバルマーが、まったく退こうとしない。

 俺は今日まで彼が怒りを露わにしたところを見たことがない。エンバルマーは怒りで震える手で、腰の剣に再び手を伸ばす。

 

 ――ああ、やばいな。

 俺は少し悲しくなり肩を落とした。

 ミラや俺が強襲されることを恐れたわけではない。


「魔軍の実行部隊を統べるこのエンバルマーの力を……見せてやろうではないか」

 俺は彼に少し同情する。

 

 エンバルマーは優秀な剣士だ。

 三千回の転生で腕を磨いたインチキな俺と、そこそこ互角に戦えるほどだ。この世界で最高峰の力を持っていると言って間違いない。

 この世界で類まれなる才能を持って恵まれた環境に生まれ、最高の教育と訓練と、血の滲む鍛錬を重ねて、生死の境を何度も潜り抜けて身に着けた強さと自信――


 それらが今から理不尽な存在によって、跡形もなく吹き飛ばされる。 


 エンバルマーの抜き放った剣が、正規の構えへ至る前にミラの姿が彼の脇を駆け抜ける。

 まるで見えない残像にでも殴られたように、ワンテンポ遅れてエンバルマーの身体がくの字に曲がる。

 下がったエンバルマーの延髄に向かって、ミラの蹴りが振り下ろされた。鎧が重い音を立て、地べたに張り付く。

 なにが起こったか分からないといった表情のエンバルマーが、目を文字通り白黒させて地面を転がる。

 意識がほとんどなく、死に体の状態でありながら回避運動を取ったのは流石という他ない。

 そんな彼をミラが容赦なく蹴り上げる。


 急いで立ち上がろうとする勢いに、ミラの蹴りが加わり、鎧を来た重いエンバルマーの身体が少し浮いた。

 空の飛べるエンバルマーだが、この不意な浮遊感に対処できなかった。

 中空で無防備になったエンバルマーの顔目がけ、ミラの容赦ない追い突き直撃した。


 頭だけ先に跳ね、鎧を着た重い身体がつられるように吹き飛んだ。

 思わず目をそむけたくなる残虐なシーンだ。精神的な意味で。


 吹き飛んだエンバルマーだがここまで一方的にやられながら然る者で、吹き飛びながらも身を捻ってしっかりと足から着地した。

 ボコボコにされながら、かっこいいとも思える着地だ。

 だが、その目には殺気も自信も強さにつながる物は何もない。

 驚きと戸惑いが振りかけられた恐怖の浮かぶ目だ。


 ――ほんと、同情する。


「ミラさぁ……。お前ひどいな……。敵って聞いても実感がまだないだろうに、その相手をここまでボッコボコにするか普通……」

「え? ダメだったの?」

「いや、ダメじゃないけどさ。なんというか、こう手心……いや人を殴る事に戸惑いを持ってほしいな」


 こいつ、ちょっとおかしいぞ。

 武器を持った相手に物怖じしない女子高生。そして暴力に禁忌を感じていないおよそ平和な日本の住人とは思えない行動。


 もっとも神様が転移に選ぶヤツは、いつもいつも企画外だ。それと照らし合わせれば、この程度は不思議でもない。

 だが、やはり彼女はおかしいのだ。

 転移者としてではなく、人として――。

 

 そんな事情を知らないエンバルマーでも、否応なくミラの異常さを気づかされている。

 エンバルマーは驚愕と憤怒と戸惑いの表情を浮かべて、鋭い目でミラを睨みつけた。


「な、なんなのだ? 貴様はっ! な、なんなのだその力はっ! 強さはっ! ふざけるなっ!」

 理不尽な光景。

 何度も……いろいろな世界で見てきた光景だ。

 あらゆる世界、その世界、たった一つの世界で最高の力を命がけで得た者たちを、理不尽に蹂躙する存在。

 納得できないその世界では優秀な者。

 

 圧倒的強さを見せたミラも、このどす黒い感情の発露には怯んだ。

 肉体的な強さがいくらあろうと、あまり経験のない彼女にとってこういった黒い何かをぶつけられるのは応えるのだろう。

 戸惑うミラの視線が俺に向いた。

 仕方なく俺は、おびえるミラに代わり答えた。


「神様のえこひいきを寄せ集めた強さ……だよ」


 何度もこれに泣かされたよ。俺も……。 

 ――とは言わなかった。


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